【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日③
ミルミルヤレルへの初出勤の日はよく覚えている。支社の長のなまえは忘れたが。禿げている五十がらみの男だった。直属の先輩はホセ(瀬川保則)という、年齢はおれよりも若いが、仕事の出来る男だった。
あと、事務とか補助の女たちがいた。雪美はアルバイトから入って、大学卒業後正式に入社した。「お客さんの一生をお手伝いできるとおもうと、やりがいがあります」と言っていた。
一生? 結構というか、だいたい別れるけど。とおれは思った。
それはいいのだが、妻の名が雪子なので、同じ雪だなと思って親近感が湧いた。どちらも雪のように白いし。
そのような感じでおれの仕事は始まった。大体、おれは仕事というのを苦にしない。人当たりがいいし、打算的なところがないのでだいたいのひとは信用してくれる。
打算的でないというか。打算(ださん)というのは、計算するには人の一生というのは短すぎるとおれは思う。算盤をいくら弾いても間に合わない。だって100年も経たないうちに、ほぼ全員死ぬのだから。
こうすればこうなる。ああすればああなる。というのはもっと、長いスパンで考えるべき打算であり、一人の一生では間に合うわけがなく、すくなくとも次の、その次の生まれ変わりを見越してやるのが現実的な打算である。
だいたいのひとは、善行とか、舎利とかを自分の世代で回収しようと思っているようだが、そううまくいくわけがないだろうと。少し考えれば分かることだ。
たとえばまだ百年も経たない前に、300万人以上が死んでいる。何の意味もなく。この300万人のうちにはたしかに悪人もいただろう。とはいえ善人もいたはずだ。どちらでもない、普通の人もいたし、老人も、子どももいた。
この人たちが死んだ理由は何なのか。
誰か説明できる者がいるのだろうか。こうすれば成功する。こう考えれば人生は好転する。成功する人の十五の習慣。とか。そういうのもういいから。本当にどうでもいい。
おれが知りたいのは。
まあいいや。
こんなわけでおれは目の前にある業務をたんたんとこなすし、何の文句も言わないので重宝された。
本稿つづく