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【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日(60)二つの峰

「好きや」

 とゆきむらは言った。それから大きく笑った。

「きらいや」と小声でいった。

 人はときに真実は囁くように言うものだ。しかしこのえきまえのとちをどうするんですか、あなたしだいでせうわたしにうってくれますかやすくで(冗談)わたしちょうこくをやろうとおもってるんです(冗談)とちがひつようです、にせんつぼぐらいの、びじゅつかんもへいせつしようとおもってます(冗談)

 おれは咳払いをした。

 西村。

 あるいはメイ。

 あとはジューン(June スノー・ガーデンの店員)かな。

 雪子。由希子。

 何か喋ってくれ。おれ一人に負わさないで。

「あ」「え」

 と声が交差した。

「どうぞ」と西村。

「そちらから」と雪子。

「いいえ、どうぞ」

「……えと、ゆきむらさん、お兄さんで、ゆきおいう人おった?」

「え。はい。おりました」

「死んだな」

「はい」

「はっけつびょうやったっけ」

「はい」

「あたしん同級生やったわ。ゆきおくんやろ」

「はい……」

「かわいそうやったな」

 ゆきひこは黙った。

 雪子が傍に来た。

 時計を見ると、もう一時を回っていた。

 窓外にはパトランプが回っていた。サイレン音はもうない。静かだ。

 月がのぼっていた。

 がちゃ。

 ドアが開いた。

 KNST果物店の夫婦だった。

「おそくからすみません」

 と男が言った。

 脇を抱えている伯母さんが「あんた、もう帰ろうって……あれ、ゆきちゃん」

「伯母さん」と雪子。

「ゆきちゃんかね。どうしたんね。旦那さんもおるやん」と伯父さん。

「えーっと」

 急に駅前が戦争直後になった。工場地帯の爆撃。原爆。ドーナッツ状に孤児たちが周縁に逃げてゆく。犯罪もあったし、売春や買春、ドロドロした雑炊もあった。餃子の皮やごみ袋、行政指導と捕縛があった。

 姉妹は、保護下に置かれた。同じ部屋には11歳にして売春し、同年代の娘たちを団結させ、独特のモラルの元に男たちのまえで股をひらかせる原理を作り上げた子どもがいた。娘。むすめ。娘。

 ドープ。

 新聞の写植を職業する男がおり、その妻がいた。夫婦に子どもはいなかった。ある日行政から連絡があった。孤児院にいる姉妹の情報。

 今になると、正式な記録が残っていないのでよくわからないが、おそらく妻の方がその話に乗ったのではないか。わかんないよ。逆かもしれない。

 兎に角、姉妹は写植屋の男の家に引き取られた。

 姉は長じて果物屋に嫁し、妹は工業高校卒の男と結婚してこの家を継いだ。後者は雪子の両親である。

本稿つづく

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