「彼女募集おじさん」が街かどに立ち続ける理由
彼女募集おじさんを初めて見かけたのは、4月中旬だった。「彼女募集」のうちわを掲げ、にこにこと笑っていた。そのときは別の用事があったので、許可を得て写真を撮らせてもらうだけで、その場を去った。けれど、すぐに「ちゃんと話を聞くべきだった」と後悔した。用事などほうっておいて「なぜこんなことをしているのか?」とたずねておくべきだった。もう2度とおじさんに会えないかも知れない。そうなると、謎は永遠に謎のままになる。
おじさんを見かけたのは日曜だったから、おじさんはふだん働いている人なんだろうと予想して、土曜と日曜に何度か同じ場所を訪れた。「Yahoo!リアルタイム検索」でそれらしい目撃情報を探した。「昔、原宿で見かけた」という人もいたが、今もいるとは限らなかった。
そんなこんなで約1ヶ月が過ぎた今日、おじさんと再会できた。
「取材させてほしい」と申し出ると、「以前取材を受けたとき批判する声が大きかったから」として断られた。「ただ、君が想像をふくらませて好きに書くのは自由だよ」。
※注意※
おじさんは以前の取材で発言の言葉尻をとらえて記事にされたことが相当辛かったらしく、「録音やメモをとるくらいなら想像で書いてくれたほうがマシ」とのスタンスをとっている。以下、おじさんとの会話を記憶のかぎり忠実に再現したが、おじさんの真意と異なる部分があるかもしれない。また、おじさんには名刺を渡したうえでネットに掲載することを伝えてある。
きっかけは「親に孫の顔を見せられなかった」こと
——聞きたいことはいろいろあるんですが、この「彼女募集」のうちわに効果はあるんですか?
「今日は朝からデートしてきたよ。インドネシアの女の子とご飯を食べてきた」
——マジですか。
「ただ、こうやって立ちはじめて4年になるけど、そんなのは今日が初めて。築地までの行き方を尋ねられたから教えてあげたら、『一緒に行きませんか』って」
——そんな日にお会いできるなんて、すごい偶然ですね。
「いや、声をかけてくれる女性はわりといるんだ。何度か『今からホテルに行きましょう』って誘われたこともある。なかでも特に印象に残っている女性がいて、そのときは断ってしまったんだけど、また彼女に会いたいという思いはどこかにあるね」
——断るのは、なんかもったいない気がしますね。
「今日ご飯に行ったのは本当に特別。これまでなかったこと。何度かインドネシアに旅行したことがあって、好きな国だったっていうのが大きいと思う。彼女にインドネシアのお菓子をもらったんだけど、食べる?」
——いただきます。
「いろんな見方があって、僕をあざ笑う人もいれば、『とっかえひっかえヤっているんだろう』という人もいる。でも僕は、遊びで女性の人生を乱すようなことはしたくないから、そういうことはしないよ」
——本気の女性を探すなら、もっと遅い時間に立ったほうがいいのでは?
「それは最近ちょっと考えてる。いかがわしい男に見られたくないから、これまでは陽が沈んだら帰るようにしていたんだ」
——ジェントルですね。なぜこういう活動をするようになったんですか?
「親に孫の顔を見せてあげられなかったってのが、きっかけ。40代のころはずっと落ちこんで、寝こんでた。だけどちゃんとしようと思って、50歳を過ぎてからこれを始めたんだ」
——思いきりましたね。
「『孫の顔を見せてあげたかった』って言うと『親のために結婚するのか』って言う人がいるけど、そういう意味じゃない。だけどうまく伝わらなくて、そこはもう仕方ないなって思ってるよ」
——ふと自分を振り返ったとき、独身でいたことにショックを受けたということですね。
「高校を出てからずっと、仕事中心に生きてきたから。ひとつのことに集中すると、他のことができなくなるんだよ。だからこれまで誰かと付き合ったこともない」
——だとしても、別の方法もあったと思うんですが。
「これは『負け組』が『勝ち組』に勝つためのステップを示すという意味もあるから。お金持ちだったりハンサムだったり、ナンパが上手だったりして女性と仲良くなる人もいる。だけど、『負け組』でもこうやって立つだけで相手が見つかることがある。それを証明したいんだ。だからこれは、社会的な活動だと思ってる」
——それはなかなか勇気がいりますね。
「でも、ひとりでやることが大事なんだ。怖がって誰かと一緒にやったら、女性も声をかけにくいだろうからね。突然ペットボトルを投げつけてくる人がいたり、うちわを奪って地面に叩きつける人もいたりする。『お前は神を信じないのか!』って怒鳴ってきた人もいる。それでも声をかけてくれる人は、僕がこういう人間だってわかってくれるわけだから」
——話しかけてくるのは、どんな人ですか?
「たいていは君のように『写真を撮らせて』っていう人。『彼女募集』に対して真剣な気持ちで話しかけてくる人は、1日に1人いるかどうか。好意的に見てくれる人は、遠くからでもわかるんだ。目がハートになってるように見えるから。気が合うかどうかなんて、本当は近づくだけでわかるもんだと思う。なのにみんな一緒に映画を観に行ったり食事したりして、相手を見極めている。おもしろいよね」
——おじさんがこの活動をやめるのは、結婚相手が見つかったとき?
「結婚できたら、次は僕と同じような悩みを持つ人にこのうちわを貸してあげたいんだ。この前、30歳の男性が話しかけてきて、『実は僕も彼女がいなくて、付き合ったことがないんです』って言うんだ。そういう人にうちわを貸して協力してあげたいよね」
——うちわに「free board」って書いてあったのは、誰かに貸すためだったんですね。「取材は受けない」と言いつつ、話を聞かせてくれてありがとうございます。お礼と言っちゃなんですが、暑いのでジュースの1本でもおごらせてください。
「ありがとう! だったら、この先にある店で買うといいよ。1本100円で安いから」
——最後までジェントル!