【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日(61)中央情報局とアーミー・ポリス
がちゃ。
また誰か来た。
「お邪魔します」
痩せた中背の男。ニット帽に厚手のコート。季節がひとつ違う恰好だ。顔は、かおがよくわからない。世界中何処にでもいる顔。たぶん白人。もしかすると亜細亜系かもしれない。
「JJ、ようやく会えたね」
と男。
「え。どなたでせうか」
この人には会ったことがない。おれはひとの名前を覚えることが極端に苦手だが、見た顔はしつくこ覚えているたちだ。
男は手帳をひらいて「まだ連絡が来てない、と」とひごりごちた。
「あの、どなたですか」
背後に気を感じて振り向くとフェラチオ・グッドマンの表情がちがう。目つきが鋭く、男をみつめている。傍らにいるクリトリス・ブラックも異変を感じてグッドマンを見上げている。
「いや、ね」
「ミスター……」とクリスが口を開くと、「Shh」とグッドマンがそれを制して言った。
「あんた、灰山さんとこの、だれやったっけ」と雪子の伯母さんが言った。「あんた、ほら」と隣にいる夫に。
「えー。えーーっと。だれやったけか。知っとる」伯父さんの喉元まで名前が出てきていた。
「人違いです。わたしはあなたがたのことは存じておりません」
と言いながら男はずっとおれの方を見ていた。ちらと背後にも目を向けた。
「セッタや。そう」「そうそう、セッタ君やろ。あんたどっか外国にいっとらしたんやない」
「ひとちがいです」
と男は言った。
シーンとなった。赤ん坊の声もしない。どこかで端末のキーボードを押す音がかすかに。
「そしたらあんた……」
「誰や」
ジョニーです。ジョニー大黒。はじめまして、JJ。
名前を聞いて急に思い出した。いや……何もおもいださなかった。
中国? いや、ちがう。ベトナムか。タイのバンコク。台北か。上海だったような気もする。
ちがうちがう。
久米か。辻か。西武門(にしんじょう)だったか。あるいは開南の、健康食品の店だったかもしれない。
この男には会ったことがある。顔は覚えていないが、たしかに会っている。もう三十年以上前に。
欠伸がでて、それからゲップが出た。眠い。
それはそうだろう。みんなねむいはずだ。何という一日だ。三週間ぐらいこの店に居るような気もする。
「それでは、わたしはこれで」
「Wait.Freeze!」
男は背を見せた。待たない。
銃声(獣性)が3発して、店のガラス戸がこなごなに割れた。
赤ん坊が泣きだした。
男のコートは外の闇に吞み込まれた。
本稿つづく
◇参考
「China Girl」イギー・ポップ
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