【読書記録】「働かないアリに意義がある」長谷川英祐
社会性昆虫を研究する進化生物学者が進化遺伝学的に見た社会のカタチを紐解く。
この話で一番興味深かったのは、「働かない怠け者」は大概は自ら望んで働かないのではなく、働くことができないから働いていないという点だ。
例えばアリが巣の外でセミの死骸などの食物を見つけた時、死骸を発見した個体はフェロモンを出して死骸を運び出す仲間を呼ぶ。だが、その仲間の中にはわずかなフェロモンにも反応する個体もいれば、ちょっとやそっとでは反応しないものもいる。このフェロモンに対する感受性がカギで、少量のフェロモンに反応する個体だけを集めることによって、適切な量の仲間を死骸のもとへ繰り出させることができるのだ。
仮に全個体のフェロモン感受性が等しいと仮定すると、餌を見つけたアリが出したフェロモンの元へ大量の個体がゴッソリと動員される。ここでもし、やんちゃな子供が巣穴を土で塞いでしまっても、巣穴を開けるメンバーが不足してしまう。逆に感受性に差があることによって余剰分のアリが巣の近辺に残り、やんちゃな子供のような緊急案件にも割ける労働力を温存しておくことができるようになるわけだ。
ここで、フェロモンへの感受性が低い個体は腰が重いわけだから、側からは怠け者のように見える。だがフェロモン感受性は個体の意志などによって左右することができず、つまりはフェロモン感受性が低い個体は仕事を探していてもなかなか見つけることができない。そう、働く気はあるのに。
自分はこの本を読むまで、怠け者は半ば自らの意志で仕事をしない、いわば裏切り (cheater) だと考えていた。おそらくそのような誤解は多いことだろう。怠け者のアリは有効求人倍率に載るような求職者であって、個体としての利益を最優先するフリーライダーではない。この誤解のために色々な場所で怠惰がまかり通っているのであれば、いわゆる「7:3の法則」は早急に見直しを図る必要がある。
もちろん徹底的な怠け者、つまり裏切りは社会の宿命である。アリやハチなどの社会性昆虫の中にもそういった裏切りは紛れ込む。裏切り者が社会に与える悪影響があまりに大きいために、ヒトの社会では数々の道徳規範で裏切りが最も重い罪とされることは、ジョナサン・ハイト「社会はなぜ左と右に分かれるのか」で既に見た。
しかし、リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」にも多くの章立てが割かれている通り、裏切りの存在は進化生物学的に考えれば社会の必然である。利己的な遺伝子の中で書かれている血縁度に従って計算すれば、裏切りが存在する理由が明白にわかっていただけることだろう。