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【読書記録】「複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線」マーク・ブキャナン 阪本芳久訳
複雑系関連で、M・ミッチェル・ワールドロップの本よりもより具体的に、ネットワーク理論に焦点を当てて2005年当時の最前線を解説したもの。
本書は具体的な事例に溢れているので、ここでは少し抽象化して紹介することとする。数学におけるグラフ理論の言葉(といっても私も聞き齧った程度の理解だが)を使うことにしよう。数学においてグラフとは、点がたくさんあって、点と点の間を線で結んだものである。例えば人間を点に、知り合いの関係を線にすれば、立派なグラフが出来上がる。
基本的に、自分の知り合いの知り合いは、自分と知り合いである可能性がそれなりに高いだろう。グラフの点は緊密なまとまり(クラスター)を作って、異なるクラスターの点を繋ごうとすると、大量に点を経由しなければならないと思われる。2つの点をつなげるには、何回点を経由しなければならないか、というのをグラフの距離ということにすれば、異なるクラスターに属する点は距離が長そうだ、というのが直観的だろう。
しかし、現実世界はそうでもない。1つだけ例を挙げるとすれば、アメリカでは知り合いグラフにおける任意の二人の距離はおよそ6である。知り合いの知り合いの…と6回辿ればテキサスの農夫とシカゴのパイロットがつながるということである。本書の言葉で言えばスモールワールドになっている。3億もの人間がかくも緊密に繋がるのがなぜか、それを解き明かすキーワードを並べておこう。
平等主義ネットワーク:近場でクラスターを成すネットワークの中に、遠いクラスターをつなぐリンクを少数でも混ぜ合わせることによって、任意の2点間距離は格段に短くなる。全ての点はほぼ同数のリンクを持つ。成長過程を考慮していない。
貴族主義ネットワーク:ネットワークのリンクをほぼ占有するハブが発生することで、任意の2点間距離は格段に短くなる。新規の点がリンクをつなぐとき、多数のリンクを持つ点と優先的に繋がる、成長過程を考慮したモデル。
スモールワールドを形成するネットワークには上記2種類のネットワーク構造がある。ではこの違いはなぜ生じるのか。ネットワークの成長過程を考慮すれば解き明かされる。
ネットワークの黎明期は貴族主義ネットワークが形成される。やがてハブにおけるリンクが飽和し、新たにリンクを追加することが難しくなる。ネットワークの1つの点がもつリンクの最大数は高止まりし、それに届かない点に新たなリンクが集中する。こうして新たなハブが出来上がり、平等主義ネットワークができるというわけである。
この成長過程の例として挙げられたのがハブ空港のネットワークだ。執筆時点で空港のネットワークシステムは貴族主義から平等主義への過渡期へと突入している。