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【CSR・SDGs取組み事例】志すは地元で農産物がまわる仕組み。和菓子屋の枠をこえた「瀬戸内果実研究所」

 地元瀬戸内の果実を使ったお菓子作りで、新たな市場に挑むブランド「瀬戸内果実研究所」。
ブランド立ち上げ以前から勉強堂では常に瀬戸内果実の研究・商品開発がおこなわれていたという。今回屋号をわけることで、お菓子のジャンルにとらわれることなく、素材を活かした数々の商品を打ち出している。
 「瀬戸内果実研究所」を通して解決したい課題や商品づくりへのこだわり、今後実現していきたいことなどを門田社長に詳しく聞いた。

話し手:
 有限会社勉強堂 代表取締役社長 門田治己さん

●企業紹介
有限会社勉強堂

 昭和4年創業、福山市熊野町に本社をかまえる勉強堂。地元の果実を活かしたお菓子作りを行う和菓子屋。事業は和菓子作りにとどまらず、あんずの里保全(里山保全)や養蜂活動をおこなったり、時にはお店でかき氷を提供したりと、和菓子屋の枠にとらわれない取り組みで備後福山の食文化の向上に尽力する。福山市内小学校の社会見学や和菓子つくり教室などの和文化・食育イベントも積極的におこなっている。2022年10月にはブランド「瀬戸内果実研究所」を立ち上げ、地元瀬戸内の果実を加工して市場へ提供する動きを加速させている。


瀬戸内の果実がもつ、高いポテンシャルを最大限に活かしたお菓子づくりを

――瀬戸内果実研究所の事業について教えてください。

 門田社長:勉強堂本社がある福山市、いわゆる備後地方は瀬戸内海の中央部にあたります。そこで、地域果実である「瀬戸内気候の中で育まれた果実」を加工し、市場へ提供するブランドを、2022年10月に立ち上げました。第一弾はネーブルオレンジを使った6種類の商品を開発し、JR広島駅やECショップ、勉強堂の各店舗で販売をスタート。素材の魅力を最大限に活かした「味」はもちろん、オレンジの断面が魅力的に映るよう「ビジュアル面」にも気を配った商品づくりを行いました。今後も様々な果実にスポットを当て、2023年は八朔を使った商品開発に取り組んでいるところです。

――第一弾がネーブルオレンジだったのは何か理由があるのでしょうか。

 勉強堂でもこれまで、果実を使った商品づくりを数多く行っていましたが、ネーブルオレンジはお菓子の素材としてポテンシャルが高いのです。

 まず一言で言えば、単純に味が美味しい(笑)。果実は糖度がのっていれば、そのまま生で食べる方が絶対良い。例えばイチゴですが、今ほど糖度の高い品種が出回っていなかった頃は練乳をかけたり、ジャムに加工したりしていましたよね。果実の中にある酸味こそ、糖分と合わさった時に活きてくるのです。その点、ネーブルオレンジをはじめとして、オレンジ系は甘みと酸味のバランスが絶妙ですね。また、ネーブルオレンジは生産量が安定しており、市場に出ている加工品は少ない。その部分も僕たちが注目した理由でした。

――第一弾の商品を見ると洋風のお菓子が多いという印象を受けます。

 特にそのあたりのこだわりはないですね。勉強堂は和菓子屋ですが、会社の成り立ちを見てみると洋菓子も作っていれば、パン屋もやっています。和菓子でも洋菓子でも、長年蓄積された製菓の技術・ノウハウがあり、設備も整っていますから。今回瀬戸内果実研究所で発売した「夕焼けネーブルオレンジサンド」も、最中の皮を使っています。ジャンルにとらわれることなく、お客様に楽しく味わってもらえるお菓子を作った結果、今回のような商品ラインナップになりました。

――勉強堂の商品との棲み分けは考えられていますか?

 勉強堂はこだわりの和菓子を直営店舗で販売していますが、瀬戸内果実研究所は、観光旅客業に付随する販売店での提供がメインとなります。現在はJR広島駅のお土産コーナーで販売していますが、今後は空港やサービスエリア、物産展など、地域に興味を持っている方や旅行客に届きやすい場所を提供しようと考えています。

旅先でのお土産が、贈り物文化の中心に

――瀬戸内果実研究所をはじめるきっかけは?

 もともと30年以上前から、私たちは瀬戸内果実の研究を継続的に行ってきました。もちろん勉強堂としても、これまで果実を活かした商品を販売してきましたが、勉強堂という屋号の中には限りがあり、常に棲み分けについて意識してきたと思います。瀬戸内果実研究所の立ち上げは2022年ですが、2015年にはすでに商標もとっており、立ち上げのタイミングを図っていたのです。

 また勉強堂で夏に行っているかき氷のイベントも、きっかけの1つです。沼隈のピオーネや福山のあんずを使った職人手作りの蜜をかけたかき氷は、ありがたいことにとても好評をいただいております。夏場にSNSで「勉強堂」を検索すると、和菓子屋なのにパフェやかき氷の写真がずらり。もちろん嬉しいのですが、一見すると「何屋さんだろう?」と(笑)。せっかくなら、社内イベントとして限定的に行うのではなく、商売としてもっと広げ、多くの人に届けたいと考えるようになっていました。この魅力的な果実を作っているのがどんな農家さんなのかというのも、もっと表に出していきたい。ならば、より商品コンセプトが伝わるよう、屋号を分ける必要があるのではないかと感じるようになってきました。

 これは例えですが、老舗のそば専門店が賄いでカレーうどんを作ったらとても美味しくできた。しかし、カレーうどんを看板メニューにしたら、そば屋としての常連さんが離れてしまうかもしれない。ならばカレーうどん専門店を作ろうと。この例えが一番近いかもしれませんね。

――立ち上げまでに苦労されたことは?

