
渡り鳥から見た生物多様性
ゲスト:牛山克巳(宮島沼水鳥・湿地センター専門員)
このアーカイブは2010年10月28日(木曜日)午後6時から午後8時の2時間、「かでる27会議室」で行った北海道環境の村エコセンスセミナー『生物多様性入門学習会』のお話しの記録です。
宮島沼水鳥湿地センターの牛山です。今日はどうぞよろしくお願いします。今日は渡り鳥から生物多様性ということでお話しさせていただきます。
今日はこのようなタイトルでお話しさせていただきますが、渡り鳥に関わり始めたのが北海道大学を卒業して東京大学の大学院で樋口先生の研究室に入ってからです。そこでフィールドとして選んだのが宮島沼でした。宮島沼はマガンという鳥がたくさん来ることで有名なんですが、このマガンの小麦食害問題ということで修士、博士課程で取り組みました。それで、研究が終わって気づいたんです。研究成果は残せたけれども、これで宮島沼とマガンの保全ができるかといったらそうではないんです。それで、僕としては現地に入って地元に根づいた活動をしたいという事でこの職についています。
そういうわけで、自然科学的な側面だけではなくて、社会科学的な側面からもアプローチをして、どうやって渡り鳥や生物多様性を保全していくかということについて、ご紹介したいと思います。
twitterに見る生物多様性
生物多様性という言葉が生まれたのは、皆さんご存じかも知れませんが比較的最近のことです。1988年にこのウィルソンという人ともう一人の生物学者が提唱した言葉です。当初は生物学的・生態学的多様性と呼んでいましたが、生物多様性という言い方になっていきました。

この本が出版されたのが1992年で、翻訳されたのが1994年頃です。僕も大学時代だったのでさっそく買ってはみたのですが、とても良い本です。とても良い本と言っても、実は結構ドロップアウトして、未だに読めていません。その後、研究をするようになって、どんどんといろんな教科書が出て来ました。そのように、いろんな教科書を通じて生物多様性についてざっと勉強してきたという感じです。ざっと勉強してはみたのですが、今、生物多様性という言葉がいろんなところで使われるようになって、それをどう説明するかと言われると、ちょっと難しいなぁと最近思うようになりました。
それで、この生物多様性という単語をtwitter上で分かりやすく説明してみようという試みがされました。twitterをご存じの方もいると思いますが、140文字でいかにズバッと生物多様性を言えるかということをみんなでやり合いました。その中で出てきたいくつかのアイデアを紹介します。

このアーバン・ヘロンさんは「生きものの賑わい」という形で表現してくれました。確かに、生きものの賑わいとはよく聞きます。僕もたまに使うのですが、優しくてとても日本的なイメージですが、生物多様性という言葉を説明するにはちょっと深みが足りないかなと思いました。もう一つは「地球の生物は一千万ピースのジグソーパズル、一人ひとり同じ形の物はなく、一つひとつ要らないものはない。」これも何だかとても素敵な感じがしますね。
異論を唱えるとすれば、要らないものはないと言っていますが、生物多様性の中でもいろんなものがあります。無駄なものがあっても良いんじゃないかなと思います。また、ジグソーパズルみたいにがっちりかみ合っているのではなく、時と共に変化していくような、そんなダイナミズムもあるかと思います。一方で、ピースというのは欠けていきます。狭いスケールで見ているとなんだか分からない。だけど、引いてみてみると一つの大きな絵が現れる、そんなことがこの言葉から見てとれるのかなと思います。もう一つは「たくさんの生きものが繋がって安定している。命が繋がって恵みをもたらしている。」ここで新しく出てきたのが繋がりということですね。多様な生き物がいる上で繋がり合っている。また、安定をもたらしたり恵みをもたらしたり、そこから何かしらの機能が出ているという言葉でした。
こうした幾つかの例ですが、生物多様性というのは本当に多様で、それが繋がっている。繋がっていることで、幾つかの機能を持っている。そういったイメージが出てくると思います。ただ一方で、生物多様性の本当のというか、一般的に言われているイメージがこれです。多様性といっても階層性があります。遺伝子レベルの多様性、種レベルの多様性、生態系レベルの多様性。この3つの多様性を合わせて生物多様性と呼んでいるわけです。

そして、twitter上でもこれを何とか分かりやすく説明できないかという動きが起こりました。そこで出てきたのが“生物多様性 鍋説”です。遺伝子を素材の「うまみ」と捉え、種を野菜やいろんな素材と捉え、全部ごっちゃにして美味しい鍋ができる。こんな例えをする方がいました。とても面白いと思います。野菜を始め、いろんな素材があります。シンプルな鍋もあれば、ちゃんこ鍋のように色んな物が入った鍋もあります。韓国鍋やヨーロッパの鍋もあるでしょうし、色んな鍋があって多様な概念があります。たくさん階層性があるということです。
同じように、“生物多様性 曲説”というのもあります。遺伝子が演奏者で、種が楽器、生態系が曲ということで、これもいろんな物があると思います。楽器というのも多様で、生物が種を分化させていくように、同じ楽器からいろんなものが生まれてきた。そんなイメージも生まれてくると思います。
ただ一方で、こうした取り組みは面白いのですが、結局生物多様性にある程度理解があった人のちょっとした言葉のゲームになりがちなんですよね。全く分からない人に、生物多様性は鍋だよと言っても、あぁそうなのかと思うだけですよね。具体的なイメージは分からないという、そんな問題が出てきたと思います。
何故かというと、生物多様性というのはある必要性から生まれてきた単語なんです。もともとは、自然と言っていたものを自然が劣化し、損失し、これはどうにかしないといけないといった時に、自然をある程度科学的に解釈しやすいように言われたものが生物多様性の概念です。なので、生物多様性を説明するとしてもその背景にあるものも知っていなければいけないのかなと思います。
一方で、生物多様性という言葉を説明しただけではやっぱり全体的なことは分からない。言葉を知っただけということになります。生物多様性というのは言葉を説明するのではなくて、感覚で、全体で感じることが何よりも大切なんだということです。僕も理屈ではなく、感覚で理解することが実は近道なんじゃないかなと思います。
生物多様性とブルース・リー
生物多様性を僕なりに説明するには一つの有名なセリフを思い出しました。燃えよドラゴンのセリフ「Don’t think. Feel.」です。「考えるな、感じろ。」という意味です。実はこれが生物多様性を理解する上で大きなキーワードになるんじゃないかと思っています。

