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サステナブルな社会に向けた子どもの主体的な学び

Laila Gustavsson(ライラ・グスタブソン)さん(クリスチャンスタッド大学講師)

 今日は皆さんにお会いできて嬉しく思います。
 私はライラ・グスタフソンと申します。2003年からクリスチャンスタット大学の幼児教育課程の助教授として勤務しています。1989年に野外での活動を主とした就学前学校と野外小学校を立ち上げ、15年間にわたって校長を務めました。つまり、今日のテーマである野外教育に長年にわたって取り組んできたということを意味しますが、半分は現場で経験を積み、あとの半分は大学で研究を行ってきたということでもあります。また、野外活動を主とした就学前学校や野外小学校を運営する役員も務めています。

 今日は皆さんと一緒に幼児期における教育や学習について話し合う機会を持てたことを大変光栄に嬉しく思います。特に、野外教育という視点では、持続可能な未来のために子どもたちの学習とともに長年にわたって私の大きな関心領域として研究に取り組んできたテーマでもあります。

 私は今、スウェーデンから話をしていますが、日本から8200キロ離れたところにいます。以前、日本を訪問する機会があり、山本さんのコーディネートによって当別町や札幌周辺の幼稚園や小学校、大学まで訪問しました。その時の滞在は非常に興味深い体験でした。小学校や幼稚園での教育について、日本だけではなく母国スウェーデンについても多くを学ぶ経験になったと思っています。

 スウェーデンの地図を見ていただいてますが、南の方をご覧いただくと、私が働いているクリスチャンスタッド大学があり、私の住む地域がありますが、今日は、この地図の中央にある山の家からプレゼンテーションを行っています。

1)はじめに

 それでは、今日のプレゼンテーションのテーマである、就学前学校の子どもたちのための野外教育と体験学習について私のレクチャーを始めたいと思います。
 
 今日の話の項目を列挙しましたのでご覧ください。初めにスウェーデンのカリキュラム(学習指導要領)について簡単に説明したいと思います。次は、子どもの視点に立つということはどういうことか。そして、子どもの参加と影響について話したいと思います。また、持続可能な未来に向けて教えること、学ぶことについてです。その後、野外教育や体験学習について。そして、『科学の芽ばえ』について取り上げたいと思います。最後にスウェーデンの野外での活動を主とした就学前学校と小学校について、”晴れでも雨でも”という名前をつけていますが、その活動を紹介したいと思います。
 皆さんも良くご存知かと思いますが、持続可能な未来といった課題が非常に重要なトピックとなっています。数週間前ですが、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、気候変動の危機によって、人類の半数は危険な地域に住んでいると報告しました。そして、多くの自然の生態系が回復できない瀬戸際にあるとも報告していました。サスティナビリティについて考える、取り組むことについては、子どもの小さな時から関心を持つことが非常に大切な要素となります。

2)スウェーデンのカリキュラム(学習指導要領)

 スウェーデンでは2018年に就学前教育のカリキュラムが改定されました。そのカリキュラムには、『就学前学校は民主主義の基盤の上に置かれるべきである』と書かれています。また、子どもたちが経済的、社会的、環境的な観点を含めた持続可能な未来のための取り組みに積極的に参加できるようにする責任があるとも書かれています。

 また、2021年には国連が定める『子どもの権利条約』がスウェーデンの法律として定められました。このことはつまり、子どもの権利と価値観というものを常に就学前学校では考慮する必要があるということを意味します。

 カリキュラムには民主的な観点に基づき、自然、人間、社会が互いにどのように影響を及ぼし合っているのかについて理解を育んでいくことが重要であると書かれていて、子どもたちは科学や自然現象について質問したり、話し合ったりするように促さなければなりません。
 自然の中で過ごすことは、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、そしてフィンランドといった北欧諸国ではとても重要な要素になっています。子ども時代を過ごすための場所として森にはポジティブで象徴的な価値というものが存在しています。このような考えは、家族と野外で共に過ごすといったことも含め、これらの国々の教育の発展に貢献して来ました。そこでは、子どもたちの両親は子どもたちに向けて、「今日どんなふうに過ごした?」「何が自然の中で起きていた?」といった質問よくしています。

3)子どもの視点と参加と影響

 それでは、ここで子どもの視点に立つということを子どもの参加と影響について取り上げてみたいと思います。
 子どもの視点とはどういうことを意味するのでしょうか? 子どものためになると思って、大人が子どものために何かをすることなのでしょうか? それだけではなくて、子どもにとって何が起こっているのか、子どもの視点に立って理解しようとすることもここには含まれます。そうした大人の視点と子どもの視点の2つの視点というものが同じ意味で重要であると私は考えています。
 大人の立場としては、子どものさまざまな表現に対してしっかり耳を傾けるということが非常に大切な要素となります。子どもはこれまでにどのよう経験をしてきたのでしょうか? 子どもたちが自らの学びに主体的に取り組み、何に興味があって、そして学びに対してどのように影響力を持てるかということが非常に大切です。

