憧れの東京と「人間関係」【書きたくなる場所11】
渋谷の雑踏のなかに、スコーンがおいしいヨーロッパ調のカフェがあるのをご存知ですか。
今回は、私の行きつけであるこの場所を紹介します。
スクランブル交差点を渡り、センター街を進むと現れるのが、渋谷PARCOにぬける小道・スペイン坂。人通りの絶えないその坂の路面に、「人間関係 café de copain」は位置します。
スペイン坂はその名の通り、建物も路地もちょっと異国情緒です。人間関係もその雰囲気を纏っていて、深緑のアンティーク調の外観でお客さんを迎えます。
ここでは先にお会計をして、商品を受け取ってから席を探すスタイル。
レジ横に並ぶのは、名物のスコーン。さまざまな種類の手作りスコーンに、思わず目移りしてしまいます。
数あるスコーンとドリンクのなかから、アールグレイのスコーンとレギュラーサイズのホットコーヒーを購入しました。この2点で400円という驚きの安さです。
スコーンは持ち帰りもできますが、私は必ずイートインで食べます。温め直しのサービスに加えて、無料で生クリームもつけてもらえるんです。こういうちょっとしたオマケが嬉しいですよね。
あたたかいコーヒーとレンジで温め直されてアツアツになったスコーンを持って、奥へ奥へと広がる店内(なんと100席以上あるそう!)に進みます。BGMは、カフェに集う老若男女の世間話です。
あまくて苦い、ホットココア
6年前、進学で憧れの東京に住むことになった私は、仲良くなった東京生まれ東京育ちの同級生に、たくさんの”東京のあそび場”を教えてもらいます。
なかでも多かったのが渋谷。「渋谷は庭!」と宣言する彼女から、おしゃれなショップやカフェ、最先端の注目スポットなどあっちこっち連れて行ってもらいました。
マルキューの中ってこんな感じなんだ!安い!とか、原宿ってめっちゃ近い!歩ける距離なの!?もはや渋谷じゃん!!とか、テレビで見ていた憧れの「東京」って、本当に現実にある場所だったんだと認識させられた時間です。
彼女は同い年なのに、(生まれ育っているので当たり前ですが)東京が現実のものと分かっていて、そこで暮らしているだなんて。これまで過ごしてきた環境の違いに恐れおののきます。
そんなエキサイティング・トウキョウツアーで彼女に連れられた場所のひとつが、人間関係でした。
「昔から渋谷で遊び疲れたときとかに行ってるんだよね」とスペイン坂に向かいながら語る彼女。部活帰りにいったりさ~などという彼女の常連話に、へぇ、とかほぉ、とか相槌を打ちながらついていくと、深緑の外観が。あれ、ここって、もしかして。
時を遡ることさらに4年。つまり今から10年前、当時中学生の私は一人で渋谷に足を踏み入れていました。
渋谷のPARCO劇場でどうしても観たい舞台があると親に相談したら、一人で行っておいでと飛行機のチケットを渡されたという顛末です。どうにかこうにか羽田空港から渋谷まで慣れない電車を乗り継いで、ようやく渋谷に降り立ちます。
渋谷に着くのは11時、舞台の開演は13時。なにかお腹に入れておかなくちゃ、ということで向かったのが人間関係でした。事前に自宅のデスクトップで「渋谷 カフェ 一人でも大丈夫 安い」などリサーチを重ねたうえでの突撃です。
前述の通り、スペイン坂は小さな狭い通り。
当時はスマホを持っておらず、人の波にのまれ、沢山のどデカいビルに翻弄され、実に渋谷駅から30分ほどかけてどうにかこうにか目当ての場所に到着しました。普通に歩けば10分もなく着きます。
苦労してたどり着いたお店で味わう、食べたことないフレーバーのスコーンとあまいホットココアは、それはそれはおいしくて。今時な若者やイケてるおじさんたちがゆっくりくつろぐ薄暗くておしゃれな空間に、幼心に東京のカフェってすごい……と感じ、さらにそこに混じっている自分が大人に思えて、緊張しながらも鼻高々にココアを啜っていました。
観劇帰り、九州で待つ親にスコーンを買って帰ってあげようと再び訪れたら「スコーンは完売です」と言われたな。
そんな一連の思い出が、4年の時を経て、じわじわとよみがえってきたのです。
ちょっと背伸びをした思い出の場所が、彼女にとっては昔からの行きつけの場所だという事実は、18歳の私にとっては羨ましいものでしかありませんでした。それと同時に、なんとなく恥ずかしくて、彼女に一度来たことあるということは言えないまま。
ホットコーヒーを頼む彼女に対して、まだコーヒーが飲めなかった私は、4年前と変わらないホットココア。些細な注文の違いすら、彼女と私の差を突き付けられたみたいで。
あまいココアを飲んでいたはずなのに、ひたすら苦く感じたのを覚えています。
その後、人間関係は私にとっても行きつけに。友達とショッピングの合間にランチで利用したり、夜まで営業しているので成人したときにはお酒を飲みにいったり。中学生のときと同様に、PARCO劇場で舞台を観るときにもよく足を運びます。社会人になった今では、コーヒーも飲めるようになり、ココア以外にもたまに頼むようになりました。
あのとき人間関係に連れて行ってくれた彼女は、大学卒業後の就職先で仙台に転勤。
こんなに楽しみに溢れてる東京から出てやっていけるの?という私の心配とは裏腹に、インスタを見る限り彼女は仙台で明るく楽しい日々を送っているみたいです。
先日、久しぶりに東京に帰ってきた彼女と会いました。
スクランブルスクエアでランチをしたあと、渋谷の街を歩いて、最後は人間関係で。ずっとホットココアばかり飲んでいたよね、あなたはコーヒーばっかだったよね、この味懐かしいねと思い出話に花が咲きます。
そして、仙台で出会った彼と結婚間近で、東京には戻らないという話を彼女の口から聞きました。
私が憧れて憧れて手に入れた東京という場所を、生まれながらに持っていた彼女はさらりと手放します。
18歳のとき以来に、ココアに苦さを覚えました。