それで、この映画をご存じない方も多いと思うんですが、映画の冒頭部分にこのセリフが出てきます。ブルース・リーが少林寺の門弟に対して手ほどきをするシーンがあります。そこで出てくるセリフなんですが、続きも素晴らしいんです。「考えるな、感じろ。それは月への道筋を指さすようなものだ。指先に意識を集中すると神々しい輝きを見失うことになる。」というセリフなんです。指先を生物多様性に置き換えるということです。生物多様性という話に惑わされない、そういうことが僕の中で感じられました。
このセリフの前が面白いんです。少年に手ほどきをするのですが、「そこで俺を蹴ってみろ」と言います。少年が蹴ると、「何だそれは。偽物か。もっと五感で感じて、もう一度蹴ってみろ。」と言います。すると少年はちょっと怒って蹴ります。するとまたブルース・リーが言います。「もっと五感で感じろ。怒りではない。もう一度蹴ってみろ。」そしてまた少年が蹴って、Don’t thinkのくだりに入っていきます。
僕はこの前半の部分はどうしてもCOP10に通じるものがあるんじゃないかと思います。何だか、見世物のためにやってるんじゃないか。もっと真の部分を捉える。社会や経済の部分だけで捉えるだけではいけない。そういった視点が生物多様性には必要だと思いました。
一方、twitter上での取り組みはもうちょっと発展します。何故あなたは生物多様性を守らなければいけないと感じますか?ということに発展します。それに対しては、結構みなさん同じような答えが返ってきていて、多くの答えがこのような答えでした。「娘やその子どもとかその仲間に、今以上にワンダーな地球を見せてあげたい。」「自分を育ててくれた豊かな景観や生物を将来の世代に残したいから。」といった感じです。つまり、こうした人たちは五感で生物多様性を感じているわけです。その五感で感じたものを、未来に残したいと考えています。問題になってくるのは、こうして五感で感じている人たちが結構少なくなってきているということです。

そこで、「何故人を殺してはいけないのですか?」という質問を思い出しました。生きものを守りたいということと、人を殺してはいけないということ。やはり、日頃から感覚で恩恵を受けているというような感覚を持っていないと、そういった感覚になれないのだと思います。やっぱり一番大事なのは五感、感覚でとらえることと、感覚で感じることができる人を増やしていくことかなと僕なりに感じています。
今見ると少し照れくさいんですけど、「生物多様性のような美しさ、ウキウキ感、心の中の田園風景、自然の中で遊んだ感覚、こうしたものを子どもたちに伝えていきたいから。」という答えを出しました。今回の一連の会議の大きな議題ですけれども、どうやってそれを人に伝えるか、何故守りたいかとなると、結構難しい課題だと思います。皆さんも是非この機会に考えていただればと思います。

鳥について考えよう
次に鳥の話に移ります。鳥は脊椎動物の中でもいろんな場所に進出した非常に多様性の高いグループです。もちろん、大空も飛びますが、水中を飛ぶものもいます。南極にいるものもいれば、砂漠にいるものもいます。そうした、いろんな鳥が生まれた背景には、一つの祖先に辿りつく訳です。
鳥の祖先が生まれたのはジュラ紀の後半だと言われています。そこからいろんな鳥に分かれていって、その多くは白亜紀の後半に絶滅したと言われています。そして、現在の鳥のようなグループ、ダチョウのような鳥をはじめ、シギ・チドリの仲間、ガンやカモの仲間、そして猛禽類です。一番新しくは、スズメ目などの小さな鳥で、そうしたいろんな鳥が爆発的に数を増やしていきました。現在、見られる鳥の種はだいたい1万種ぐらいだろうと言われています。

生物の分布を見るのにこうした世界の分け方があるのですが、区分別にデータを得られなかったので、大陸別にちょっと見てみます。このような種数の分布になります。やはり、一番多いのが熱帯雨林のある南アメリカですね。アジアでは東南アジアに熱帯雨林があるので、それに次いで数が多いです。そして、アフリカです。ヨーロッパやアメリカは1000種から2000種になります。そして、南極ではペンギンぐらいしかイメージされないかもしれませんが、いくつか海鳥がいて、65種類いるということになります。バードウォッチングが文化として非常に根づいているヨーロッパが以外と少ないというのも面白いですね。

この1万種の中で実に12.5%が何らかの絶滅の危機に瀕しているということで、レッドリストに載っています。そして、絶滅に近いというものも入れると20%になります。約5分の1の種が何らかの危機的な状態にあるということが分かってきました。

鳥はもちろん種類も多様なんですけども、その形態や行動も多種多様です。鳥を特徴づけるのは羽根です。羽根を集めているだけで、本当にいろんな世界が見えてきます。同じ鳥の羽根でも、飛ぶための羽根もあれば、覆うための羽根もあります。羽根も色んな変化を遂げていて、たとえば水鳥では浮くために水をはじく必要があります。そのために、皮脂腺(ヒシセン)というところから油を出して、羽根につけて撥水性を保つんですけれども、サギ類の仲間では触るとボロボロっとなるような羽根を持っています。それを油の代わりに体につけて撥水性を保つという自分の体のメンテナンスのための羽根もあります。もちろん、セクシャルアピールのための羽根もあります。翼の形態も鳥の種類によっていろいろあります。