 スウェーデンの就学前学校において、この子どもの視点に立つということは、教えることや学ぶことを含む教育の重要な出発点、土台となっています。つまり、教師が教育活動を計画する時に考慮すべき問いうものは次のようなものです。

WHAT=何を取り上げるかというその内容について、または子どもたちが理解を深めるべき様々な現象についてといった内容を指します。
HOW=どのように。学びの方法やツールをどのように使うかについてです。絵を書いたり、絵を塗ったり、歌を歌ったり、または実験したりという方法が含まれます。
WHY=なぜそれを学ぶのか。なぜその内容を学ぶことが適切なのかということです。
WHO=誰のために。ということはつまり、子ども自身のこれまでの経験を考慮するということです。
WHEN=いつ。それをいつ学ぶことが適切なタイミングであるのか。
WHERE=どこで。それをどこで学ぶのが適切であるのかということです。
ある研究によれば、五感を通して自然を体験するということは、子どもが知識を深めてゆくことにつながるということが示されています。

 このように子どもの視点に立つということは、子どもたちに教師として授業を行い、教師として物事がどのように存在しているのか、そして、何が正しくて、何が間違っているのかということを子どもに教えるといった時、子どもの視点に立つということは難しいことだとわかるかと思います。

 ただし、もし教師が子どもの声に耳を傾けるなら、子どもたちは単に教師の質問に対して正しい回答を答えたり、先生の言うことが正しいのだというふうに考えたりするのではなく、自ら進んで主体的に知識を身につけていくというふうに取り組めるようになります。
 この点に関して、他のプレゼンテーションのテーマを話す前に、まず強調しておく必要があると考えています。

4)サスティナビリティと就学前学校

 サスティナビリティについて、持続可能性について考える時に考慮すべき3つの視点、3つの次元というものをここで紹介します。
 それは、社会、エコロジー、経済の観点から持続可能な世界について考慮するということであり、それを達成したいのであれば、この3つの要素をうまく組み合わせて考えなければなりません。
 持続可能な世界のための学びにおいて、エコロジーの観点を取り入れるということは、就学前学校の子どもたちが自然の関係性や自然の循環について子ども達が理解すること。また、人と自然、そして社会が互いに影響し合っているのかということについて理解するように促すということでもあります。
 社会的な観点で考えれば、就学前学校の教師は常に国連が定める子どもの権利条約の価値観や権利を反映させるべきであるということです。
 同時に経済的な観点で考えれば、一人ひとりの日常生活における個々の選択というものが持続可能なサスティナビリティのための開発にいかに貢献できるかということを子ども達自身が理解するといったことが大切です。
 それは、例えば何か新しい商品、モノを買う代わりにリサイクルをして繰り返し使うということが含まれます。

 ここでは、教師が様々な持続可能性について子どもたちと一緒に取り組むためのいろいろな指標、もしくは図について紹介していますが、経済的な観点での持続可能性という視点で見れば、リサイクルをしたりフードロスを減らしたりということが含まれます。
 
 エコロジーの観点で言えば、子どもたちが生物多様性について学ぶといったことや環境や自然のついて配慮する、気にかけるようになるといったアプローチがありますし、また同時に様々な天候において自然と関わる、それも1年を通して自然と関わるということが含まれます。
 
 社会的な観点で考えれば、野外に出ることで子どもたちはより男の子も女の子も関係なく共に遊ぶということが見られますが、それはより平等な学び、より平等な遊びにつながるという視点でもあります。また、子どもの視点に立ってそれらに取り組むということ、子どもたちが互いに協力し合うということを学ぶこと、そして様々なものに対して責任を持つということ、そして、人に意見を聞いてもらえるというようなことが社会的なサスティナビリティの観点でもあります。

 これらの3つの要素が関わり合うことで、より健康な子ども達につながるということが考えられます。
 そして、サスティナビリティを考える上では、エコロジー、自然について、環境について考えるだけではなくて、これら経済と社会を含めた3つの要素が互いに関わり合うこと、組み合わせることが非常に大切な要素です。3つの要素があわさって初めて持続可能な未来について、開発について実現できるというふうに考えています。

5)野外教育と学び

 そしてもう一つ私が大切だと思うトピックの野外教育について取り上げてみたいと思います。野外教育は体験だけではなくて、その後のふりかえりが非常に重要であるということが強調されています。ただ体験するだけでは、その日は”楽しい1日”、”楽しい時間”が過ごせるのかもしれませんが、それが知識になるとは限りません。ある研究によれば、体験をする上でも、その後のふりかえりが重要なポイントであるということが示されています。

