【CSR・SDGs取組み事例】福祉と農業に自社らしい関わり方を。既存モデルをアップデートする「商工農福連携」
「八天堂ぶどう園」。くりーむパンで知られる八天堂の新会社である八天堂ファームが運営する農園だ。農園で働くのは生活困窮者。福祉的就労から一般就労へつながることを目指し、“農福連携事業”の一環として運営されている。あの八天堂が何故、福祉・農業と連携しているのか?このストレートな疑問と、八天堂ファームとしての事業の広がりについて、八天堂ファーム代表取締役の林義之氏(写真左)に話を聞いた。
話し手:
株式会社 八天堂ファーム 代表取締役社長 林 義之 さん
目指すのは事業者と協力する新しい農福連携の形
――八天堂ファームの事業内容を教えてください。
林義之さん:農業のメインは八天堂ぶどう園でのぶどう栽培です。栽培したぶどうを八天堂の拠点である八天堂ビレッジで販売したり、ジャムに加工して八天堂のくりーむパンとして品川駅の店舗限定での販売やECサイトを通じて販売もしております。ぶどう園では連携する社会福祉法人宗越福祉会から3名が従事しておりまして、1名が指導員、そして2名が生活困窮者の方です。
現在は、ぶどう園の運営をもって農福連携を行っていますが、ゆくゆくは、全国に5,000近くある農福連携事業者と連携をして、農作物の販路を支援する形で、今ある農福連携の形をアップデートする一助になればと思っています。
――他の農福連携事業者との連携を考えられているのは何故でしょう?
実際のところ、農福連携ということを地域貢献やCSR、もしくは社会福祉法人が就労支援の一環としてやってらっしゃる場合も多くて、農作物の販売については、原体をJAや道の駅、スーパーといった流通経路にのせていらっしゃるところがほとんどだと思います。その点で、ビジネスとしての立て付けはまだ道半ばだと感じていまして、そこに加工というエッセンスを加えれたらと。八天堂としては食品加工メーカーさんとは繋がりが多いですし、関わりができたものは、来春立ち上げ予定のECサイトやこれまで持ち合わせている販路含めて販売をしていけたらと思っています。
――ぶどう園運営での農福連携から、広がりをもたせようとされているんですね。
そうですね。というのも、弊社が運営するぶどう園は敷地面積が約8,000㎡あって、13,000房くらいのぶどうの収穫に取り組んできました。農業素人の私からすると結構広大なぶどう園だと思っていますが、運営を通じてご支援できている方はわずか2名なんですよ。たとえ同じような圃場をあと10箇所運営できても、単純計算で20名しか支援することができない。でも、私たちがご支援をしたい障害者の方や生活困窮者の方が、世の中にどのくらいいるか考えると、障害者手帳をお持ちの方は、全国1,000万人近くいらっしゃって、生活困窮者の方は統計が出ていませんが、この数に更に上乗せされるわけです。合わせるとおそらく人口の15%くらいまでいくのではないかと。圃場の運営のみだと、支援したい方と実際に支援できる方の時間軸で見たときの達成度が全然足りないんです。だったら全部自前でやるのではなくて、全国の農福連携事業者と繋がって、そういう方々がマネタイズすれば、そこで働く方々の待遇も良くなるし、そこの受け入れ間口も増えてくる。そういう循環モデルをつくりたいと考えています。
これまでの経験を活かした八天堂らしいコンセプト
――今回、農福連携に着目されたのは何故でしょうか?
あえて、農福連携に着目したというよりも、福祉と農業それぞれで元々繋がりがあって、それが八天堂ファームの構想に繋がっています。
福祉に関しては、30年程前に八天堂代表の森光が地元三原市で「たかちゃんのぱん屋」を開業した当時から福祉施設さんと関わりはあって、定期的にパン教室をやっていました。八天堂としては、2017年に千葉県木更津市の社会福祉法人かずさ萬燈会さんと一緒に、知的障害者の方々への就労支援の場を提供するために設立した工場「八天堂きさらづ」が本格的な取り組みになります。
また、農業サイドでは農業六次化の一つの商品展開として、八天堂くりーむパンを農家さんにご提供し、くりーむパンを輪切りにして中にフルーツをサンドするという「スイーツバーガー」を金融機関通じていろんな農家さんにご提案して回っていたところで繋がりができました。
福祉と農業それぞれ関わりがあった中で、たまたま「農福連携」というキーワードに出会い、これじゃないかと。これまで我々がやっていたことを組み合わせれば、何か新しい農福連携のモデルができないだろうかという朧げな発想から活動がスタートしています。発想を具体化するために私が大学院に行かせてもらったという形ですね。
――大学院で八天堂ファームの構想ができたと。
そうです。大学院で構築したのが「商工農福連携」の構想です。世の中に農福連携はたくさんあるんですけど、できた農作物を原体で卸している場合が多い。八天堂が関わる意義として、二次産業・三次産業でこれまで培ってきた経験やコネクションを農福連携のアップデートに活用できないかというのが着眼点です。また、八天堂ファームとしてのご縁でいうと、大学院で宗越福祉会さんや今のぶどう園の繋がりはこのときにできました。
――大学院を経て、構想を実行に移されたのですね。
実は大学院に通いながら「まず実践してみるの精神」で始めました。大学院で「農福連携は世の中にたくさんある話なので待つことではない。」とアドバイスをいただいて。宗越福祉会の理事の方と一緒にどうなるかわからないけど動いてみようと。農福連携という言葉は比較的行政の方もご存知で、竹原市に行って紹介されたのが今のぶどう園です。
ぼやっとしたまま動いたことは結果的に良かったと思っています。ぶどうは果実の中でも極めて難易度が高いので、農業素人の八天堂が何故ぶどう栽培をするんだという意見はおそらくいろんな方から言われていたと思います。それを良くも悪くも猪突猛進で「ぶどう園と八天堂、できそう、面白そう、やろう!」でスタートしました。農業リスクを先に考えていたら、ぶどう園の紹介も断っていたかもしれませんし、未だに何の活動もなく会社の設立もなかったかもしれない。そもそも、商工農福連携というコンセプトもなかったかもしれません。
結果的に出来上がったコンセプトは、ある意味八天堂らしい農福連携の関わり方になったかなと自負はしています。
――コンセプトを考える上で、CSRやSDGsは意識されたのでしょうか?
