【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日⑰分娩
まるで拷問である。
すごい声。こういう声はきいたことがない。耳を塞ぎたくなる。
出てくる赤ん坊というのがどのぐらいの大きさなのかわからないが、まあ、瓜(うり)ぐらいだろうか。スブイ(沖縄の瓜、けっこうでかい)ぐらいか。兎に角それがからだの中から出てくるのだから、それは痛いだろうと思う。スブイだったら、下半身が、股がかんぜんに千切れるんじゃないかと思う。スブイほどではないだろう。そんなに大きな赤ん坊というのは見たことがない。
由希子(看護婦)もう早くしてくれや。おまえだけが頼りなんだ。
もくもく湯気が立っている。由希子はビニールの手袋をして、ユキノシタの股をのぞきこんでいる。
おお、とか、うう、とか、あああっ、という声。
いつの間にか人さし指の、第三関節から下を噛んでいた。いや第二関節から下かな。どうでもいい。兎に角右の。雪子(おれの妻)が傍にいて、おれの左手をつよく握っている。雪子の右手で。
みな立ち尽くしている。動いているのは由希子だけ。ことばを発しているのは由希子だけ。
呼吸の仕方とか。「もうちょっともうちょっと」「がんばって」「はい、いきんで」とか。
どれぐらいの時間が経ったのかよくわからない。シーンとしているようだが、外はうるさい。パトカーの赤ランプ、救急車がひっきりなしに走り回っている。サイレン。テレビのテロップを見ると、犠牲者の数はどんどん増えているよう。
獣のように呻いていたユキノシタの声が急にやんだ。由希子も動かなくなる。由希子がこっちを向いて、首を横にふる。
え、どういうこと。
由希子がこっちに来る。
「出てこない」
「え。何で」
「わかんない。陣痛もいったんおさまってる」
「え。まだ生まれないってこと?」
「ううん。また来る」
由希子は変な顔をしている。
なんだよ。おい。
ユキノシタは寝ている、のか。もともと色が白いが、いまは青白くなっている。汗が玉になって額に浮いている。まさか死ぬんじゃねえだろうな。死なれたらた困る。大失態だ。
おれはこういう、おっちょこちょいで、軽いノリで何でもやって、手痛い失敗をするというところが昔からある。何で由希子なんかを呼んだのか。いや、由希子はいいのか。由希子はなんで臨月の、予定日も過ぎている妊婦なぞを連れて来たのか。すぐ帰すべきだった、と思う。思うけど、帰してたらかえしてたで、あの病院には通り魔が来たわけだし。
頭のなかが真っ黒で、ぐじゃぐじゃになる。
いや、兎も角もう、死なれたら困る。失態とか失敗とかどうでもいい。ここで人に死なれたら、困る。
「由希子、どうすればいいんだよ。由希子、教えてくれ」
本稿つづく
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