 本、または教科書やiPad、あるいはインターネットを使った学習というものと、野外に出かけて五感を使って体験するということは、互いに関わり合っている、結びつく2つの重要なアイディア、コンセプトとなっています。そして、あなたは子どもたちと一緒に五感を使って自然を体験することができるかもしれませんが、様々な探究を深める上で、手助けを子どもたちは必要としているかもしれません。
 子どもたちが手助けを必要としているということは、例えば、子どもたちが大きな存在の一部として感じられるようなもの。背の高い木だったり、空に雲が浮かんでいたり、鳥の鳴き声が聞こえていたりといった環境に包まれるということが子どもたちが必要としている手助けかもしれません。

 それは、子どもたちが自然の一部として感じられるように、そして、子どもたち自身が私たち人間が周囲の環境に影響を及ぼしているのだということに気づけるようにするということでもあります。そうした共通の体験を元に教師と子どもたちはその後、本やインターネットを使ってさらに知識を深めてゆくことができます。
 そして、その後のふりかえりというものが非常に重要なのです。自然の中に出かけたときにはどんなことが起こっていたのでしょうか? そういった自らが体験したことについて子どもたちに話してもらうようにしましょう。みんながそれぞれ違う体験をしているので、そこには正しいといったことや間違っているといった体験はないということです。

6)自然享受権と自然体験

 ここでスウェーデンの自然享受権ということについて少し紹介したいと思います。これはスウェーデンの慣習法とされているすごくユニークなものなのですが、自然享受権というものが意味しているのは、誰でも自由にいろいろな土地に出かけ、私有地や公有地に限らず、その土地を歩いたり、自由に出入りしてもいい。または、何もその土地に影響を及ぼしたり、モノを置いて行ったりしない限り、もしくは誰かに危害を加えたり、何かを壊したりしない限り、そこに自由に出入りしてもいいといったものが自然享受権です。

 このように自然享受権があるということは、就学前学校の子どもたちにとって、学校の周囲の自然に自由に出かけられるということを意味します。
このような環境の中で子どもたちが自然と関わることによって、自然をケアすること、自然に配慮することであったりとか、ゴミを捨てない、または枝を折ったりとかをしないということもそこで学ぶことができます。それはまた同時に、子ども達自身の様々な道具や服装などについても自分で責任を持って扱うということも含まれます。自然の様々な天候ですね、悪天候や好天にかかわらず、年間を通して自然の中で過ごす方法を学びます。

7)体験学習における学びの視点

 体験学習(Experience-based learning)では抽象的な理論を形成するというプロセスと具体的な体験を互いに組み合わせるといったことを含みます。このことは、学ぶことや教えることに対する全体的、包括的なアプローチとして体験学習を取り上げているということです。ここには図のように示していますが、具体的、または抽象的な次元という一つの軸と、主体的または内省的といったふりかえりによる次元というもう一つの視点というものが含まれます。
 体験学習において、子どもたちは自分自身で考え、感じ、感情を持ち、精神的で身体的、社会的な主体として子どもたちはみなされます。子どもたち一人ひとりは様々な直接体験を通して、活動的な教師や友達と一緒に自ら主体的に学び、その中で知識やスキル、または価値観を身につけていきます。

 野外教育と体験学習といった2つのものには、数多くの共通点があることがおわかりいただけると思います。つまり、体験学習には学びのための4つのステップがあるということです。
 第1のステップでは子どもたち自身の体験というものに重点が置かれており、そこで起こる様々な出来事に対して、自分自身の感情や感覚といったものがダイレクトに開かれている、表されているということです。
 2つ目のステップでは、子どもがふりかえりをするということが含まれますが、小さい子どもであれば教師や友達と一緒にふりかえりをして、もし子どもたちが十分な年齢に達している場合は、子どもたちが一人で内省的にふりかえりをするということでもあります。
子どもたち自身が身につけたアイディアを確認し、それらを試すためには生産的な質問というものが用いられます。生産的な質問とは何だと思いますか? それは、子どもたち自身の何らかの行動や活動といったもののきっかけとなる質問と言えるでしょう。
 3つ目のステップでは、子どもたちは論理的な考えを形作る、発展させるということが含まれます。そのことはつまり、将来的に起こる問題に対してどのように応用させて取り組んでいくのかといったことでもあります。
 4つ目は、主体的な実験というものです。それは様々な状況において体験を実際に試してみる。そして、体験したことで得た新しい理解を他の状況でも使えるようにすることであります。
 体験学習では場所の選択というものが非常に重要な要素となります。場所というものは子どもたちの体験を強化するものだからです。

8)Emergent science(科学の芽ばえ)

 皆さんはEmergent scienceという言葉をについて聞いたことがあるでしょうか?

