見出し画像

罪 第18話

【前回の話】
第17話 https://note.com/teepei/n/n21218280e907

「そうか、そりゃ残念。とにかく、事業部として求めるのは、この『高機能媒介水』を利用して一度に複数の人間を同じ仮想空間に立たせること。近づき、触り、話すこと。思考と記憶を許可付きで共有できること」
「言ったろ、思考と記憶の共有についちゃ大したものは提供できんよ。それに、むやみな接続にはまだ不安が残る」
「だけどよ、お前がここで生き残るにはやるしかねえんだ」
そう答える森野の声は、寂しげな響きを含んだ。
『シャングリ・ラ』の創造主であり、研究者達の庇護者。
彼は直感に従い世界を創造し、研究者たちの技術を会社に認めさせる。
中には研究者の意にそぐわない提案もしなければならない。
だがそれに応えることで、研究者達は会社の援助を得ることができる。
「研究者である前に、いちサラリーマンってわけか」
自虐的に鼻で笑い飛ばす。
「まあ、そういうことだ」
口角をゆがめ、皮肉な笑みを返して森野が続ける。
「それに不安ってもよ、お前が言ったような段階だったら心配するまでもねえんじゃねえのか。技術の未発展が最大のセキュリティにもなる」
「厭味な奴だな」
「事実を言ってるだけだ」
 それから再び、森野はガラスの向こうに目を向ける。
「なあ、本当に進展はねえのか」
 うるさい直感が、本山の不意を衝く。
「ああ」
少しも表情を変えず、本山が答える。
そのまましばらく、二人はガラスの向こうを眺める。
「そうか。まあいい、上には話を進める旨で報告しておく。ちなみに技術提供の許可だけでいいぞ。設備の開発はこっちでやる。それが使いたければ好きに使っていい」
作業台に放られたパンフレットを指す。
「それじゃあな」
「ああ」
「今度おごれよ」
「さっさと帰れ」
背中越しに手を振り、扉が閉じられる。
不安、と口にしていた。
本山にも具体的には分からなかった。
未知の可能性が大きすぎる、というだけのことかもしれない。
拭いきれないまま、ガラスの向こうで進行している実験を眺め続けた。

設備の開発は滞りなく進んだ。
本山も稀に意見を求められたが、二、三の助言をした程度で、その他は全て助手が対応できる程度だった。
西校舎の三階が屋内型プールになっていて、そこが設備の会場に選ばれる。
豊富な高機能媒介水を投入し、動作と安全性の確認のために臨床試験が行われた。


そして事件は起こったのだった。
(続く)
【次の話】
第19話 https://note.com/teepei/n/nc33183617371

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?