【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日㊵雪子の焼き飯とペドロと雪美
気がつくとソファに寝ていた。
「JJさん、起きましたか」と雪美(おれの助手でノロ・ウィルス)。
雪美は跪いて、おれの目を見ている。その背後にペドロ(ヤリモク、本名・雪舟)がいる。
その、ペドロの背後にはまた、人びとの声、というかざわめき。殺された人たちと生まれた生命の声。
「闇に負けるな」とペドロが言った。言ったのかどうかわからないが、そういわれたような気がした。
「ただ歌うのでなく、その場面ばめんにふさわしい歌い方を考えろ」
と、誰かが言った。
雪子(おれの妻)が来た。皿を持っている。皿からは湯気があがっている。
「食べて」
と言って雪子がスプーンに掬った米粒を口元に持ってくる。
おれは食べた。口に入れて咀嚼した。雪子の味だ。オイスター、或いはウースター地方(英国の)のソースをもう一滴、二滴いれたほうがよい。そういう味である。しかし、いまとなっては何もかもがなつかしい。
一口食べておれはみるみる元気になった。
起き上がって皿を受け取り、スプーンも取って、自分で食べた。
噛むのと、口の中に食べものを入れるスピードが当初は合わない。嚥下と手の動きが、この場面にはそぐわない動きをそれぞれがしている。
ゆっくり食べよう。ゆっくり。雪子が笑ってみている。
誰も何も言わない。
おれは物の食べ方がきたないと、何度もなんども雪子に注意されてきた。
しかし、いまはそんなことを気にしている暇はない。ぽろ、ぽろと米粒が口から皿に落ちる。ひっしで噛むのだが、それでも零れる。
目をつぶりながら食べる。スプーンも噛む。がり。痛い。
おなかが空いているのだ。情けない。高楊枝をしている時ではない。
ここでは。ただ貪ればいい。
お母さん。眠らないで。目を閉じてはいけない。ご飯の支度をしてください。と思い出しながら食べる。自分で。
がり、がりがり。
おいしい。おいしいよ、雪美。
雪美、死ぬな。と思う。
「JJ」と雪美が言う。
しっかりしろ雪美、と思う。
いやいやいや。
ここでしっかりするのはおまえだろう。と自分でじぶんに思う。
「このなかに犯人はいます」
本稿つづく
◇参考・引用
『手習い 沖縄の三線』P120安富祖竹久の言葉(1995 発行・目取真永一)
「world's end ガールフレンド + 追悼のざわめき」(Youtube)