こうして並べてみてみると、いろいろな翼がありますが、だいたい4つのタイプに分けることができます。一つはこのように細長くピンとした羽根です。アマツバメという鳥は山の上の方に行くと、すごいスピードで飛び回っていますが、浜辺にいる長距離を移動するシギやチドリもこうした羽根を持っています。少ないエネルギーで早く飛んだり長距離を飛んだりするのに適した形をしています。
一方、ちょっとずんぐりした形のこの羽根はムクドリのものなんですけれども、いわゆる街中で見るような鳥はこうした形をしているものが多いですね。飛ぶのも得意なんですが、ちょっとした茂みに入ったりするのにも適しています。
猛禽類の中でもオオタカなどは林の中を飛び回って、獲物を捕まえるのでこういった羽根をしています。もう少し大型になると、これはアホウドリのものですが、細長い形をしていて、海面すれすれを殆ど羽ばたかずに滑空するような翼の形をしています。これはワシの仲間ですが、畳みたいな羽根ですね。上昇気流を受けて、ゆっくりと滑空するような翼です。このように羽根の系統も形もいろいろあるのですが、それぞれの鳥の暮らしに適した形や構造をしているということが分かります。
そうした鳥の生活を反映しているのは羽根だけでなく、嘴もそうです。鳥のくちばしというのは人間の道具に例えられたりするんですけども、色んな形があって、それぞれがその鳥の生き様を反映しています。それで、よく引き合いに出されるのがシギ・チドリの仲間です。干潟という環境の中でいろんな種類のシギやチドリの仲間がいます。そして、それぞれの嘴にあった餌物を採取しています。なので、同じような環境にいろんな種類の鳥が生息することができます。

僕はガンの仲間が専門なんですけれども、全く同じような種類です。種類は同じようなんですけれど、亜種レベルでこの2種は違います。こっちは亜種オオヒシクイといって、こちらは亜種ヒシクイといいます。何が違うかというと、嘴が違うんです。オオヒシクイのほうは頭から嘴にかけてスラっとしています。ヒシクイのほうはがっちりしています。でも、嘴を見てこの鳥は見分けるんです。やっぱり、この嘴の違いは鳥の生活を反映していて、同じ種類なんですけれども昔の人はよく見ていて、別々の名前を付けました。

オオヒシクイのほうをヌマヒシクイといい、ヒシクイのほうをオカヒシクイと呼びました。何故かというと、オオヒシクイの方はずっと沼にいるんです。沼にいて、長い首を水中に突っ込んでマコモやヒシを食べています。一方、ヒシクイはずっと沼にいません。周辺の草地や農耕地に出て餌をとります。繁殖地でも同じような行動をしています。ずっと水辺にいるタイプと、開けた場所に行くタイプがいます。なので、ヒシクイは開けた場所で草をとったりするので、がっしりした首をしています。越冬地である日本でも、このような呼び方をされていますが、最近になって繁殖地が明確に違っているということが分かりました。
亜種オオヒシクイのほうはタイガという極地でも森林がある場所で繁殖します。それで、川などで過ごします。亜種ヒシクイはツンドラといって開けた場所で植物の根などを食べています。こうしてみると、同じ種だったのが違う環境に分かれて、だんだんと形態が変わっていって、このように種が分かれてくるというイメージを持ってもらえると思います。亜種にも様々なんです。
こちらは泥の上とかを歩くサギの仲間ですが、足に小さな水かきがあって沈まないようになっています。こちらは獲物をつかむ猛禽類です。面白いのはキツツキの仲間ですね。普通は3本前に乗せて1本後ろに向いているんですけど、キツツキの場合は前え後ろ2本ずつになっていて、木にしがみつきやすいようになっています。

このように、鳥の種類も多ければ、その暮らしも様々で、本当によくできた体の構造をしていて、驚異の多様性だと思います。実は僕はあまりこういった目で鳥を見ていなくて、今日のためにまとめて来たんですけれども、こうしてみると子どもたちにこうした話をしてみるのも結構面白いのかなと、今後いろいろ取り組んでみようと思います。鳥というのは環境教育の素材として使うには、見にくいというか、手にとって見れないといったような難点がありますが、なかなかその暮らしを覗いてみると面白いかと思います。
渡り鳥から見た生物多様性

次に、メインの渡り鳥から生物多様性ということでお話ししたいと思います。これは宮島沼で、マガンが飛んでいる姿を画家の貝原さんという方に書いていただいたものです。僕が知っている限りでは、渡り鳥目線で我々の生活を描いている初めての人だと思います。たまたま機会があってこの絵を描いてもらいまして、そのあとすぐに亡くなってしまわれましたが、僕のとても好きな絵です。それで、これから渡り鳥から生物多様性ということでお話ししますが、後でこの絵を見ていただいた時に少し視点が変わっていると嬉しいと思います。
渡り鳥目線で生物多様性を見るということで、ちょっと鳥の目について簡単にご紹介しておきます。

このようになっています。基本的な構造は私たちの目と一緒です。網膜には管状細胞と水晶細胞というのがあります。管状細胞は白黒を感知して、物事のコントラストを見るような細胞です。人間は1平方ミリに10万個ぐらいこの細胞があります。鳥の中でもあまり目が良くないスズメでも40万個あると言われていて、我々の4倍ぐらいの解像度を持っています。この管状細胞は白黒の像を結ぶので、どちらかというと暗い所で白黒の像を結ぶので、必ずしも鳥はみんな鳥目ではないんじゃないかと思います。また、水晶細胞はカラーの像を結びます。この水晶細胞も我々とは少し違った構造をしていて、本当に微妙な色の違いも見分けることができます。特に、昼に行動するような鳥はそうした目をもっています。中には、紫外線が見えるような鳥もいます。ハチドリとかがそうなんですが、花の中に紫外線を発している場所があります。その場所を見つけて効率的に密を集めています。
このように、鳥の目は細胞レベルでも違っていて、我々とは違う世界を見ているわけですが、一方では角膜の構造も違っています。人間の場合は平べったくて、ここで像が結ばれるのですが、平べったいのでより広範囲のものにピントを合わせることができます。でも、鳥の場合はもっと広いものを見ることができます。また、遠くのものも近くのものも同時にピントを合わせることができるんです。
そういうわけで、鳥の目は我々の目とは全然違っていて、我々とは違った世界を見ているということで、渡り鳥の視点ということを少し考えていただければと思います。何故かというと、例えば渡り鳥が飛んでいて、都市の明かりやカメラのフラッシュなどは我々が見えるのとまったく違った見え方をしてます。なので、鳥の保全を考える時に、こうしたことにも目を向けなければいけないかなと思います。
次は、鳥類全般の話から渡り鳥の話になりますが、何故一部の鳥は渡るのかということですね。今、宮島沼はマガンの最盛期は過ぎました。それで、宮島沼に来た人たちは「あぁ、もういないんだ。どこにいったの?北のロシアの方に行ったんでしょう?」という人が結構多いです。これは逆なんです。どういうわけか、渡り鳥は北を目指すというイメージが強いのでしょう。ですが、マガンは宮島沼から秋田や岩手の方に向かっています。そして、冬を本州北部で過ごして、春になるとまた宮島沼に戻ってきて、夏を極東ロシアで過ごします。

