サムライ 第4話
【前回の話】
第3話https://note.com/teepei/n/n4352afd06417
「なんだと」
と言い返すが、言葉が続かない。言葉に詰まり、上長は歯噛みしたまま立ち尽くした。しかしその時、徳本さんが代わりに二人に言ったのだ、謝りなさい、と。誰もが予想し得ない一言だった。森井も意外だったのか、理不尽の均衡を崩した本人へ、まるで裏切られたかのような動揺を見せる。しかしすぐに持ち直し、舌打ちで答える。
「うるせえな、じゃあてめえがやれよ」
しかし徳本さんは、謝るんだ、と繰り返した。そして俺は、そういうときの徳本さんを初めて正面から見ていた。何かが真っすぐこちらに向かってくる。それはまるで剃刀の刃でなぞられる様な悪寒を残して、俺の向こうへと突き抜けていく。おそらく上長を飲み込んだ時と同じ気迫だろう。俺は、当事者でもないのに飲み込まれていた。そして徳本さんと向き合う森井の背中がすくむように見えた。
「ああもう、うるせえなあ」
そう大声を張り上げて、森井は徳本さんに背を向け、俺の横を通り過ぎていった。張り上げた大声は癇癪のようにも聞こえたが、それは違う。張り上げなければ徳本さんの気迫を振り切れなかったのだ。森井が去った後も俺は立ち尽くしていた。ふと気になって上長を見る。その表情は青く、今までそんな上長を想像したこともない。目が泳ぎ、口元は曖昧に動いている。まさか震えちゃいないだろう、と思いつつも、上長の激しい動揺はこの俺でも心配するほどだった。踵を返し、上長は事務所につながるその先の扉へ消えていった。と、その一方で徳本さんが片づけを始めている。うっかりしていた気持ちに襲われ、俺は徳本さんに並んで片づけ始める。
「上長、大丈夫ですかねえ」
まあ、こんなこともあんだろう、と、徳本さんは淡々と片づけをこなしていた。
着替えが終わった俺は帰る間際に、缶コーヒーを二つ持って上長の部屋に入っていく徳本さんを見た。翌日、そのことを尋ねると、徳本さんはやはり上長の様子を見に行ったのだという。孤独だったのさ、そう言いながら、聞いた話を語り始めた。
上長も初めは怒鳴り散らすことなんてなかった。部下のことを親身になって考え、部下の立場に立ち、良い職場環境で部下たちに頑張ってもらえるよう努力しなければならない。そう考えていた。しかし部下とはいえ年上も多く、なかなか上長の言うことも通らない。そしてある日から、最後の片づけを全て押し付けて、部下達は帰るようになっていた。良い職場環境で頑張ってもらえるように。その思いは利用され、しばらくの間、上長は自らの理想と現実の相違に苦しんだ。ある日、過労で倒れた。現場の状況を見て、会社は人員の配置転換を図った。そして上長には最後通告を出したのだ、部下の教育に二度の失敗は許されない、と。会社は上長を労うどころか、失策者として責め立てていた。部下と会社、どちらも信頼できなくなった上長がとった手段は、怒鳴り散らすことから始める恐怖統制だった―
(続く)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?