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【記録】有機質の記憶、無機質の記憶①

有機質Ⅰ

 モダン焼きを買ってこいといわれて、商店街を抜けて和なかに行った。途中で同級生に会って変なことを言われ、スカートをめくられた。

 当時、スカートめくりといういたずらが流行っていた。

「なんしよん。ぎゃーッ!」

 というと野球帽を被った悪たれ二人は鼻をすすり、

「へへへ、ばーか」

 といって去っていった。あほらし。

 ソースと豚肉の焦げるにおい。380円を払ってプラッチックの容器の入った紙袋を持って家まで小走りにかえった。持っている手があつい。海からの風が髪を揺らして鼻の下をくすぐった。見上げると空が見えた。

 清見への坂をのぼった。歩道橋があるあたりで左に曲がる。また急坂がある。寺がある。

 お腹が鳴る。このままもって帰っても兄ちゃんに全部食われるんだろうなと思う。けど、もしかすると兄ちゃんはもう部活に行っているかもしれない。中学生だから。

 ちょっとゆっくり歩く。

「あい、かわいらし。かいものかね」

 と近所のおばさんが話しかけてくる。

 無言で頷く。おばさんが行ってから地面に唾を吐く。

 サンダルをぱたぱた、音を立てて坂を上がり、家に行く。

 五月だったので桜はもう散って若緑の葉の陰から日のひかりが階段に落ちていた。

 

無機質Ⅰ

 歩道を下を向いて歩いていると地面が凝縮されているのが分かる。水溜まりに空が映っておりそれを覗き込んでいるものたちの幼い顔が映る。原子、電子、中性子といった物質は意味も無く楕円に動いているのであり、移動しているだけである。意志もない。動作が繰り返されているだけである。「あいつ気づきそうだな」と覗き込んでいる幼い顔がこちらを見ている。分り易いのは水の動きだが外世界ではそれらを容赦する温度ではない。ただ厳密に動いているだけ。あるいは静止しているだけ。動きは複雑で永遠に繰り返されるので時に全く同じことが反復される。勿論音も無い。真空。ゆっくりと移動しているがそれは時空を超えている。また、次のフェーズへと引き継がれる。理解というものはなく、粉々になった星の塵がまた次の星になる。その繰り返し。辺とか点とか線、円などといった概念だけがある。気まぐれのようだが厳密に何らかの原理に支配されている。砂の粒が猛烈な風に吹かれて原初の姿に戻る。あるいは熱せられ、零度になり、さらに温度が下がる。冷たい硬質であり、密度があり、縞模様になっている。全く持って厳密である。秘密の偏差。石や砂礫。地層になり、底は暗闇である。大きな吸引の渦がある。卍状にひろがり、遍く塵芥を吸い込んでいる。先にあるのは真の闇である。光も曲がらず、物体は何もない。存在することができない。完全な闇である。


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