 新型コロナウイルスの流行が大きかったと思います。勉強堂はこれまで、直営店舗とECショップだけで販売をしており、百貨店からのオファーもお断りしていました。しかしユーザーの動向や市場の変化にともない、直営店だけでなく外部販売に取り組む必要があると感じるようになってきました。そこで2017年に外部販売に本格対応するために新工場の建設に着手し、2020年には建設申請に対して行政から許可が下りました。しかしそのタイミングで第一回目の緊急事態宣言が発令されたのです。プランは一時的にストップせざるを得ませんでした。新型コロナウイルスの流行がなければ、瀬戸内果実研究所の立ち上げも2年は前倒しで進んでいたかと思います。

――ユーザーの動向にどのような変化があったのですか?

 勉強堂にこれまで来てくださっていた年齢層は、日常的に仏壇へ和菓子をお供えしたり、お中元やお歳暮を贈る文化を当たり前とする世代です。しかし現在では60歳、70歳代の方も、儀礼ギフトに和菓子を贈る習慣が以前よりも減っています。職場でパソコンを普段から使い、スマートフォンにも疎くなく、ネットでの情報収集も当たり前の世代。お彼岸には「実家に帰ってご先祖にお参り」という方もゼロではありませんが、旅行に行ったりアクティブに過ごしたりするといった、ライフスタイルの変化を感じます。

 近年、休日に店舗へ訪れるお客様も県外の方が多く、岡山や山口など近郊からのレジャー客が増えています。このようなユーザー動向の変化に合わせて、瀬戸内果実研究所の開発をおこなっています。広島県のお土産だと分かりやすく、あげた友人に喜んでもらえるビジュアル、自宅で自分が楽しめるおいしさ。瀬戸内果実研究所の商品づくりにおいて気を配っている点です。

庭の栗や柿なども素材の資源の山  買い取り制度の確立で里山保全に繋げたい

――瀬戸内果実研究所を立ち上げたことで、どのような反響がありましたか?

 まだ立ち上げたばかりで、お客様からの反響が伝わるのはもう少し先のことになると思います。しかし、立ち上げを通じて社内に良い変化があったことは感じます。これまでの商品開発は、私と専務2人で行うトップダウンが基本だったのですが、瀬戸内果実研究所では、外部から製品開発のコーディネーターを呼んで講習を行い、当社スタッフも多数加わってチームで商品開発を行うスタイルに変更。組織自体も、製品開発のプロセスも大きく変わりました。これを期に大きく社内改革をしているところです。

――瀬戸内果実研究所が実現していきたい、解決したい課題は?

 立ち上げのきっかけでもお答えしたように、瀬戸内果実を使った商品の企画・開発・販売だけではなく、地域の農産物の買取制度を構築するとともに、小ロットでのOEM生産によって農家さんのセルフプロデュースを支援したいと考えています。

 くわい農家さんであれば、JA直売所や道の駅に卸す場合、そのままか、素揚げなど賞味期限が短い加工品しか選択肢がなかったと思います。しかし、瀬戸内果実研究所のOEM生産によって、自分の製品を年間通じて卸し続けることができれば、農家さんのセルフプロデュースにつながるのではないでしょうか。

 また小規模での買取制度を通じ、私たちなりの里山保全計画を進めていくことも目標のひとつです。例えば、田舎の土地に栗の木や果樹を植えている方も多いと思いますが、自分の家で消費する分だけ収穫して、あとはそのままという方がほとんどではないでしょうか。しかし、それも僕らは農業資源の山だと思っているのです。メンテナンスをしていれば一本の栗の木、柿の木から多い時には何百キロと採れるはず。もし自分の家でも楽しんで、さらに余った分を買い取ってくれるなら、「もう少しメンテナンスをしよう、田舎の実家に戻ってみよう」とするきっかけになるかもしれない。そしてそれが、僕たちなりの里山保全につながると感じています。

 この買取制度にはモデルがあって、里山の葉っぱや花を料理の「つま」として出荷する事業が成功した、徳島県上勝町のビジネススタイルです。これは、東京や大阪の料亭で料理の彩りとして利用する紅葉などの葉っぱを、オーダーに応じて必要数を収穫するというもの。パソコンやタブレット端末で受注情報を得て、颯爽と山に向かう高齢者の姿が注目を集めました。

 仕組みさえ作れば、果実でも同じことができると思うのです。納入業者として登録していただき、「いつ・このくらい品質のものが・何個必要か」と受注情報を提示すれば、庭先に植えている柿や、実家の畑にあるビワなど、持ち込む方はきっと多いと思います。こういうものが市場に出回るようになれば、食料自給率もあと30%くらいは容易くあがるのではないでしょうか。

(記事初出:2023年5月8日)


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