何故、こんな渡りをするのでしょうか。片道4000キロの過酷な旅です。何故、いろんなリスクを冒して渡りをするのかというと、単純に考えて南下する理由は分かりますね。ずっとロシアにいたら、湖も凍って食べ物も無くなってしまうので南を目指します。なら、ずっと南にいればいいのではないかと思うんですが、夏にマガンは繁殖するのですが、それにあまり適した場所ではないんです。夏に植生が繁茂してしまい、マガンは植物食で、あまり硬くなった植物とかは食べたくないんですね。しかも、本州とかではキツネなどの捕食者もいて、そういった場所ではできるだけ繁殖したくないのでロシアを目指します。
ロシアの夏は北海道よりも短い夏なので、一気に植物が出ます。とても栄養価にあふれています。その植物を孵化したての幼鳥が食べるのですが、同時に蚊が大量に発生します。幼鳥は7月過ぎぐらいに生まれます。9月には宮島沼に渡ってこなければいけないので、短い間でこれだけの距離を飛べる体力をつけなければいけません。基本的には植物食ですが、大発生する蚊や昆虫を食べてたんぱく質を取ります。こうしたことから、極地の自然はマガンの繁殖に最適なんです。そうした資源の分布、あるいは捕食者の状況に対して最適な場所に移動していることが分かります。
一方渡り鳥は世界をまたにかけて移動する鳥です。各地で色んな環境問題に直面します。極地というと、人里からも離れているし、特に環境問題はないだろうと思うかもしれませんが、一番大きいのが地球温暖化の問題です。
このデータは賛否両論あるんですが、やはり極地で一番温暖化が進んでいます。急速に温度が上がっていますが、今のところはマガンにとっては良い効果なんです。早めに繁殖に取り掛かれるようになっているし、気温も高くなっているので植物がたくさん繁茂するようになっています。それで、幼鳥の死亡率も下がっています。でも、このまま気温が上がっていけば、マガンの繁殖する開けたツンドラはどんどんタイガに包まれていってしまうのではないかと言われています。マガンにとってはこうした影響が出ていますが、他の鳥にとっては深刻な場合もあります。

一方、温帯・熱帯や人里近くでも人為的な環境の変化が起こっています。これは丁度、宮島沼周辺の環境です。100年前はこんな感じでした。いろんなところにパッチ状の原野があり、一つの石狩湿原という大きな湿原を作っていました。これが、たった50、60年の間に湿原がなくなって、水田や畑に変わっていきました。マガンにとっては、開けた湿原環境というのが開けた水田環境に変わったということで、上手く適応できたのだと思います。

ラムサール条約と渡り鳥
ただ、他の多くの鳥類にとっては、こうした大きな環境の変化にはとても対応できなかったのではないかと思います。
このように、渡り鳥というのはその生活サイクルの中で広域的に移動して様々な場所でいろんな環境に対応します。特に、問題とされたのが水鳥でした。つまり、湿地がここ100年ぐらいですごい勢いで変化していきました。広域的に活動する水鳥にとっては、ある国の湿地の変化が鳥たちの生活を崩すようなことにつながります。そういったことを受けて、1970年代にラムサール条約といって、世界で初めて特定の生態系に着目した条約ができました。

そういった背景でできたので、ラムサール条約の正式名称は「特に、水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」といい、イランのラムサールで出来たのでこの名前で呼ばれています。
水鳥に重要な湿地環境を国際的に守っていこうということでラムサール条約は始まりました。最初18カ国ぐらいだった条約国も、今は160カ国になっています。ラムサール条約の締約国になるには、自国の一つの湿地をラムサール条約の登録簿に載せないといけないんです。それがいわゆるラムサール湿地というものですが、日本は1980年に釧路湿原を登録湿地にして締約国になりました。
このように、水鳥でスタートしたラムサール条約だったんですけども、実は設立当初からそうだったと思うんですが、水鳥というのは入り口で、それ以上のラムサール条約で保全していこうと思っていたはずです。湿地の価値というのは水鳥の生息地としてだけではなくて、いろんな生き物のためでもあるし、湿地があることで地球温暖化などの気候変動にもうまく対応できるといった、そういうポテンシャルを持っています。一方で、湿地というのはとても深く人間生活と結びついています。農林水産業は湿地なしではできませんし、健康や文化など、いろんなものが湿地由来で出来ています。そして、治水、利水、観光、レクレーションなど、いろんな価値が湿地にあります。湿地を守ることでこうしたいろんなことも次世代に引き継いでいけるということで、最近はラムサール条約では水鳥のためというか、湿地のいろんな価値に言及していて、ラムサール条約というよりも湿地条約という呼び方をしています。
もう少しラムサール条約の紹介をしますと、ラムサール条約の目的はこういういろんな湿地の価値を含めて持続可能な開発、つまり人間のための湿地の利用も考えて、地域や国レベルでの活動や国際協力を得て湿地の保全と賢明な利用を進めていきましょうということになっています。これが湿地の生物多様性をどう守っていくかということに非常に深くつながっているわけです。
それで、湿地の賢明な利用というのがラムサール条約の大きな一つのポイントになります。生物ためだけでなく、人間のためにも湿地を利用していこうという考えです。定義は難しいのですが、つまりは多様な生き物を支える湿地、そこから我々人間も恩恵を受けているということです。そしてこの湿地から恩恵を受け続けれるように湿地の多様性を損なうことなく使っていきましょうというのが湿地の賢明な利用のアイデアです。

