【CSR・SDGs取組み事例】働く人のサポートを目指して経験のない分野に挑む。必要なときに必要なパワーを提供する「アシストスーツ」
デニムワークウェア分野で業界の先鞭となり、高視認性安全服の分野では日本シェアナンバーワン。そんなワークウェアを手掛ける「Asahicho」が今まで経験のない分野、アシストスーツ開発に踏み切った。現場で働く人の労働安全を追求し続けてきた経験をもとに、既存のアシストスーツでもワークウェアでもカバーできない領域を埋めにいく。その挑戦に至ったわけとは。開発秘話を児玉社長に迫る。
話し手:
株式会社 Asahicho 代表取締役社長 児玉 賢士 さん
すでに世にあるものでは解決できない部分を、自分たちの商品で埋めていく
――ワークウェアを作っているとのことですが、どんな商品を取り扱っているのでしょうか?
児玉社長:例えば、アウトドアなどで有名な「ゴアテックス」という透湿防水の素材でできた作業服、遠くから作業者の存在を知らせるための高視認性安全服などを作っています。高視認性安全服の分野では、日本で最初に規格に準じたものを作って販売し、実は日本でシェアナンバーワンなのです。どんな環境でも着ていられるよう、空調服タイプ・防寒タイプなど種類を充実させ、現場の「安心・安全・快適性」にとことんこだわっています。
備後初、でいうと“鎧-YOROI WORKSR”もはずせません。今では当たり前のデニムワークウェアですが、当時はデニムの作業服はタブーでまさに「コロンブスの卵」でした。みんなが気づきそうで気づかないところに一歩踏み入れて新たなワークウェア市場を。そんな商品を開発からおこなっています。
――高機能素材やデニムのワークウェアなど新しいものにどんどん取り組まれている中、最新では「イージーアップ」という商品があるとか。
「イージーアップ」は重い物を持ち上げる時に腰や腕にかかる負担を軽減する、いわゆるアシストスーツです。2015年から研究開発、2019年に販売をはじめました。
軸にあるのは「働く人の安全」で、“病気にならない、怪我をしない”ための商品を作りたいという想いから開発しました。実は職業疾病の6割は「腰痛」で、ここを解決しない限り、残りの4割ばかり一生懸命頑張っていてもいけない、Asahichoとしてなんとかしなければ、そんな意気込みでした。腰痛の原因は持ち上げ動作が多く、ワークウェアで楽にできないかという考えがきっかけです。
即行動でご縁をつなぎ、試行錯誤の末にできた唯一無二のアシストスーツ
――イージーアップ開発のきっかけは、働く人の悩み解消や安全性アップというところですね。開発をはじめる経緯は?
私が参加している「軽労化研究会(人の労力や疲労を軽減する技術の研究開発をおこなう組織)」での出会いがはじまりです。2015年東京の定例会で、早稲田大学の田中先生による「介護に活用できるロボットアシストスーツ」に関する講演がありました。その時印象に残ったのが“ガンダムみたいなすごいものを作ったが、実際の介護現場で受け入れられなかった”という言葉です。同じ講演の中で、自転車のゴムチューブを使った創生授業でのアイデアも耳にしました。その時私の中で何かが繋がり、ゴム素材を使ったメカメカしくないアシストスーツに可能性を感じました。講演された田中先生がたまたま隣の席で、思い立った私は「一緒に研究しませんか」と声をかけたところ快く引き受けてくださり、共同開発に繋がります。
――講演時のアイデアをうけて即座に行動されたのですね。
忘れもしない2015年の10月9日、恥ずかしながらその日は私の誕生日で、何かのご縁を感じました。その後は開発がうまくいくかは全くわからない上に、田中先生は関東にいらっしゃったため、通うのも開発を進めるのも大変でした。2015年に開発をはじめて、東京ビッグサイトでおこなわれたH.C.R.「国際福祉機器展」にはじめて出展したのが2018年10月10日。出会いから丸3年、既存製品の特許との差別化も含めて徐々にカタチにしていきました。
――他社との差別化ポイントが気になるところですが、イージーアップの特徴は?
大きくは3つあります。まず1つ目は、腕から腰、足までが一体化していること。腰だけではなく「腕で持ち上げる動作」のサポートを大切にしています。現場では教科書通りの動きで完結しないため、腕だけで持ち上げる場面や、無理な動作で腰を痛めることも想定して作りたいという田中先生の考えが起点です。世の中には腰と腕を両方サポートするものがないので特にこだわりました。
2つ目は、正面以外の物の持ち上げができること。通常のアシストスーツは正面の物を持ち上げられるようにできていますが、それ以外の動きには追従できません。実際現場では横・斜めの動作も多く、イージーアップはあらゆる動きに対応できるよう設計しました。この仕組みを可能にしたのが、背中部分にある特殊なファブリック(生地)です。このファブリックが数あるアシストスーツの中でも独自性を生み、特許の取得に繋がりました。
3つ目は、機械や電気などの動力を使っていないこと。機械や電気を使うアクティブ式に比べると抜群に軽く、洗濯などのメンテナンスも楽だと思います。もちろん機械のほうがパワーは強いですが、実際10キロある機械を1日8時間背負って作業をするとなると、持ち上げる楽さより「重りを背負って1日作業する負荷」が高くなります。また、1人で簡単にゴムの長さを調節できるからこそ「必要なときに必要なパワー」を提供することが可能になりました。
――なるほど、実際イージーアップはどんな現場で使われているのでしょうか?
