PMFとTAMの危険な関係 -小さな市場を独占した後に僕らがすべきこと
著者略歴:宮地俊充 Serial Entrepreneur / Best Teacher(Education, Online English school)→Teen Spirit(Entertainment, Music)→Boot home(Healthcare, New Normal) 起業・経営の実践はBoot homeで、理論の発表と社会貢献はStartPassで行っています。
公式
資金調達をしている時に、投資家に市場が小さい・課題が大きくない・ニーズが大きくない、などと言われた経験はありますでしょうか? この指摘はまず、「現在」についての話なのか「将来」についての話なのかを明確にする必要があります。
ピーター・ティール『ZERO to ONE(2014)』にあるように、現在はまだ小さいが、今後急成長する市場を独占するのがスタートアップの戦い方として賢いですが、市場が成長する=いいと思う人が今後増えていくかは将来予測で不確定ですので、その未来像を狂気のように信じられるのが起業家の強みになります。
実際に経営してみると
スタートアップの場合、利益と借入を元に再投資していくというより、Equityで大きくJカーブを掘って急成長を目指していくのが一般的ですので(コロナにより変わった部分もありますが)、調達できなければ前に進めないため、投資家に局面ごとに納得感を持ってもらう必要があります。
となると、プロダクトをリリースして、なんらかのトラクションが出そうとするとよくある話が、顕在化している明確なニーズを刺しにいった方が受け入れられるが、顧客数が限られるため市場規模が小さく見えてしまう、というジレンマです。
すなわち、シード・アーリー期においては、PMFすることが当面のゴールとされがちなため、Marketを絞ったProductにすればするほどFitしやすくなる一方、そのMarketのTAMが大きくないため、その後の成長ストーリーが描きにくい、という現実に直面します。
フィットネス業界で例を挙げると、「女性専用パーソナルジム」にすれば、プロダクトを女性に合わせたものにできる(トレーナーを女性にする、更衣室やトイレを1つのみにできる、プログラム内容を女性の悩みに即したものに揃えられるなど)のでPMFさせやすくなりますが、一方でターゲットユーザーは女性のみになってしまいます。
独占する小さな市場の性質の嗅ぎ分け
スタートアップが独占できる可能性がある小さな市場が、なぜ存在するのか? が重要になると考えています。
昔から存在していたが、大手が参入するまでもない市場の大きさであった場合は、独占してもあまり意味のある市場とはいえないでしょう。
一方、社会や技術などの変化により、新しく生まれた市場の場合は、大手が手を出すべきか迷っている、または、現在保有しているポートフォリオに専念した方が現時点では経済合理性があるためあえて手を出さない、ということが多いでしょう。
つまり、最初はMarketを絞ってProductをFitさせるべきですが、その絞ったMarketで勝てる理由が何かにより、その後の展開が決まってしまう、という罠があると思っています。
これは、ポテンシャルのあるPMFとないPMFの嗅ぎ分けに近いものがあり、単純にPMFしました!と言っても、筋のいいMarket(顧客ニーズ)にFitしていなければ、あまり意味がない、というのが現実だと思います。
マーケティングのしやすさ、競合優位性の持ちやすさの観点からも、最初はターゲットユーザーを絞ることは重要ですが、「なぜ絞ったのか」「絞った後にどう展開できるのか」の意識がないと、PMFさせやすいから絞っただけ、ということになりかねません。
ファウンダーの原体験の功罪
ファウンダーの原体験は、起業する意味・その会社のアイデンティティで最も重要な要素の1つと考えていますが、あまりに意思決定における軸として重要になるが上に、原体験に復讐されている事例も何度も見てきました。
まず、ファウンダーが原体験として課題感を持つに至ったニーズは、競合がソリューションを提供できていないからそのニーズ(課題)が残っている、と言えます。
なぜ競合がソリューションを提供できていないかですが、上にも書いた通り、取るに足らない市場だからなのか、これからくるかもしれないが現時点であるビジネスモデルに投資し続けた方が経済合理性が今はあるからなのか、によってだいぶ事情が異なります。
何年もやっているのに売り上げが大きくならない理由、バリュエーションが上がらない理由は、とても皮肉な出来事ですが、原体験を元に近くにいる人の明確なニーズに応えようとしすぎて、そこにプロダクトが最適化されすぎているから、ということになります。