もちろん湿地には色んな人が関わっています。漁業者や農業者だけでなく、湿地管理者や河川管理者、また下水浄水など我々の生活にもかかわってきます。湿地の賢明な利用をするためには多くの人たちの参加が必要なんです。その人々の参加を進めるための手段としてラムサール条約が非常に重要視しているのがこの『対話』『教育』『啓発』ということです。英語にすると “Communication” “Education” “Public Awareness”で、その頭文字をとってCEPAといいます。ここからもわかるように、湿地の生物多様性を守っていくには我々が生態系サービス、恩恵を受け続ける仕組みを考えるには非常に多くの自然科学的なアプローチが必要ですが、実際はこのような社会科学的なアプローチも必要だということです。それをどのように守っていくのかということで、僕のいる宮島沼での例をご紹介したいと思います。
宮島沼とマガン
宮島沼は美唄市の西の端にあります。ここを流れているのが石狩川です。ここに道道があって、月形に向かう橋があって、こっちに275号線が走っています。この道路を挟んで向こう側が岩見沢市になります。道内のラムサール湿地というと、大湿原で自然豊かな場所を思い浮かべるかもしれませんが、宮島沼は農地に囲まれた小さな沼です。ここに、僕がいる宮島沼水鳥湿地センターがあります。

小さな沼ですが、先ほど紹介したマガンという鳥がたくさん来ます。今年の春は、一番多い時で7万羽を超えるマガンが集まりました。秋も、短い期間でしたが5万5千羽が来ました。中には、シジュウカラガンとかヒシクイ、ハクガンなどの珍しいガンもいますが、ガンの仲間だけでなくハクチョウ、コハクチョウなども来ます。コハクチョウは、多い時では5000羽ぐらい来ます。カモの仲間もいろんな仲間が来ます。こうした水鳥のための重要性が評価され、宮島沼はラムサール湿地の一つに登録されました。宮島沼はラムサール湿地にも登録されたわけですが、マガンは宮島沼だけで過ごしているわけではありません。マガンが必要とする環境っていうのは、実は2つあります。それが、マガンが生活している一日の様子を見ているとよくわかります。
マガンは、朝一番、日の出ちょっと前に一斉に飛び立ちます。沼を埋め尽くしていたマガンが今度は空を埋め尽くすような壮大な光景が毎日繰り返されています。どこに行くかというと、周辺の田んぼです。そして、田んぼで落籾(おちもみ)を食べます。日中、天気が良ければ9時か10時ぐらいに沼に戻ってきて休息をして、また田んぼに戻って餌をとって、夕方になると一斉に帰ってきます。そんな生活サイクルを送っています。こうしたことから、マガンは休むための沼、それから餌をとるための農地、この2つが必要なことがお分かりいただけると思います。

この2つの環境、水辺と田んぼですが、やはりどちらも生物多様性に富んでいます。特に、後者はそうですね。田んぼも、最近では里山の多様性なんかもいわれますけど、いろんな環境要素が加わって適切な管理をすれば非常に生物が豊かな場所になります。現状では、それぞれの環境は少しずつ劣化したり、田んぼでは色んな管理方法が変わってきて、生物が単純化されているということがあります。環境が質的に劣化するだけならまだしも、人為的な改変が起こりやすい、非常に不安定なんです。湖沼にしても、石狩川流域にたくさんあったのですが、どんどん埋め立てられたり、護岸が整備されたり、橋がかかったりしました。水環境も、水路が掘られたり、周囲からいろんなものが入って来たりとすごく変化を受けやすい環境です。田んぼもそうですね。農業政策一つで増えたり減ったりしますし、稲の育て方や今流行りのお米や圃場整備などによって変わってきます。このように、非常に影響を受けやすい環境であります。

マガンもそうした影響を受けています。まず、採食環境、田んぼについて一つの例をご紹介します。
マガンは田んぼに落ちた落籾を食べますが、非常に栄養価が高い植物です。マガンは、春になるとカムチャッカ半島まで一気に飛んでいきます。だいたい1000kmぐらいですね。それを一気に飛ぶためのエネルギーを宮島沼で蓄えるわけです。つまり、宮島沼はマガンの生活にとって非常に重要な場所であるといえます。そういう重要性に加えて、宮島沼はラムサール条約に登録されましたが、その理由の一つは地域の農業が担っているという言い方ができると思います。
一方で、いろんな問題があります。一つは、最近では田んぼの稲わらを集めるようになりました。かつては田んぼで焼いていましたが、すごく煙が出るので、僕が学生の頃は結構まだ焼いていて、煙のせいで高速が止まるということがしょっちゅうありました。ですが、時代の流れで稲わらを燃やすのは止めようということになって、今は稲わらを集めたり、秋のうちにすき込んでしまうのがよくやられています。そもそも、何でこんなことをするかというと、稲わらを置いておくと、冬を越して次の年に水を張って、夏ぐらいになってようやくそれが分解され始めます。北海道は寒いので、翌年の夏ぐらいから分解が始まって、それが嫌気的になるのでガスを出します。そのガスが根を傷めて、良いお米ができなくなるということで、稲わらを手っ取り早く搬出したり、すき込んだりするわけです。こうすることによって、田んぼに落籾がなくなってしまいます。だいたい80~90%の落籾がなくなってしまいます。秋のうちに稲わらがなくなってしまうと、春になったらマガンの食物がなくなってしまいます。それでどこに行くかというと、小麦畑に入っていきます。そして、小麦食害問題というのが地域で大きな問題になっているということです。

本当は、地域の農業が国際的に誇るべき宮島沼を支えているのですが、ちょっとした農業の違いで地域農業と宮島沼が対立するようになりました。こういった食害問題のために、農家の方々は非常に努力をされています。
例えば、こういったポールを立てて、この先にヒラヒラのテープをつけます。でも、考えてみればマガンは田んぼにお米がないから麦畑に行きます。田んぼに餌があればいいのですが、多少ポールが立っていても入って行きます。そして、このポールの効果が薄れてきたので、今度はいろんなものを試してみます。これは爆音器です。ドーンと大きな音が鳴ります。メーカーさんも色々考えていて、昔は定期的に鳴るものが主流になっていたのですが、それだと鳥が慣れるだろうということで、ランダムに鳴ったりして、最近はそれでも駄目だから電子爆音器といって、ピーというちょっと鳥の耳には嫌な音が出るものが開発されています。これは、鯉のぼり防止といいまして、食害の起きるのは鯉のぼりを立てる少し前なのでこれを立てています。さすがに、こんな大きなものが泳いでいるところにはマガンはほとんど来ません。これは一件だけですが、忠犬防除と言って、老犬で暑い日が続いてちょっと病んでしまったんですが、この犬も畑を掘り返したり、マガンがちょっと離れたところにいるのに寝てたりとか、いまいち効果はありませんでした。あとは、農家さんがマガンが畑にいるところを見つけたら、子どもたちが軽トラの後ろに乗って鍋を叩いて追い払おうとしていたんですけど、軽トラが過ぎ去るとすぐ戻ってきてしまいました。

