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テガミ事変 3

時は無情にも止まってはくれない。ホウライがどんな顔をして会えば良いのかと頭を悩ませる中、翌日のシフトはホウライの後にハスイケが入っているのだった。昨日の今日でもう顔を合わせなければいけないとは。ホウライはその日、シフトに入るかたわらいつになく気が重かった。

「お疲れ様です」

「あっハスイケさん、お疲れ様です」

ハスイケは携帯をカウンター内のテーブルに置き、廊下を歩いて行った。するとそれからほどなくして、ハスイケの携帯が低く振動し画面上にカゲヤマからの「夫の意識が戻りました」というメッセージが表示される。バイブの音に反応して思わず画面を見たホウライは、衝撃を覚えた。

「えっカゲヤマさんが、生きてる……?」

そこへハスイケが戻ってきて、固まるホウライを見て「どうしたの?」と声をかける。ホウライは無言でハスイケの携帯を指差した。画面を確認したハスイケは、「良かった、意識戻ったんだ」と安堵のため息をもらす。ホウライは「どういうことですか?」とハスイケに詰め寄った。

「カゲヤマさんは亡くなったんじゃ?」

「俺は生きてるとも死んでるとも言ってないよ」

そう言われて思い返すと、確かにハスイケは「カゲヤマさんは……」と生死については触れていなかった。そこで言葉を切ったから亡くなったのだと勝手に思い込んでしまったのだ。

「ただ病院に運ばれた当初は意識がなくて、一時は峠がどうこうとも言われてたんだ。だから生死については迂闊に明言できなかった」

「そういうことだったんですね」

ハスイケはちゃんとした理由があって黙っていたのだ。ホウライたちに余計な心配をかけまいとしてそうしてくれたのは分かるが、事情を共有してほしかったと思ってしまうのはわがままだろうか。ギターのポップやゲームソフトもそうだが、ハスイケはまだ他にホウライ達に話していないことがあるような気がした。

「ハスイケさん、秘密主義って言われませんか?」

「あー、そんな感じのことはたまに言われるよ。一人で色々考えて勝手に納得してそれで完結しちゃうことが多いんだよね。ごめんね、言うの忘れてて」

ハスイケがカゲヤマの妻に連絡を取ったところ、意識はしっかりしておりもう命に別状はないとのことだった。ホウライは仕事終わりに車の中で今日ハスイケから聞いた話をすぐさまオトナシとアクタガワに共有した。


その日の夜、アクタガワは家でカゲヤマの側に落ちていたゲームソフトについてパソコンで調べていた。

「ノベルゲームか。殺人事件が起きて、その真相に迫っていく感じか」

そのゲームの攻略サイトを見たアクタガワは目を見開いた。

「これって今の状況と同じじゃん! カゲヤマさんはこうなることを見越してこのゲームを置いたの? だとしたらとんでもない勘の鋭さだよ」

その後何気なくSNSのタイムラインを眺めていると、一つのゲームについての呟きがやけに多いことに気付く。それは少し前から話題になっているゲームソフトであった。

なぜそんなにも話題になっているのかは定かではないが、機会があればやってみたいなと思いつつ、アクタガワはパソコンをシャットダウンするのだった。


ハスイケはこの日は仕事が休みのため、あることを確かめるために近所の警察署を訪れていた。

「すみません、先ほど電話したハスイケですが」

「ハスイケ様ですね。確認いたします。少々お待ちください」

受付の職員はパソコンで予定を確認してから「今呼んで参りますので、こちらでお待ちください」とハスイケを近くのソファーに案内した。

そこに座り待っていると、奥から二人の男性が出てきた。

「お待たせしました。私は鬼灯署の川崎俊巡査です」

「同じく鬼灯署の宍戸大智巡査部長です」

「先ほど電話しましたハスイケです。お忙しいところお時間取ってくださりありがとうございます」

頭を下げ合い椅子に座ると、川崎が「早速ですが電話でおっしゃっていた件についてお話頂いてもよろしいですか?」と話を切り出した。

「はい。まずは警察手帳について一つお聞きしたいことがあるのですが、更新のタイミング等で数字が全部ゼロになることってありますか?」

「ありませんね。そういう警察手帳があるとしたら、それは偽造です」

その答えはハスイケの予想していたものと同じだった。やはりかと心の中で確信を深めたハスイケは、続けて質問をした。

「こちらの警察署では、紫のアリスを警察車両として使われてますか?」

川崎と宍戸は顔を見合わせて首を振り合い、宍戸が「紫の車を採用している警察所は全国を探してもないと思います。また警察車両は機動力を重視しますので、扱いにくい車種は基本的に候補にも上がりません」と答えた。

「そうなんですね」

その答えを聞いて、ハスイケの確信は確かなものになった。

「質問は今ので終わりです。ありがとうございました。ここからは当店のオーナーが怪我をした事件についての話になるのですが……」

ハスイケと二人の警察官は、その後一時間ほど話し込んでいた。

「今お聞きした話は至急関係者に共有します。貴重なお話をありがとうございました」

深々と頭を下げる川崎と宍戸。ハスイケは「いえ。まだ彼が犯人と確定したわけではなく、あくまで一つの可能性を提示したまでです。私達が知らなくてカゲヤマだけが知っていることもあるかもしれませんので、参考程度に考えて頂ければと思います」と頭を下げ返し警察署を後にするのだった。


