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【掌編400文字の宇宙】中森アクィナ『神学大全』①

 車椅子を押して路地を歩いていた。早い午後の光が差している。両側の家は変わらないが時間や風、日光によって変化しとどまるためしがない。

 何かがあるわけではない。かといってなにもないわけでもない。歩いている。

 最近古い食堂が壊されて平地になった。囲碁の看板は残っている。影のように消えた記憶の上に更地が陽に照らされている。道からは少し低くなっており、さらにそのとなりはもっと低い。久しぶりに日の目を見た土たち。

 雨が降れば点々と濡れるし、乾燥する季節は白茶けて砂利がかわいている。数々の歴史が織りなされ、エピソードが語られたが今はもう誰も覚えていない。

 その土地の上ではかつて紅白歌合戦を見るひとたちがいたが、そのものたちももういない。どこかに行った。

 痛みもなく、かなしみも病ももうない。何もない。

 して、だからこそ、ここに神の存在が証明されるのである。神はつねに荒地にい給う。忘れられた場所にい給う。

#掌編400文字の宇宙
#中森アクィナ 『神学大全』①

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