【私の病】私に現金を持たせてはいけない、ヤバいこいつ……という話(前篇)
私は別に浪費家というわけではなく、金持ちの家にも生まれていないし、自身の責において貧乏であったこともあるわけだが、兎に角金を溜めるということができない。
正直な話、お金の、意味とか意義がわからない。物の値段というのも、ほんとうにわからない。
その理由は明確ではないが、いちおう自分なりに考察して、以前このような文章を書いた。
そこで得られた結論は、結局南極、私はお金がきらいなのではないかという、問題提起であった。
二週間前か、二千年前かどちらか忘れたが、私はけっこう、まあまあ大きな額の現金を手にした。父がくれたのである。この金は、私の息子(父の孫)の塾代にあてなさい、というものだった。
私の父母はもうとっくに現役を退いて、年金暮らしの、爪に火をとぼすような暮らしをして、このような現金を捻出したのである。私はこの話があったとき「いや、べつにいいよ。いらんいらん」と言った。この親たちは、私の年収を知っているのだろうか? けっこう稼いでいるぞ。金持ちではないが、そこそこ貰っている。バカにすんな、という気持ちもあったと思う。
しかし、母によると、「あのねえ、おとうさんは何もあんたがあれではなく、自分で金を出して、〇ちゃん(私の息子、親にとっては子の子)が志望校に合格したという、そういう話(ライフ・ストーリー)にしたいわけさ。わかりなさいよ。もらいなさい」
ようするに、只より高いものはない、ということである。
当初、私は、自分の口座番号を伝え、そこに振り込んでもらうつもりであった。しかし、父は「何でよ、めんどくさい。あんたに渡すさ」と言った。なので、父の現金は、母を経由して、封筒に入れられて、その封筒の表面には額も記載せられて、それが私に渡されたのである。
私は当初、すぐに自分の銀行に振り込むつもりでいた。それで封筒そのまま、バッグに入れて、持ち歩いていたのである。しかし、銀行に行く機会は中々なかった。銀行は家から、すぐそこにある。まあ、明日行こう、別にすぐという話ではないし、いつでもできるだろう。すると、明日になっても行かない。明日は明日になると、今日で、またその時点で、明日でいいや、となる。
だんだん、バッグから、いやなにおいが立ちはじめた。
お金のにおいである。バッグの中身は乱雑で(不潔ではない)、本とか新聞とか、ノート、ポーチ(筆記用具や図書館のカードが入っている)、財布、バッテリー、ウェットティッシュ、イヤフォン、櫛、などなど。それらの内奥で、お金のくさったにおいがする。
私はだんだん、イライラしてきた。なんでこんな思いをしないといけないのか、この大金をくれた父にたいしても、ちょっと怒りを覚えずにはおれなくなってきていた。
本稿つづく