【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日⑳Sレディースクリニックの合戦
店を出ると、季節の風が吹いてきた。季節は秋。
対岸のS関。その左、玄界灘の向こうに陽はかたむくがまだ明るい。外は騒然としている。関というのはだいたいさわがしい。静かなときもあるが、平日は静かだが、とはいえ事は関におこる。古くは源平のさいごの合戦もここであった。そのときは不必要に人が死んだし、子どもも死んだ。みながよく覚えていて、謡曲にもなった。
海流は荒い。いつも荒い。しずかなときは見たことがない。船がよく沈む。沈んだ船をすくうサルベージという商売も成り立つほどよく沈む。
和布刈(めかり)。対岸には赤間(あかま)。
S・レディースクリニックの周りは、それこそ蜜にたかる虫たちみたいに人がいる。「入ってはいけない」「近寄るな」「そこどいて」「ここが現場のS・レディースクリニックです。犯人は車を運転し入口に突入……」「犠牲者は多数。すでに死亡者も出ています」「犯人はそのまま病院内に侵入し……」「犯行の動機は……」「これマジでやばいだろ。録画して。おれの(スマホ)充電2だから」「2て」「ぎゃはは」
おれと由希子は群衆に突っ込んで行った。おれたちには道具が必要だ。切る道具。人間の、妊婦の腹を切る道具が。薬も要る。
どいてくれ。どけ。どけっ。どけってば。
「だめだ。入ってはいけない」
「ちがうんですよ。おれたちは。あそこに行かなきゃいけないんです。本当にお願いします。おねがいします。ちょっとどけや、おいコラ」
ピー。警官が笛を鳴らす。
警官があつまってくる。
「もー」
「JJだまってて。あんたもう後ろにいって」と由希子。「わたしあの病院に勤めている看護婦です」
由希子はぺらぺら話す。よどみなく事情を話して、警官たちを納得させる。身分証も見せて、信用を証明する。
「わかりました。では、あなただけ」とどこかから来た上級の警官は由希子に言う。「あなただけ入ってもよろしい。しかしまだ犯人は中にいます。おそらく最上階に」
上級警官は無線ですばやく指示を出している。
「よけいなものには絶対に触れないでください。必要なものだけを取ってください」
由希子はうなずく。
物々しく武装した警官4人に囲まれて、由希子は院内に入っていった。
おれは見てるだけ。
ヘリの音。照明が上階に集中している。
煙草が吸いたい。ポケットを探ると煙草がある。ズボンのポケットにはライターもある。くわえて火をつける。一服、二服。うまい。
吸い終わる。
由希子はよしろよ。はやく。おそい。おそいおそいおそい。
「あー」
イライラする。はやくしないと。由希子。はよしろや。
屋上に照明があつまる。逮捕。という声。
由希子が入口に姿をあらわす。ついているのは武装警官ひとりだけだ。箱を持っている。こちらに走って来る。
「JJ、行こう。いそいで」
スノー・ガーデンへの戻り道。走ってくる男とすれ違った。振り返ると男は一直線に病院に向かって駆けていく。
「だめだ。入ってはいけない」
男は叫んでいる。ざわ、という音。暴行。公務執行妨害。現行犯逮捕。という声。
本稿つづく
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