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第6話『量子チーム結成』

第6話「量子チーム結成」

混乱が世界を覆い始めてから数日が経過した。仮想通貨市場は依然として荒れ狂い、量子通信を支えとしていた国際インフラは不安定な揺らめきを見せている。ニュース映像では、世界各地で投資家や市民が不安を口にし、国会や議会が緊急対策を協議している姿が映し出される。
そんな中、Q-Labのカンファレンスルームでは今まさに新たな試みが動き出そうとしていた。

テーブルには様々な分野の専門家が集まっている。大手セキュリティ企業のアナリスト、大学や研究所から招かれた量子通信の研究者、政府サイバー対策本部の高官、そして遠隔会議システムを介したICDF(国際サイバー防衛機構)や各国協力機関の代表者たち。これまで国際的で強固な対策枠組みがなかったわけではないが、今回の脅威は既存の対応を凌駕する新次元のサイバー攻撃であり、そのために特別なタスクフォースを組成する必要があった。

新タスクフォースの名は「Q-Guard」。
量子通信が世界を繋ぐ新たな時代において、その防波堤となるべく結成された精鋭組織だった。

「我々は、量子暗号通信の安全性をゆるがす前代未聞の攻撃に直面しています。」
Q-Lab社長の鷲見(わしみ)が席上で宣言する。
「Q-Guardは、各分野の専門家が結集し、攻撃手法を解明し、防衛策を講じるための国際共同体です。官民、そして学術機関が垣根を超え、連携する必要があります。」

スーツ姿の政府担当官が続く。
「現時点で、量子鍵配布への干渉が金融、社会インフラ、安全保障に甚大な影響を及ぼしており、国家レベルでの対策が求められる。Q-Guardには、最高レベルのセキュリティ技術と最先端の量子研究知見が不可欠だ。」

その言葉に、参加者たちは真剣な眼差しで頷く。
ICDFの担当者が画面越しに声を上げる。
「前回の大規模サイバー危機を覚えていますか? あの時、不可視の背後で決定的な貢献をした技術者がいる、と報告を受けました。佐藤廉さんです。彼の洞察とスキルは今回も大いに役立つでしょう。」

その名が出た瞬間、会議室の片隅で控えるように立っていた佐藤は内心で溜息をつく。半年前、世界的なサイバー攻撃を食い止めた影の功労者として一部の関係者には知られていたが、本人は再び脚光を浴びることなど望んでいなかった。彼はSESエンジニアとして、与えられた環境で粛々と仕事をこなす日常に戻りたかっただけなのだ。

しかし、今回はそうもいかない。
水野がそっと近づく。
「佐藤さん、あなたが必要なの。今やQ-Labだけじゃ対応が難しい。Q-Guardは世界規模で対策を講じるために動くわ。あなたの知見がなければ、私たちは手探り状態で対処しなければならない。」

佐藤は目を伏せる。
「僕は派遣先での仕事を続けたいだけです。大きな舞台に立つのは望んでいません。」

Q-Lab社長の鷲見も静かに言葉を継いだ。
「佐藤さん、あなたがいなければ、今回の問題を短期間で解決するのは難しいかもしれない。ここで防げなければ、我々のビジネスはおろか、量子暗号技術そのものが信頼を失う。世界経済や国際安全保障にまで波及する可能性があるんです。」

その時、佐藤は視線を会議室の外へ移した。ガラス越しに見えるビル群、その中で普通の人々が日々を過ごしている。その人々を混乱に陥れる謎の攻撃者は、量子通信の安全を土台から崩そうとしている。自分が手を貸せば、この混乱を収束へ導けるかもしれない。だが、またしても表舞台の注目を浴びることになる。

水野が小さく笑みを浮かべる。
「あなたがどれだけ地味に振る舞ったって、前回で分かったでしょう? 必要な時、あなたを頼る人は自然と集まる。だったら、いっそ引き受けてしまって、あなたのやり方で力を貸してよ。」

佐藤は一瞬目を閉じ、そして静かに息を吐く。
「分かりました。Q-Guardへの参加をお受けします。ただし、できる限り目立たない立場で、アドバイザーとして。直接指揮を執るような役割は、勘弁してください。」

鷲見は安堵の笑みを浮かべる。
「感謝します、佐藤さん。あなたの経験は我々にとって何よりの武器です。」

水野は微かに目を潤ませながら頷き、ICDF担当者も満足げに目を細めた。

こうして、新たな国際的タスクフォース「Q-Guard」は始動した。
量子通信の専門家、セキュリティのプロ、政府関係者、そしてSESエンジニア佐藤廉。多彩なバックグラウンドが集結し、世界規模の未曾有のサイバー脅威に立ち向かう。かつての英雄が再び舞台に戻ることになったが、彼は相変わらず端の席で、静かにキーボードを叩き始めるに違いない。

外の空は、まだ灰色がかった光を放っている。だが、その雲の向こうには、いつか晴れ渡る青空があるだろう。Q-Guardが動き出すことによって、世界は再び光を取り戻す一歩を踏み出したのだ。

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川村康弘(Yasuhiro Kawamura、Ted)@クラウド屋
おもしろきこともなき世を面白く 議論メシ4期生http://gironmeshi.net/ メンタリストDaiGo弟子 強みほがらかさと発散思考 外資系企業でインフラエンジニア