つまりは、田んぼに餌がない状況で小麦畑に行っているので、小麦畑でいろいろやってもその効果が限定されてきているということなんです。それで始めたのが、代替採食地というものです。小麦畑では防除はするけれども、マガンが他に行ける場所を作る、代替採食地を作ろうというアイデアです。これも、蒔き方をなるべく薄くして、小麦畑とだいたい同じぐらいのエネルギー量をマガンが取れるようにして過度の給仕にならないように、またコストの対策もしました。いろいろと考えてはいるんですが、やっぱり忙しい時期に余計な事をしなくちゃいけない。また、籾を蒔くにしても、その保管とか屑籾も蒔いたりなどお金の問題もあります。それで、対症療法的な対策と書いてありますが、食害が起こるようになってから行う対策なんです。コストの面を考えても、一番いいやり方をしても食害を20%ぐらいしか減らせないという状況になっていることが分かりました。

最終的には、こうしたことも必要なんですが、できれば食害が起こらないような状況を作りたいということで、次に考えたのが予防的な防除方法です。このように田んぼのわらが集められたり、すき込みがされたりすると秋にマガンが食べるものがなくなってしまいます。最終的に、マガンは奥の小麦畑に行くわけですけれども、その前に一回畦草を食べるんです。畦も、適度に管理していれば小麦畑に行く前の良いバッファーになるわけです。今の畔の状況をみるとこんな感じですね。除草剤を撒いて草がほとんど生えていない畦道がほとんどです。予防的な防除法としては、田んぼの落籾をできるだけ減らす農業を考える、或いは畦道に除草剤を撒かず雑草が生えるようにする。そうすることで、食害というのはかなり防げるということが一つ提言として出せました。
だけど一方で、先ほども紹介しましたが、農家さんとしては意味があってこういうことをしています。わらをすき込んだりすることで、良い品質米を作ろうとしています。除草剤を撒くのも、雑草を刈るのは大変だから手っ取り早く除草剤を撒いて生産性を上げようとしているわけです。そういった感じで今の農業というのは成り立っているわけです。提言としてはこういったことを言えたんですが、提言をしたところで農家さんとしては実施できないし、農業や食という価値観自体を変えていかなければならないのかなと感じました。

農業と生物多様性
話が少し外れますが、今の農村の現状について少しお話しますと、かつての農薬とは大分違うようになっていますが、それでも日本という国は非常にたくさんの農薬を単位面積当たり使っている国です。自然への影響、健康被害うんぬんよりも前に、多くのCO2を使って化学肥料や農薬を散布する農業は決して持続的ではないのではないかと思います。
一方では、農薬の撒き方も最近変わってきました。小さなヘリコプターを使って撒くようになってきました。これの問題は非常に高密度の農薬を使うことです。普通なら100倍や1000倍に薄めて使うところを数倍単位で撒くようなことをしています。農薬もニコチノイドというものを使うようになっていますが、人体にも影響がある危険性もあります。それよりも大きな問題としては、本来畦道に住んでいた鳥や昆虫がいなくなってしまうことです。或いは水路の形態がコンクリート張りの水路になってしまったり、そうすることで田んぼや湖沼を行き来していた生き物たちの往来が途絶えてしまいます。そして、生き物の生息場所がなくなることで、農村の自然というのが著しく単純化してしまったということで、今「第二の沈黙の春」というのが起こっているのかもしれません。

こうした農村なんですが、徐々に環境を保全するような方向には向いてきていると思います。例えば、そこに一番早く取り組み始めたのがイギリスなんです。イギリスも農地が変わっていって鳥が激減しました。それで、どうにかしなければいけないということで、環境保全型の農業を国として支援するようになりました。
いろんなものがあって、例えば水路の片側の草を刈らない。これに対して幾らか与えましょう。あるいは、ヒバリの巣があったらその周りを少し残してあげる。これに対して、幾らか払いましょうということをやっています。日本もそのような方向に向かうのかなと思うのですが、実際に農林水産省の方にも環境を意識した農業に向かっていきたいという言葉はもらっています。ただ、そうした農地の生物多様性を育てるとは言っていないので、そこはやはり独自の方法が必要になってくるのだと思います。そして、宮島沼の課題、先ほどは採食地についての課題がありましたが、宮島沼自体も今深刻な状態になっていて、それを周辺の農地とうまくやっていけるんだということをご紹介したいと思います。
これが、1970年代の宮島沼です。湖底が見えていて、結構昔は水がきれいな状態でした。これが、2000年に入ると状況が一変します。湖底もあまり見えなくなって、アオコが浮いて富栄養化がすごく進んでいます。それで、ここら辺の水際を見ていただくと分かると思うのですが、水面がすごい勢いで縮小しています。富栄養化と周辺の環境の乾燥化によって全体的に浅くなってきている、そういうことが宮島沼で起こっています。