今一番多いのは、工場のライン、製造現場ですね。次に物流や倉庫の中、そして農業。農業は実際の田んぼや畑ではなく、集荷した作物を運ぶ仕事に使われています。一部、建築現場や介護現場にも活用されていますが、介護については課題も多く、まだまだこれから改善を重ねていきます。
「アイデアを形にする環境づくり」が新たな価値を生み出す
――そういった新しい商品の開発・改良に力を注ぐ原動力になっているものは?
やはり皆さんの仕事の負担を少しでも減らしたい、という想いからです。たとえば、仕事から帰った両親が疲れた顔ではなく笑顔だったら、お子様も嬉しいと思いませんか!ワークウェアという切り口から、日本全国・世界にそんな明るさが広がればいいなと。そのために、現場の負担軽減のためのものづくりを徹底しています。商標登録となっている冷凍庫用の「極寒R」防寒服、静電気が発生しにくい作業服、ポケットがない作業服など、各業種ならではの問題点をクリアするワークウェアを作ってきました。そうやって労働安全を追い求めた経験がイージーアップにつながりました。
――新しいことに挑戦できる、そういう企業風土があるのでしょうか?
「人の真似より、新しいものにチャレンジしていたい」という創業の頃からの精神が今も息づいていると思います。創業者である祖父は“世のためになる良いもの”をとにかく研究して作っていこうと、常に新しいことに挑戦していました。そんな背中を見て育った私や社員は、それほど違和感なく「また新しいことやろうよ」といった雰囲気があります。
また、現場からのアイデアを形にしやすい仕組みもAsahichoにはあります。営業が吸い上げてきたニーズをもとに、「こんなことをやってみたい」の声が上がれば、たとえ入社してすぐの社員でも試作にチャレンジできます。これは近くに自社工場がある特権ですね。月に1回の営業会議で皆の賛同を得ることができれば商品化することも。自分が開発から関わった商品はやはりかわいいもので、お客様に説明する時の熱意が違います。社員の意見を柔軟に取り入れる環境は、社員にとっても会社にとってもお客様にとっても大切だと思います。
アシストスーツを皮切りに働く人のサポートを加速させて、世の中を明るくしたい
――話はイージーアップに戻って、今後さらにチカラを入れていきたい分野があるとか。
開発当初からずっと、介護の現場で役立ってほしいと考えていました。ただ、介護は農業や物流とは全く異なる動きで、ハードルもとても高いのです。例えば製造現場や農業関連現場では、大体決まった大きさ・重さを運ぶ作業に限定されます。
しかし、介護の場合は持ち上げるのが人。絶対傷つけてはいけないのと体格も千差万別、さらには動きも様々。機能から色や形まで最大限の配慮が必要となります。また、身体の持ち上げ動作だけでなく、食事や着替えのサポートなど多様な動きの中でとにかく邪魔にならず“必要なときに必要だけサポート”できることが大事だと考えます。改良する上で、負担を逆に増やすようなことは絶対したくないという思いから、実際にデモで導入して頂いて現場の声を聞き、改良を重ねています。
――イージーアップあるいは会社としてこだわっていきたいことは?
具体的なことはまだ言えませんが、イージーアップもメイド・イン・ジャパンにこだわりたいです。「鎧-YOROI WORKSR」も同様ですが、根底に“自分たちで物を作りたい”という想いが強くあります。ワークウェアメーカーでは珍しいことですが、国内工場が6つあるのもそのためです。現在イージーアップは海外で製造していますが、最終的にはメイド・イン・ジャパンでもの作りをしていきたいです。今は、国内製造が実現できるよう策を練っている状態です。
一方で、会社全体の取組としては、おそらく備後のワークウェアメーカーで一番多いであろうエコマーク商品の取り扱いをさらに加速させて、きちんと循環ができるようなシステムを立ち上げていきたいです。
――さいごに、社長が今回の記事を通して何か伝えたいことがあれば。
いずれはアシストスーツのような「働く人をサポートするアイテム」が標準化されると良いなと思っています。「重たい荷物を持つ人は絶対これを身に着けて作業する」といった具合に。シートベルトやヘルメットが人々の安全を守っているように、アシストスーツでも働く人の体を守っていきたいです。ただそれは、必ずしも弊社の商品でなくてもいい。体に負荷のかかる仕事は当然日本だけではなく、先進国・発展途上国問わずあるため、アシストスーツが活躍する場は世界中に沢山あります。着て作業した人たちが「助かった、身に着けていて良かったな」って思ってもらえる、そんな世界がきたら本当に嬉しいです。
(記事初出:2024年3月6日)