 Emergent・・つまり、出てきたばかりのという意味なんですが、このEmergent scienceという言葉はイギリスの研究者であるSiraj Blatchford が発表した理論であり、就学前学校の子どもたちに科学や自然現象を教えるということを意味しますが、それは小学校で扱うような科学の授業とは全く異なるものです。
 Emergent scienceとは小さな子どもたちが大きくなってから科学の事象を理解していくために必要な、より初歩的で、根源的、または本質的な様々な体験を子どもたちに提供するということです。

 ここでは子どもたち自身の探究を促し、そういった探究心が長期にわたって子ども達の中で持続するようにサポートするという役割があります。また、教師は子どもたちに向けて身の回りの新しい現象だとか、新しい解釈や理解について、または人為的な様々な影響について子どもたちに紹介します。
 このような初期の体験には、砂や水や空気といったさまざまな素材を使った遊びが含まれます。また、子どもたちが自らの体の仕組みや、子どもたちを取り巻く自然界と人工的な世界の両方に目を向けさせる役割も含まれます。
同じ場所に何度も続けて継続的に訪れて様々な体験をするということは、子どもたちが自然の移り変わりなどを体験するというきっかけにもなりますが、これらもEmergent scienceに含まれ る要素となります。そこで見つけた様々な素材や発見について、子どもたちがそれらの変化や移り変わりというものを観察していきます。

 これまで様々なトピックについて取り上げてきましたが、例えば持続可能性について考えるということだったり、体験学習、または野外教育、またはEmergent scienceというものでしたけれども、これら一つ一つのトピックは子どもの視点に立つという中心的なテーマに沿って全て結びつくアイディアなんですね。子どもたちが何を感じていて、何に興味があって、何を体験しているのかっていうことにしっかり耳を傾けるということは、そういった子どもの視点に立つという意味でも、様々な要素を組み合わせるという意味でも重要な要素となります。

9)スウェーデンの野外就学前学校

 先ほど、”雨でも晴れでも”という活動について紹介しましたが、ここでその取り組みについて簡単に説明したいと思います。
 スウェーデンにはおよそ200もの”雨でも晴れでも”就学前学校というものがあります。その中で子どもたちは1日の大半を屋外で過ごし、体を動かしたり、自ら体験したりするといった活動が主になります。
 ある研究によると自然の中で日常的に、継続して過ごすということは、大人になっても環境に対して意識を持ったり、自然に対する感覚を持つといったことにつながるということが示されています。
 このことは、自然の中で過ごすことで自動的に獲得されるものではなく、大人が一緒に子どもたちと体験を共有するだとか、体験を話し合う、またはふりかえることで、私たちが暮らしている自然の価値観というものを互いに共有していくということが必要になります。

 この”晴れでも雨でも”就学前学校は、第1校目が1985年に設立されて、続く2校目を1989年に私が始めました。
 1997年、スウェーデン農業大学がこういった野外に特化した就学前学校と一般的な校庭を持つ就学前学校の比較研究を取り上げました。それは、子どもの健康の度合いだとか、集中力の度合いというものを調査した研究になります。
 その研究の結果によると、野外に特化した就学前学校の子どもたちの方がより持久力があり、より健康的で、より集中力があり、そして運動能力も高いことが判明しました。

 これに続く数々の研究がこれらの結果を裏付ける形として発表されています、さらに最近の研究によると、自然の中で多くの時間を過ごすことで、子どもたちだけではなく教師のストレスホルモンが低下するということがわかりました。
 最近、こういった理論に関する本を出版したので、それが日本語に翻訳されるということを願っています。

 最後に本講演のベースとなった研究の参考文献をご紹介しておきます。

 ご清聴ありがとうございました。質問がありましたら引き続きディスカッションにつなげて行きたいと思います。ありがとうございました。

スピーカー紹介
Laila Gustavsson(ライラ・グスタブソン)さん
スウェーデンの野外での活動を主とした”晴れでも雨でも”就学前学校の2校目を1989年に設立り校長を勤めたのち、2003年からクリスチャンスタット大学の幼児教育課程の助教授をされ、現在は講師をされている。1997年にはスウェーデン農業大学のパトリック・グラン教授がLailaさんが校長をされていた”晴れでも雨でも”就学前学校(I Ur Och Skur Statarlängan)と一般的な園庭を持つ就学前学校との比較研究の対象校にもなり、スウェーデンの森のようちえんを紹介する時によく取り上げられている。
(著書)
•Gustavsson, L. & Söderberg, L. (2021) I Ur och Skur. Upplevelsebaserat lärande för en hållbar livsstil i praktiken. [Come rain or shine. Experience-based learning for a sustainable lifestyle in the future], Stockholm: Friluftsfrämjandet

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