いえ、そこからの着眼ではなくて根本的には、森光の福祉に対する思いが原点でした。日本では、CSRというと公害問題からきているので、寄付的な行為とかボランタリー的な発想が印象としてありますが、それではダメだというのはSDGsを知る前から森光の中にはあってですね。活動を永続するためには、それそのものに収益性があって自分達で自走できるようなサスティナブルな取り組みじゃないと続かないと。
今回の取り組みはたまたまSDGsのいろんなテーマに合致していますが、これまで八天堂が培ってきた経験値・コネクションをどう活かしたら地域課題の解決とか世の中のお役立ちになりながら、それがきちんとビジネスとして回るだろうかという根本的な発想があったということだと思います。
成熟度の浅い“農福連携”市場をどう高めていけるか?
――八天堂ファーム設立後、ここまで運営されていかがですか?
ぶどう園は地元の皆さん、宗越福祉会の皆さんのおかげで、確実にいいぶどうができています。また、従事いただいている2名の方も、コミュニケーション能力とか社会性に関して、この圃場で働くことを通じて地域コミュニティと関わりを持つようになったり改善があったと。この辺りは農福連携の一つの可能性ではないかと思っています。
――“商工”の部分ではどうでしょう。
我々が今やっているのは、商品としての経済的価値に「農福連携」という社会的価値をどう組み合わせて価値を高めるかという取り組みだと思っているんですが、その社会的価値の掛け合わせにはまだまだ課題を感じています。弊社としては今年の7月にノウフクJAS規格を取得したので、販売するぶどうには規格のシールを貼っているんですけど、一般の消費者の方々には「農福連携」自体がまだまだ認知されていなくて、価値になり得ていないというのは実感としてありますし、それが認知されたからといって、良い活動だから少々高くても売れるかというと、そんなもんじゃないとも思っています。
事実、今年の3~4月にかけてクラウドファンディングで栽培したぶどうや加工商品のプロジェクトを実施しました。プロジェクト自体は成功して450名くらいの方が応援してくださいましたが、「農福連携」にコメントを通じて反応したのは1名だったんです。
エシカル消費など言われてますが、市場としての成熟度はまだ浅いので、そこをどうやって我々が高めていけるかが課題の一つですね。
――農福連携という言葉もそうですが、ノウフクJASのマークは見たことなかったです。
我々も知りませんでした。たまたま紹介されて知ったのですが、それまで農福連携の活動はしてましたし、大学院の中で調べてはいたんですけど、それでもノウフクJASに行きつかなかったということは、認知度が低いということだと思うんですよ。2019年にスタートした規格ですけど、弊社が今年7月に取得して全国で35社目でしたし。
――全国でその取得社数は少ないですね。
何故少ないのかを考えると、農業もそうですし、農福連携事業者さんもそんなに人手が足りてないんですね。一方、ノウフクJASを取得するにはいろんな記録を取らないといけない。障害者認定を受けた方がどういう作業に携わったかですとか、それを加工に回すのであれば、その加工商品がいつ製造・出荷されて、いつ納品されたかという記録を全部取らないといけない。それが手間がかかるということと、申請するにはコストもかかる。もっというと、シールを印刷するにもコストがかかります。薄利でやってらっしゃる事業者さんが、シールを貼っても認知されず、それが付加価値にならないとするならば、それは重荷なんだろうなと。
「餅は餅屋」の精神で商品の出口を増やしていく
――今後の目標を教えてください。
全国の農福連携事業者とどう繋がりをつくるかということもそうですし、それ以外では、農福連携でできた農作物のマーケットプレイスをつくることです。
我々もそうですけど、農福連携事業者さんが頭を悩ませるのは商品の出口です。農作物の売り先を苦慮されている。来春オープンするECサイトがこの課題に対する一つのアプローチになるのではないかと。それは大変な道になると思うのですが、我々としては構築したいと思っています。
――目標はその“商工”の部分ですね。
会社としてはそうですね。あとは、全国の障害者の方や生活困窮者の方がもう一度社会で活躍して再チャレンジできるようなプラットフォームをいろんな事業者さんと連携して作りたいというのが福祉サイドの目標ですね。 私もまだまだ知らないことがたくさんありますが、福祉サイドとの連携では「餅は餅屋」であるべきだというのを自分の基軸にしています。福祉の領域においてはプロフェッショナルにお任せする。我々はあくまで経済的な観点での関わり方を追求して、加工技術、アイデア、コネクション、販路をもっとつくっていこうと。ちゃんと棲み分けをしてお互いの領域をもっと高めていくことが理想的な関わり方ではないかと思っています。
(記事初出:2022年11月14日)
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