【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日⑪
「うち、ほんとごめんなさい。ごめいわくかけて……。JJさんの初めてのディレクションなのに」
雪美(食中毒)は、Caféのテーブルに片手をついてようやっと立っている。手が震えている。いや、来る方がめいわくだから。そんな状態で。
「オエッ、オエッ」と雪美はえずく。
「いや、トイレ。えっと、バスルームに行ったほうが」
「いいえ。オエッ……。出すもんは出してきたんす。もう何も出ません。オエッ」
由希子(看護婦)がおれの傍に寄ってきて「これノロ・ウィルスだよ」と言う。「隔離したほうがいい」
おれは雪美の肩をつかんで歩かせた。燃えるように発熱している。ガッチング(ガチマッチング)部屋に行く。別室で、20畳ぐらい。椅子を二つ並べて、壁際にそれぞれのペアがある程度の距離になるように配置している。中に入ると、雪子とペドロが親密そうに話をしている。なんとペドロはおれの妻の手を握っている。
「すいません。急病人が出たので、この部屋を隔離室にします。ご退室ください」
ペドロは明らかに不機嫌そうな顔になる。雪子を睨みつけると、プイッと顔をそむける。
部屋のすみに雪美を寝かせる。
「ごめんなさい。うち、この仕事を一生のしごとにするって、決めたのに」
「いや、いいから」
「人と人をつなぐ。うち、この仕事が好きなんです。ほんとに」全身がガタガタ震えている。顔色も、さっきと変わってどす黒くなってきている。
「もうしゃべるな。死ぬぞ、おまえ。元気になったら手伝ってくれ」おれはジャケット脱いで雪美にかけた。
「のどが、のどがかわく……」
「水もってくる」
「いえ。だめです。のんだら……すぐ吐くんで。だいじょうぶです」
えーもう。なんなんだよ。雪美は気絶するようにねむった。
会場に戻る。由希子はマスクをしている。
「あれ、大丈夫なの?」由希子にきく。
「うーん。脱水症状がひどいようなら点滴したほうがいいけど。とりあえず寝とくしかない」
「脱水症状? それで大丈夫なの?」
「うん。たぶん」
たぶん。メイ・ビー。パーハップス。Someday my prince will come.
それで。どうなっているんだ、状況は。
本稿つづく
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