最近の研究によると、50年後には宮島沼は完全に陸地化してしまうということが分かってきました。宮島沼はマガンの重要な休息地で、これをどうにかしないといけないということで宮島沼水鳥湿地センターとしても取り組んでいます。
そのためにまず、富栄養化や乾燥化が起こる原因ですけれども、水鳥がたくさんいる時に出すものは出すので、そうしたものが影響を出しているんじゃないかと思われます。どんどん水面が埋まってくるにしても、周りにヨシが生えていますので、それがどんどん倒れてどんどん埋まってきます。そうした、自然のプロセスっていうのも、宮島沼の水環境を悪くしている原因です。
ただ一方で、周辺の土地利用に関することも同じぐらいか、それ以上にあるんです。富栄養化に関して言うと、宮島沼は河川とつながっていません。周辺の農業の用排水が入ってくるという水環境にあります。周辺の農地から出る養分が入って来て、富栄養化に貢献している。或いは、代掻きです。代掻きっていうのは、田んぼで土を細かくして水をたまるようにする作業なんですが、土を細かくするので浮遊したシルト的なものが水に流れてどんどん入って来てしまいます。そういった問題があります。
なので、宮島沼の課題に取り組む時に、周辺の土地利用を何とか利用することで宮島沼の水環境を悪くするのを食い止める、或いは良くすることができるのではないかと考えました。そこで始まったのが、ふゆみずたんぼです。今は、いろんなところで聞かれることと思いますが、普通は乾燥させる冬の田んぼに水を張ります。それだけじゃなくて、二回代掻きや、普通は小さな苗を植えますが、ある程度育った苗を植えるとか、そういったいろんな技術を生かした農薬になるべく頼らない、化学肥料に頼らない、そんな有機栽培法です。

何故、これが全国的に、あるいは世界各地で取り組まれるようになったのかというと、いろんなメリットがあるからです。例えば、消費者にとってみれば安心安全のおいしいお米が食べられます。普通の慣行栽培で作るようなお米も安心安全ですが、化学肥料過敏症の方でも食べられるおいしいお米を作れます。おいしいお米と言いましたが、なかなか今の食品検査では出てこないのですが、うちのお米を買ってくれた人たちは昔のお米の味がすると言います。やはり、肥料も有機質のものを使うと、おコメの味も数値に表れないような部分も出てくるのかなと思います。
一方で、こうした有機栽培を目指している農家さんにとっては、効果的に土づくりができたり、病害虫防除や抑草ができたり、昔はこういったことにお金をつぎ込んでいたけれど、そういうことをしなくても良くなってくるのでコストも楽になります。例えば、抑草に関して言えば、二回代掻きというのが大きな意味を持っていて、一回目の代掻きでは土を細かくして水をたまりやすくします。田植え一ヵ月前ぐらいにもう一度代掻きを行って水を貯めるのですが、田植え前になるべく水温を上げて水田の雑草を餓死させます。そして、田植え直前にその水田雑草を埋め込んだり流したりして田植えをします。言ってみれば、一度雑草が出て行ったあとに田植えをするので、除草をする手間が省けて除草剤も撒かなくて済みます。何よりも、生物多様性の向上に役立ちます。有機質の肥料は、いろんな生き物の栄養になります。そして、いろんな生き物を介して土になります。また、水を張ることでいろんな生き物の生息環境にもなります。そこで、いろんな微生物が増えて、その高次捕食者も増えて、生き物の賑わいが全く違うんです。そういった意味でも、コウノトリやトキなんかでもふゆみずたんぼというものが注目されているんです。
ふゆみずたんぼin宮島沼
そこで、宮島沼で何をしたかというと、富栄養化と乾燥化対策としてふゆみずたんぼをしました。このような視点でやっているところはあまり聞いたことがないですね。乾燥化対策という意味では何となくわかっていただけるのではないかと思いますが、普段は地下水位を下げている田んぼに冬の間も水を張ることで沼の水位も上がって乾燥化が防げるのではないかということです。これがどうして富栄養化対策になるかというと、この写真はうちのふゆみずたんぼです。隣に写っているのが沼です。ここら辺に、用水水車が立っています。風が吹くと風車が回って、ポンプが作動して沼から水が汲み上げられます。そして、富栄養化した水が田んぼを通って窒素やリンなどの栄養が稲やいろんな生き物に使われて、綺麗になって沼に戻っていくということになります。こうした試みを今やっています。

それで、この過程でいろんな生き物が増えて来ました。土壌の生物でいうと、イトミミズやユスリカの幼虫、ミジンコの類がぐっと増えます。もちろん、いろんな昆虫やカエル、ヤゴなんかも明らかに多いんですけれども、そういったものを食べる水鳥もやって来ます。これはコチドリという鳥なんですが、普段は河原とかで繁殖する鳥なんです。春先に一枚だけふゆみずたんぼに水が張ってあって、隣に砂利の駐車場があります。それを河原の環境と勘違いしたのか、駐車場で営巣するようになりました。

このように、鳥の相っていうのも少し変わってきました。こういった鳥は、ほとんど宮島沼では見られないんです。こうした田んぼですが、いきなり農家さんにやってくれというのは無理なので、市民オーナーを募って、あらかじめ収入が見込める形にして「ふゆみずたんぼオーナー」っていうのですが、表札を作ってここをマイ田んぼという形にしています。そして、みんなで協力して今年は種まきからやったのですが、田んぼの準備から田植え、夏場のいろんな調査、最後は一部の方だけにしてやっています。もちろん、農業というものも理解してほしいので、慣行田んぼの作り方も見せたり、コンバインでやる作業との違いも見てもらったりして農村の現状についてなるべく体験を通じて理解していただけるようなことをしてます。農家さんとしては、こういったことを通じてある程度収入ができるような、また、今までお米を作るだけで食べる人の顔が分からなかったんですが、それが密な交流を深めることになって非常に良い体験になってきます。市民の方は体験ができて、最終的に今年は40数kgのお米が手に入るということをやっています。
一方、学校教育の場としてもここは活用しています。最初70、80人くらいいて、どうやって田んぼに収容しようかと思いましたが、結構田んぼにいると少ないように見えます。よく、小学生でこれくらいのスペースを残しておけば大丈夫かなと思っていたら、あっという間に田植えが終了していました。最初は宮島沼の保全のためにはじめたふゆみずたんぼだったのですが、いろいろな市民との活動を通じて田んぼの価値というのが参加者の中で変わってきたのではないかと思います。

