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【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日㊻ダライ・ラマとローラ・パーマー、西村四郎

 チベットの宗教的指導者ダライ・ラマの仕組みは士農工商的な身分制度とは違うらしい。後継者は血縁に関係なくどこかで生まれる。どこかといってもおそらくチベットの中だと思う。次のダライ・ラマが国境を越えてたとえば北京で生まれるということはない。ないと思うがその可能性はある。

 もしかすると、いま生まれた赤ん坊がそうだというばやい(場合)もある。そうではない可能性のほうが高いが。

 ローラ・パーマーというのはフィクションの登場人物だが、これはいってみればダライ・ラマ制度風の悪の側面の犠牲者である。森の中に潜む、何代にも渡ってかくれ棲む悪によって殺されたのである。彼女はツイン・ピークスという米国北西部の、カナダの国境に近い田舎町に生まれ、残念ながら高校生の時に死んでしまった。

「わたしには子どもがいます。S島に。いま、小学校3年生です。娘です。父親は。いまS関にいます」

 対岸の町だ。

 ちなみにアイルランドを漢字表記して、一文字にすると愛になる。

「美容院で働いていましたが、先々月に辞めました。いまは服屋ではたらいています。Kの駅ビルで。フー(風俗)も考えましたが、知り合いの話を聞いてやめました。結局南極あまり性欲はつよくないので。普通だと思うけど。話を聞いて、普通だとやっていけないせかいだなと思ったんです。マジ」

 メイは目をちょっと開いて「あ」と言ってまた閉じた。

「死んだ人たちがあるいています。びしょ濡れです」

「え、メイさん。目を開けなさいよ」

 と、西村四郎である。

「仕方ないでしょう。僕にも。見えていますよ、ずっと」

 ツァイに抱かれている赤子がうわぁぁぁぁっと鳴いた。

 由希子(看護師)抱っこを交代した。

「静かに」

 とおれ。

「静かに話しましょう」

 静かになった。スノー・ガーデンのキッチンにいる店員たちが皿を洗っている音が聞こえるほどに。

「わたしはこの人と結婚します。そしてこの子を育てます」

 とツァイ(台湾人留学生、ロバート、実家はお茶屋 19歳)が急に言った。

 ささやくような声で。

 メイが目を開けた。

 スノー・ガーデンの店内には死者でいっぱいになった。服装はめいめい違う。時代も違う。武者たちがいる。餓死した子どもがいる。立派な着物の女がいて、可愛らしい男の子がいる。不安そうな目であたりを見まわしている。

 男の子が天を見上げる。蛍光灯がある。窓の外は真っ暗である。

 まどには店内の様子が光学的にはっきりと映っている。店内は立錐の余地もないほど人や霊が犇めいているが、窓には生きているものしかいない。

 サイレン音。

 テロップ「犯人逮捕。運送業。U容疑者」

「5人がいる」

 西村四郎が言った。

「そのうちのひとりは」

 メイが耳を抑えた。それで西村四郎は言うのをやめた。

本稿つづく

#連載小説
#愛が生まれた日

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