よって、原体験やインサイトにも、筋の良し悪しがある、ということになります。
小さな市場を独占した後に次の市場に広げられるのか
最初のトラクションを出すためにどのターゲットユーザーに絞るか、自分でも独占できる小さな市場がなぜ存在するのか、筋の良い原体験やインサイトなのか、などの観点から、戦い方を精査し、意味のある小さな市場を独占したとします。
その後に僕らがすべきことは、言うまでもなく次の市場に広げるです。Amazonが本屋から始まって、その後にCDやDVDなどに広げたのと同じですね。
最初に独占する市場が何かと、次のどの市場に広げるか、は明確な理由が必要で、その必然性の強度により、勝ち続けられるかが決まってしまうでしょう。
まず、同じプロダクトで他の層のニーズにも応えられるのか、という観点があります。共通利用できる要素が少ない全く違うプロダクトを作り、同時に開発・運営しながら回していくのはリソースが少ないスタートアップには向いていないやり方でしょう。
ワンプロダクトであっても、市場環境の変化やトレンドが生まれたことにより、勝手に次の市場が創出され、そこにも刺さる、といったこともありえます。
次に、その小さな市場(ニーズ)がマスに拡大していくか、という観点があります。例えば、クラウドサインのような電子契約サービスは、そもそも知らなかったのでニーズが生まれようがなかったが、コロナを機に一度触ってみたら良すぎるので、もう元には戻れない、という方が大半ではないでしょうか。
一度触ったらロックされて、オンライン移行してくる(むしろそれがDXの本源的価値だと思っています)くらいプロダクトにパンチ力がないと、急拡大は望めない、と言えます。基本に戻るようですが、パンチ力=無くなったら困るサービスを作ろう、という話になります。
最後に、次のユーザー層(市場)を取りに行く時に、最初に独占した市場で作られた独自資産が効果的になる市場を狙う、という観点もあります。
例えば、最初に狙った市場にサービスを提供するために構築したオペレーションがそのまま生かせる市場が何かを考える、といった感じです。
改めて3Cとは何か
スタートアップが成長していく過程には、外部環境の変化によりユーザー(Customer)のペイン・課題・ニーズが変化があることも見逃せません。逆に言えば、変化がなければすでに競合(Competitor)がユーザーのニーズを満たしているので自社(Company)には勝ち目がないでしょう。
そのくらいCustomerとCompetitorはセットで考える必要があります。そして、たとえ強いCompetitorがいたとしても、Customerのニーズが変わったらCompetitorは変化に追いつけずに弱くなる可能性もあるのです。
また、「競合は気にせずユーザーだけを見ろ」の真意は、ユーザーが課題に感じていることがあるとしたら、競合はそのニーズを見たせていないから課題が発生してしまっているわけで、そこに誰も気付いていないインサイトがあるかも、という意味だと思います。
実務上の手法
開発力がある会社であれば、まずはあらゆるニーズを持っている層に使ってもらって、熱狂している層を特定し、そこをターゲティングして、その層が欲しい機能を追加、そして次に熱狂している層が欲しがる機能を追加、とプロダクトを転がしながら全体としてのPMFをあげていく手法もあります。
PMFとマーケティングは別物
PMF = 課題と解決策の一致(課題の認識があっている、課題が強い=解決されていない、強い課題に対する解決策として正しい)以外に、その課題を抱えている顧客に解決策を正しく伝えられるかというマーケティングでの一致も別問題としてあります。
顧客の課題を解決する価値のあるものを作れているかと、その価値をターゲット顧客に正しく伝えられているかは全く別の話であり、後者のマーケティングに問題があるのに、プロダクトの方をいじってしまうパターンもあり、注意が必要だと思っています。
まとめ
若干散文になってしまいましたが、noteを見ていたら去年の6月に書きかけて下書き状態になっていた記事を見つけたので、推敲して投稿してしまいます。
こんな風に賢そうな記事を書いたところで、ビジネスは結果が全てなので、僕が今やっているヘルスケアスタートアップ Boot homeで当てなければ何の説得力もないわけで、とにかくBoot homeの経営を頑張ります。
コロナ時代にぴったりなオンラインパーソナルジムを運営していますが、ここからメディア事業、本丸のデジタルヘルスケア事業と進化していきますので楽しみにしていてください^^