家でのひとり飲みを“酌”由美子で乗り切ろうとした日
「はーい。釈由美子です」
この2年ほど、フリマサイトを眺めることを趣味にしている。こんなものがいつ出まわっていたんだ? とか、誰が買うのよこれ! と思わず声に出してしまうほどの珍品が格安で並ぶことがあるからだ。
半年ほど前に購入した「釈お酌」もそのひとつ。
たしか、かつて観光地でよくみかけたペナント数枚と合わせて、1000円だった。
「釈お酌」は、缶ビールをセットすると、釈由美子をかたどったフィギュアがグラスに注いでくれるというオモチャ。100通り以上のボイスが内蔵されているという。買ったまま放置していたが、このご時世、ひとり飲みにぴったりのアイテムでは! と思い出し、押し入れから出してきた。
あらためて見て、なんか「お酌由美子」みたいな、もっとキャッチーなネーミングがあったのでは、と少しだけ思った。
起動すると、さっそく釈由美子がしゃべった。
「釈由美子のお酌ターイム! がんばってお酌しまーす」
2002年に発売されたものらしい。調べてみると、彼女が『修羅雪姫』や『ゴジラ×メカゴジラ』といった映画で主演をつとめた時代。だが、これがどのような経緯で作られたものかまではわからなかった。
売ってくれた人が「箱はボロいが未使用」と言っていたとおり、まだ袋に入ったままの部品があった。状態もいい。フィギュアが釈由美子に見えるかどうかは別として。
缶ビールをセットして、ボタンを押す。
動かない。
何度かボタンを押しても変化がない。だが釈由美子が「とりあえず、ビール!」とか「まずはいっぱいいかが?」などと勝手にしゃべりだす。どうやら物音に反応して再生されるボイスがあるらしく、本体をひっくり返したり、ビールをセットし直したりする音に対していちいちしゃべるので、早くもウザくなった。
箱を見ると、押していた赤いボタンはストップボタンで、お酌は「釈お酌」と書かれたでっぱりを、グラスで押すことで開始するとあった。回転ずしで見かけるお茶のレバーみたいな感じだ。
左手で動画撮影用のスマホをかまえ、右手に持ったグラスで「釈お釈」ボタンを押す。
もっと「トッ、トッ、トトトトト……」みたいな感じで、ゆっくり注いでくれるのかと思ったら、遠慮なく缶を傾けてくる。左手にはスマホを構えていたこともあって、反応が遅れた。
机とカーペットがビールに濡れ、テンションが下がった。
雑巾で拭いたり、洗って絞ったりする物音にも釈由美子は反応した。「私のお釈じゃダメ?」、「さあ、ふんにゃかしてください」などと勝手にしゃべり続ける。
落ち着いてから再びチャレンジしたが、2杯目も同様で、2敗目を喫した。缶ビールは空になった。
仕方がないので、缶をセットせずに練習してみた。「釈お酌」ボタンを押した直後くらいに「ストップボタン」を押すぐらいがちょうどいいようだ。同じオモチャを手に入れた人は参考にしてほしい。僕は失敗してこぼれたビールの後片付けをするのがイヤなので、もうやらない。
箱の裏に釈由美子のプロフィールが書いてあった。1978年生まれ。僕の1つ年下だ。お互い思えば遠くにきたもんだ。こんな場所でめぐりあうなんて。
「好きな言葉」の欄に「行きあたりばったり」とあった。ビールの注ぎ方が雑なことに、妙な説得力を持たせている気がした。
早くふつうの居酒屋でひとり飲める日がきますように。そう強く願わざるを得なかった。