アクタガワは店内の掃除をしていてふと思い出した。少し前にいくら考えても思い出せなかった、テガミ図書館にある猫の本をカゲヤマに送った相手の名前を。

「そっか、偶然同じ名前だから勘違いしたんだ! 先入観って怖いな」

今思い出したことと、少し前に調べたカゲヤマの近く落ちていたゲームについて気付いたことをハスイケとホウライ、オトナシに共有すると、ハスイケから「明日みんなで集まろうか」という返信が返ってきた。

アクタガワは布団に横になりながら、明日事件の全容が分かると確信していた。


閉店後にいつものテーブルに座った四人は、誰もがそわそわしていた。それはようやく事件の謎が解けることとカゲヤマが生きていたことへの安堵からだろう。

「じゃあ、答え合わせといこうか」

「「「はい!」」」

口火を切ったハスイケは、「最初に俺の予想を話していいかな?」と三人の顔を順番に見遣る。各々了承の意を示したことを確認したハスイケは、今回の事件の謎を一つずつ解明していった。

「まず、カゲヤマさんは生きています。あとは回復を待つのみです。俺が生死について話さなかったのは、事件発生直後は生死の境を彷徨っていて最悪の場合も視野に入れておいてくださいって言われていたからです。俺の言葉で余計な希望と絶望を抱かせたくなかった」

「次にカゲヤマさんの近くに落ちていたゲームソフト「JIIKE」だけど、あれはアクタガワさんが昨日送ってくれたように事件の犯人が刑事を装って現場に現れるっていう内容なんだ。それから同じく近くに落ちていたウィルソンのギターポップなんだけど、あれは1980年の10月31日に生産されたものです。カゲヤマさんと同い歳なんだけど、このギターと同じ生年月日の人がいる。その人はカゲヤマさんの同級生で、名前は相良慶次。そう、ケイジさんなんだよ。刑事と言葉も発音も同じだから俺達は勝手に刑事だと思い込んだ」

「そのケイジさんって、警察小説が好きな方ですよね?」

アクタガワの言葉にハスイケは「そう。よく覚えてたね」と頷いてから話を再開した。

「ちなみにケイジさんが警察の関係者じゃないってのは薄々分かってたんだ」

「そうなんですか? 一体いつ頃から分かってたんですか?」

ホウライがそう問いかけると、ハスイケは斜め上に視線を流してから「ケイジさんがスタジオに初めてきた時かな」と答えた。

「えっそんなに前からですか?」

驚くオトナシ。まさかそれほど前から勘付いていたとは、警察顔負けの推理力である。

「うん。初日に一瞬警察手帳を見せられたんだけど、数字が全部ゼロだったんだ。それに名前も階級も名乗らなかった。警察に行って聞いたら全部ゼロなのは偽造だって言われたよ。警察小説が好きな方だから、元々趣味の一環として作って持っていたのかもしれないね。それから警察署では名前と階級をしっかり名乗ってくれたから、そこからも警察の人間じゃないなって確信したよ。あとはケイジさんが乗っていた車かな。紫のアリスって覆面パトカーでも見たことなかったから警察署でそれも聞いてみたんだ。恐らく全国どこを探しても紫のアリスのパトカーはないだろうって言われたよ」

「昔のアメ車ですよね? 確かにパトカーには不向きですね。でもそんな所まで見ていたなんて、流石ですハスイケさん」

オトナシがただただ感嘆しながら褒めると、ハスイケは照れくさそうに帽子を被り直した。

「ははっ偶然だよ」

「ケイジさんが少し前に、ハスイケさんが事件発生前後ににテガミにきてたって証言を持ってきたんですけど、どうなんですか?」

ホウライが聞き忘れていたことを聞くと、ハスイケは「人違いだね」と笑った。

三人は良かったと胸を撫で下ろすのだった。

これで全ての線と点が繋がった。アクタガワ、ホウライ、オトナシがすっきりとした気持ちでいると、ハスイケが「そうそう、最後にもう一つ」と人差し指を立てた。

「これはカゲヤマさんからの電話で分かったことなんだけど、今回の事件の犯人はケイジさんじゃないって」

「「「え!? じゃあ一体誰が?」」」

「今回の事件に犯人はいないんだ。ケイジさんは事件が起きる少し前にここでカゲヤマさんと話し込んでいた。それでケイジさんが帰った直後にカゲヤマさんが救急車で運ばれたから、自分がなにかしちゃったんじゃないかって思って情報を集めるために刑事のフリをしてここにきてただけだって」

「それじゃあカゲヤマさんの怪我は一体?」

「あれはね、煙草を吸ったらクラクラして、そこに貧血が重なって倒れたらドアノブに頭をぶつけちゃったんだって。俺もカゲヤマさんに電話もらうまでは完全にケイジさんが犯人だと思ってたよ」

まさか今回の事件が、いくつかの偶然が重なった事故だったとは。こんな結末は誰も想像できなかったに違いない。

「それじゃあ、カゲヤマさんの近くに落ちていたポップとゲームはなんだったんでしょうか?」

ホウライが呟くと、ハスイケは「ああ、それも聞いてみたんだけど」とおかしそうに笑った。

「両方カゲヤマさんが買おうと思ってカウンターに置いておいたらしいんだけど、それが倒れたはずみに手が当たって床に落ちたんだって。偶然にしてはできすぎてるよね」

「事実は小説よりも奇なりですね」

アクタガワの言葉に、三人は大きく頷いた。


数週間後、退院したカゲヤマがテガミスタジオに久しぶりに顔を出した。

「みなさん、心配とご迷惑をおかけしました! カゲヤマ、完全復帰です!」

「「「「おかえりなさい!」」」」

カゲヤマがきたのが分かったのか、ミケワンとオジロが「待ってたよー!」と言わんばかりに鳴き声を上げた。

ーーーー了

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