【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日⑫
「え、」
と、誰かの声。
会場がざわつく。
声のする方を見ると、ユキノシタ(臨月)がロバート(19歳)に支えられて立っている。白いワンピースのスカートのまえみごろが濡れている。足もとも、水溜まりができている。
「破水だ」と由希子(看護婦)が呟く。「やばい」
おれは、頭の中が真っ白になる。え、なに。
店内が、そして店の外も騒がしくなる。窓の外を歩くひとは早歩き。サイレンの音。
店長(このCaféの)が何か言っている。店員もざわつく。
おれは海側の窓の上の時計を見る。4時32分、午後。
誰かがテレビをつける。ニュース速報のテロップ。「KKS市M区MJ駅ちかくで通り魔事件か」
夕方の地方情報番組が切り換わり、イヤフォンをあわてた様子で耳につける女のアナウンサーが映る。見たことがある顔だ。
「こちらKKS市M区MJ駅のちかくです。ついさきほど通り魔とみられる犯行がありました。え、なに? 乗用車に乗った何者かが駅付近にある産婦人科に車ごと突っ込み。え? えっと。Sレディースクリニックです。犯人と見られる何者かが侵入したのは、ここからすぐ近くの、Sレディースクリニック。怪我人が多数出ているもようです」
というか、カメラの前で話している女は窓の外にいる。おれはカメラの前で話をしている女と、テレビの画面を交互に見る。角度は違うが、同一人物である。
パトカーが猛スピードで道を走っている。それから救急車。サイレンの音。
由希子はぽかんと口をあけている。
「ゆきこ」
雪子(おれの妻)がこっち来る。いや違う。あれ、おれと中学と高校が同じ、由希子のほうだ。苗字はなんつったっけ。
「由希子。おい、」
「あたしの病院だ。どうしよう」と由希子。瞳がみひらいて、真っ黒だ。
いや、お前の病院ではないだろう。お前は雇われている看護婦だろう。と思うが、そういうのはこの際どうでもいい。誰のものでもよい。今はカンケーがない。
「JJ、救急車呼ぼう」
「うん」
おれは救急の番号に電話をかける。繋がらない。
「……つながらん。つながらない」
ユキノシタ(破水)はロバート(19歳)に支えられて、椅子に座らせられている。呼吸があらい。白いうなじと額に汗をかいている。
どうしよう。
本稿つづく
◇参考
「下関通り魔殺人事件」(ウィキペディア)