ひとり呑み客が集うバーでは誰もがPM(プロジェクトマネージャーのほうね)になる
バーでは、誰もが己(おのれ)が心に秘めたプロジェクトを達成しようとしている。
近所に、カウンター席だけの小さなバーがある。
最寄りの駅を降りて徒歩数分。住宅街にさしかかる場所にあるので、客の多くは帰宅する前にもう1杯だけ呑んでいこうというひとり客だ。年齢層は20代~50代と幅広く、男女比は6:4くらいだろう。
僕はこのバーに通い始めて3年ほどになる。これまで会ったことのないタイプの人間と出会ったり、知らない世界の話を聞いたりしたい。いわば、これがバーにおける僕の「プロジェクト」だ。
先日は、非常に縁起のいい手相とされる「覇王線」を手のひらにタトゥーしたという女性と会ったので、その夜はプロジェクトの目標を達成した。
住宅街のバーは会社組織の如し
同じように、バーのひとり呑み客はそれぞれプロジェクトを抱えている。
・マスターに話(愚痴)を聞いてもらう。
・周囲の会話に耳を傾けながら酒を呑む。
・他の客に自慢話をする(自分をほめてもらう)。
・他の客を口説く。
・口説くまでいかないけど若い異性とお話する。
……等々。
マスターは当然、売り上げを最大化するというプロジェクトを抱えている。
バーでは誰もがPMなのだ。
金を払って呑む以上、みんな自分のプロジェクトを完遂したいから、どうしてもぶつかる。他のPM(=他のひとり呑み客)が憎いわけではないが、「ここはこちらの事情を汲んでくれ」と言いたくなる夜もある。(しかしたいてい汲んではもらえない)
このあたり、会社組織に非常に似ている。
他のPMが自分と同じようなプロジェクトを進めている場合もある。「他の客を口説く」などは、同時に進められやすいプロジェクトだ。対象が異なる場合もあれば、重なることもある。
あるPM(=客)が成果を出そうと焦った末に、そのプロジェクトが破綻することもある。他のPMは、その失敗を密かにおのれのプロジェクト推進の糧とする。これも組織でよくみる光景だろう。
「自慢話をしたい」プロジェクトは、他のPMの足を引っ張ることがある。しかし多くの場合このPMは周りが見えておらず、組織を潰しかねない状態を招くこともある。
バーでおのれのプロジェクトを推し進めるには、他のPMのプロジェクトを察知し、目くばせしながら歩調を合わせることが肝要だ。
一方で、他のPMとの距離感を適度に保つことも忘れてはならない。
おのれのプロジェクトを進めたいばかりに、他のPMによる類似プロジェクトに軽々しく乗っかると、痛い目に遭うこともある。
また、これも会社組織と同様、バー全体として「まずはこのプロジェクトを進めよう!」という雰囲気で統一され、つぎ込まれる予算が集中することもある。
そんな時は、組織全体の動きを見守りつつ、自らが出るべきタイミングを図ることだ。手を挙げるべきところで、手を挙げる。ここでの積極的な姿勢が評価され、のちにおのれのプロジェクトを進める際に、他のPMの協力を得られることへとつながるだろう。
バーにいるPMたちは皆、成果を残そうと全力を尽くしている。
組織として見れば、実に優れた集団と言えるのではないだろうか。
特別付録:
バーで「自慢話を聞いてほしい」PMと遭遇したときにとったメモ。
(「世界一しょうもない話」とタイトルを付けているあたりに、おのれのプロジェクトを進められない悔しさがにじみ出ている)