ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第9話
【前回の話】
第8話https://note.com/teepei/n/na772880e1748
当然のように答えたその女性を改めて見てみる。
喪服のワンピースと真珠のネックレス。
髪は肩の辺りまで、丸みを帯びた髪型が顔を包むような印象を与える。
背は同じくらいだから、女性としてはだいぶ高い方だろう。
切り揃えられた前髪の下から切れ長の目が覗き、それが若干の威圧感を与えてくる。
「何じろじろ見てんだよ」
「あ、いや…」
と言葉を詰まらせながらも、肝心な台詞に行きつく必要があった。
「未来を見せたって」
「ええ」
「つまり能力者?」
威圧感が消え、きょとんとした目でこちらを見る。
「能力者って…、なんか仰々しいね。それ、木村が言ってたの?」
頷くと、女性は口元に笑みを浮かべた。
「大げさなんだよね。とにかく、そう、あいつに未来を見せたのは私」
「何で」
「あいつが死のうとしてたから」
ホールにはまだ人が多く、残っているそれぞれの他愛のない会話が遠くにざわめいていた。
「木村が」
「そう」
淡々と返す目の前の人物に、ようやく異質さを覚える。
「あんたは何者なんだ」
再びきょとんとした眼差しを向けてくる。
「それマジで言ってんの」
「え」
「いや、高校の同学年だろ、私達は」
「え」
「え、じゃねえよ。ああ…無駄に傷つくな…まあ、同じクラスどころか近くにいたこともないからね。仕方ないっていや仕方ないんだけど」
それから思い出す。
学年で集まるときは、いつも遠くに一つ抜きんでた人影があったことを。
その頃の髪はもっと長く、ただし切れ長の目だけは変わらない。
一度視線が合った時に、同じような威圧感を覚えていた。
「ああ、そう言えば」
「私もあんたのことは木村から聞いて知ってる程度だしね、お互い様か。
私の名前は水野清美。
改めまして、だけど」
どうも、と会釈をするものの、得体の知れないわけでもなく深い知り合いでもない能力者、という着地点のなさに中途半端な戸惑いが続く。
「それで、木村が死のうとしてたっていうのは」
「そうだね、その辺りから話さないとね」
ちょっと長くなるから、と水野清美は隣の椅子に腰かけ、自分のこと、木村に起こったことを話し出した。
水野の母方の家系には代々特殊な力を持つ者が生まれた。
それは人の死期を見せる、というもので、古くは呪い師に起源を持つように言われているが定かではない。
祖父の代には既に市井に潜っていて、一般の家庭と何ら変わりがなかった。
力についてはあえて公言していない。
しかし頑なに隠しているわけでもなく、使うべきときには使った。
命を絶とうとする人間を引き寄せるのも特徴で、彼らに本当の死期、つまり未来を見せることで引き戻すことが多かった。
祖父と母はそれを調整と呼んだ。
ほんの少しだけ手を入れて、本来あるべき人生へと戻す。
調整と呼ぶのは、力に対する慢心を抑制する姿勢でもあった。
無論すべてが引き戻せるわけではなく、無力感に打ちひしがれることもあった。
未来を見せることが変数となり、そのまま死へ向かわせてしまったのか。
それとも未来を見せる行為が組込済みで、実は本来の死期がそこだったのか。
理由は分からない。
とにかくその力のせいで、人の死の瀬戸際に立ち会うことが多い家系だった。
(続く)