つまり、田んぼというのはお米を作るだけの場所ではなくて、宮島沼の環境を保全する場所でもあります。色んな生き物がいて、美しい景観を作って、そして人々の交流を生む場所であるということが参加者の中で出てきた感想です。そうした意識が広がってくれば、ふゆみずたんぼや生物多様性保全、或いはラムサール湿地保全のためにやっている農業を支援してくれる輪がどんどん広がってくるのかなと思います。
実は、こうした新しい田んぼの価値というのは別の次元でも始まっています。ラムサール条約の締約国会議が昨年韓国で行われましたが、そこで水田決議というものが採択されました。やはり、水田というのはお米を育てるだけでなく、いろんな文化を育むし、いろんな生き物を育む場所でもある。そういったことを、締約国が確認したということになります。もちろん、今のCOP10でも同様の決議が出されて、29日に採択される予定です。

こうした流れを受けて、最近は農林水産省でも「生き物マーク」と言って、いろんな生き物のためにお米を作ってますよというブランドがありますが、それを後押ししてくれるようなことも始まっています。それを受けてというわけではないですが、宮島沼もアサヒビールの支援を受けてこうしたブランドの袋を作りました。これを売ることでふゆみずたんぼを維持していこうということなんですが、ふゆみずたんぼを作って湿地を守ろうとしているのは宮島沼だけではありません。鴨池(かもいけ)や蕪栗沼(かぶくりぬま)とか、こういった場所でもふゆみずたんぼを作っています。それで、少しずつ理由が違います。鴨池ではカモの餌場を作るためにふゆみずたんぼをやっています。蕪栗沼では、ガンがそこの沼に集中してしまったので別の水辺を作ってガンを分散化させようということでやっています。いずれにせよ、ラムサール湿地保全のためにやっているので、それとセットで販売しようという試みを今年から始めました。

こうした感じで、宮島沼の水環境が悪くなってきたのは周辺の土地利用ということが大きくあったのですが、その土地利用を利用することによって多くの市民の支援を受けて両立していくような、或いは宮島沼のためにも地域農業のためにもなる、そんなやり方ができるということが分かってきました。一番最初の小麦食害問題も同じような感じで進めることができるのではないかと思います。
今の構図は、こうなっています。農家さんにとってみれば、マガンが食害を起こすのは困ったもんだ。でも、マガンにとってみれば田んぼに食べ物がなければ小麦を食べてしまうということです。かつては、そうした鳥の被害について、国レベルでは対策ができないような状況がありました。これが、少しずつ変わってきました。豊かな農業をできるだけ守っていきましょうという方向に変わってきました。

宮島沼には昔からいろんな方が来てくださっていましたが、多くの方は宮島沼で鳥を見て帰るという方々でした。ただ、ふゆみずたんぼのオーナー制度を通じて、或いは環境教育活動を通じて、宮島沼と周辺の農家のつながりが見えて、宮島沼を守って繋げるような農業を支援しようという意識が広まってくれるとこの構図が変わってきます。農家さんとしては、こうした支援を得られるようになれば、あぜ道や落籾が落ちるような田んぼもできるだけ作っていこうと。それに対してマガンも小麦を食べなくなるという感じで、宮島沼の食害問題も水環境問題も、地域の農業というものをとらえ直すことで解決することができる部分もあるのかなと思って活動しています。
そこで生まれたのが「ご飯を食べて、マガンを守る。」というキャッチフレーズです。どういうことかというと、だいたいマガンが一日に生きていくために必要な落籾の量というのは、田んぼ5平方メートルぐらいです。その5平方メートルっていうのは稲を収穫した後の田んぼです。その収穫したお米の量がどれくらいになるかというと、だいたいご飯30杯ぐらいです。つまり、ご飯30杯、一か月ご飯を食べれば僕らはマガン一羽を支えることができます。

ということで、食を通じて宮島沼を支援してくれるためのキャッチフレーズをこのようにしています。たまたまマガンというだけで、これはその他のカエルや花など色んな生き物に恩恵を与えられます。もちろん、マガンだけに着目するのも良くないので、トータルとして、田んぼが生物多様性や地球温暖化に貢献できるようにするということで、いろんなフォーラムを行っています。沼の価値も田んぼ周辺のマガンにとっては採食地ですが、沼もなくてはいけません。しかも、渡りの経路によっていろんな沼があります。なので、農地にある沼というのも一つ価値を見直して、守っていきたいと思います。
今でも、いろんな理由で環境が変化しています。マガンの渡りにとって非常に重要な中継地ですが、こういうものを線として保全していく必要があります。石狩川流域という単位でとってみても、いろんな水辺があって、いろんな生き物がいる必要がありますので、このようなフォーラムを開催しました。

宮島沼の環境が変化して、それを保全する取り組みが行われています。一方で、当別川の河口で湿原を再生するような取り組みが行われています。こうしたものが結ばれて、全体的に生物多様性が保全されていきます。そういったように、面的にも考えていく必要があると思います。
100年前は石狩湿原という日本最大の泥炭地が広がっており、その環境は大きく変わりました。だけど、その一つひとつの湖沼も田んぼも少しずつ環境が変わって、生き物にとって住みづらくなっているのですがふゆみずたんぼや農業の視点を変える、沼の価値を考え直すなどして生き物の住みやすい環境ができてきて、それが結ばれてきてまた新しいタイプの石狩湿原が生まれるのかなと思っています。
これが、渡り鳥目線だと思うのですが、浦臼山というところに登ったところです。石狩川があって周辺には田んぼがあります。もちろん、かつての石狩湿原ではないのですが、新しいタイプの湿原になって、今は生き物が少ないかもしれないけど、今後豊かな自然ができて、それに人々が支えられているという構図が出来上がるようになっていく、そういう可能性があるのではないかと考えています。

今回は、身近な話といっても農地を例に渡り鳥から生物多様性ということで、自然科学、或いは社会科学、現地のこと、そういったものを融合して生物多様性が保全されていくという話をしましたが、身近なところからいろんな事を始めれると思います。最近、都市でも渡り鳥を呼ぶような都市づくりにしようと、住宅メーカーでもそういった企画で作っているような場所があります。そういった考えが広まって、子どもたちの身の周りに生き物がたくさんいる光景ができて、感覚として生物多様性の大切さが分かっている子どもたちが大きくなって、さらに大きな輪を作っていくという、そういったことから生物多様性の保全は始まっていくのかなと思います。