【特集・福田利之〜回り道しながら。誰かの日常を彩る絵に〜】
イラストレーター・福田利之さんにお話しを伺いました
一枚の絵に、動物や植物、色彩と物語が複雑に折り重なる、福田利之さんの作品。ティッシュペーパーを幾重にも重ねた上に描き、コラージュしたり、コーヒーを散らしたり、ニスを塗ったりと、独自の技法を凝らし制作されています。見る人の心に描かれた風景や生きものがそっと棲み始めるようなあたたかさを宿す絵は、形を変えて、テキスタイルや雑貨といった身近なプロダクトとして私たちの周りにも。さまざまな形で表現を続ける、福田さんの今とこれからをお聞きしました。
アートから生活へ。絵の届く距離を広げて
装画や広告、CDジャケットなどのアートワークから、テキスタイルブランド「十布」のデザイン、企業とのコラボプロダクトや自ら手がけた絵本まで、福田さんの絵を目にする機会はさまざま。もしかすると、「福田利之」というイラストレーターの名前を知らなくても「絵は見たことがある」という人もいるかもしれません。
独特の技法と素材で表現したマチエール(絵肌)のある作風を原点に、グラフィカルなデザインや色数の限られた図案に展開しても、福田さんの描くものは一貫して有機的で多面的。隅々まで描かれたモチーフに暗号のようにメッセージが隠されていたり、眺めるたびに新しい見え方をしたりと、一点ものの作品とプロダクトのどちらにも飽きることのない発見があります。唯一無二の作風を軸に、自身の絵の届く半径を広げてきたイラストレーターとしての仕事を、福田さんはこう振り返ります。
「イラストレーションの仕事は、クライアントさんがいてリクエストに合わせて描く。美術館やギャラリーでは、絵を鑑賞したり買ってくれる人がいたり。そのおもしろさとは別に、自分で絵を発信していけたらいいなと思って、最初に作ったのがポストカードでした。そこから色んなご縁があって雑貨やテキスタイルを作るようになって、生活の中に絵があるってすごくいいなと思ったんです」
時を経たような質感や物語を紡ぐようなモチーフの絵画作品を、手軽に飾ったり送ったりできるポストカードにすることは、今ではすっかりライフワークに。また「十布」に代表されるテキスタイルデザインが、誰もが絵にふれ、絵と暮らす機会をぐっと増やしてくれたと話します。
「アートに詳しい人やパトロン(特定の芸術家などの後援者)じゃなくても、普通の人の家の台所に、布が一枚かかっている。それだって、一つの絵がそこにあるということだと思うんです」
思い出の中で生きる絵
「十布」ではハンカチや手ぬぐい、大判のふろしきといったさまざまなテキスタイルに形を変える福田さんの絵。何度も洗濯して色あせたり、使い込んでシミが付いたりすることもあるでしょう。生地として何かに仕立てられ、身につけたり、暮らしの役に立ったりしていることも。そうして自分の絵が自分の手を離れ、どんどん広がっていくことを福田さんは幸せに感じています。
「いつも身につけていたり持っていたりするものって、気づかれないほどの小さなことだと思うんです。でも、何年か経ってふとその人のことを思い出した時に、よく着ていた服も一緒に思い出してもらえる。それって、その人の人生をさりげなく彩っているということですよね」
北欧のテキスタイルブランド「マリメッコ」は、戦後の暗いムードをデザインの力で明るくしようと、大胆な配色やモチーフを発表し、どこの家庭にも一つはあるようなポピュラーなブランドへと成長しました。「それと比べると小さな話ですけど」と福田さんは笑いながらも、誰かの暮らしや思い出の一部となることで、絵は絵を超えて愛されていく。テキスタイルを作る喜びは、そんな想像がふくらむことです。
回り道したから見える景色がある
福田さんのイラストは、シンプルに見える線画でも、よく見ると細かく波打つゆらぎのある線によって描かれています。
「サインペンで、実際にペン先をふるわせながら描いています。普通に直線を描くより時間がかかる分、描きながらちょっと考える時間があるんですよ。そのタイムラグがあった方が僕の場合はおもしろいものが描ける気がします」
そう話す福田さん。デジタルで仕上げる仕事も、最初はまず手を動かしてノイズのある線で描くことから始まります。デジタルで描画できるツールを使えば、ゆらぎのある線を最初からモニタ上に描くことは、現在の技術なら容易なこと。けれど、福田さんはあえて時間がかかり、失敗すれば描き直さなければならない描き方を大切にしています。
「タイムラグの間に何を考えているかというと、自分がこの絵を好きかどうか、描いていて気持ちいいかどうか、というようなこと。その感覚に従って手を動かします」
ゆらぎのある線とそれによって描かれた多彩なモチーフは、福田さんの思考そのもの。回り道したからこそ、道端に咲く花に気づいたり、思いがけない景色に出会えるのと同じように、ちょっと面倒くさい方法が、絵を豊かにすると福田さんは信じています。
「目はわるくなっているのに、絵はどんどん細かくなっていく。年齢とともに肩の力が抜けて自由になっていると感じています。昔より悩まないというか、いくらでも描けちゃう。今、改めて描くことがおもしろいです」
回り道しながら、不自由さを楽しみながら、自分が気持ちいいと感じる方向に進む。そうして描かれた作品は、美術館で向き合って味わう絵にも、誰かの服として記憶される絵にも、ポストカードやクッキー缶になって贈られる絵にもなり得ます。福田さんの回り道がこれからどんな地図を描くのか、楽しみでなりません。
(文・大橋知沙)
福田利之
ふくだ・としゆき、1967年大阪生まれ。大阪芸術大学グラフィックデザイン科卒業後、株式会社SPOONにて佐藤邦雄に師事。独立後、エディトリアル、装画、広告、CDジャケット、絵本、雑貨制作の他、テキスタイルブランド「十布」のデザインを手がける。現在、徳島と東京の2拠点にアトリエを構える。
https://www.instagram.com/tofu4cyome/
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