『てくてく通信』181号(2024.1.14)
新しい年のはじめに
昨年は8月に『インタープリターズ ガイドブック』を息子と一緒に翻訳出版することができました。そして、2018年に出版した『遊びながら野外で学ぼう 野外で算数』と共通しているのは「学び」です。インタープリテーションでは通訳という伝え方が、野外で算数は遊びがキーワードですが、共通しているのは自分にとっての学びであり、一方的に決まった事を学ばされるのではない、自分の楽しみから始まるところが共通しているのかもしれません。今年はこの2つの学び方を通して私たちの活動を組み立てていこうと思っています。
2023年を少し振り返ってみますと、道民の森での小学生の宿泊学習を2002年にスタートさせてから述べ参加者が5万人を超えました。また、森づくりのお手伝いをしているNTTドコモの森も20年になり、木々も大きく育ってきました。特に、コロナになってから私と息子の2人で木を植え、草を刈り、折れた枝を切る作業を通してやっといろいろなものが見えてきました。
◉『遊びながら野外で学ぼう 野外で算数』ワークショップを各地で行いました
本州への出張研修も再開しました。春は宮崎県椎葉村で野外で算数ワークショップを行いました。日本のチベットといわれる三大秘境の一つ焼畑が残っている山村に若い移住者が多く暮らし、自分たちの子どもの教育を考えたいと3回シリーズとして通いました。でも、教育委員会や地元の先生の参加がなくて主催者も残念そうでしたが、参加者はその後も自主的な学びの場を作っています。
秋は岐阜県立森林アカデミーで野外で算数ワークショップに出かけました。こちらは県の教育委員会が主催の教員研修です。県が変わるとこうも違うのですね。何が違うのでしょう? この研修も今年で5年目になり、すでに100名ほどの小学校から高校までの先生が受講されていて、今年はリピーターの先生も数名おられ、学校での実践報告までしてもらいました。着実に野外で学びが育ってきています。2024年も11月13日から15日の予定で行いますよ。
森林アカデミーでは教員研修の前後の日程で独自のワークショップを行っています。今年はスウェーデンからマリアさんと阿久根さんが来られることになり、スウェーデンでの実践例を紹介してもらいました。
また、この研修の後、コロナ前から計画していた大日向小学校にやっと行くことができました。午前中は小学校1年生と3年生の授業実践を行い、給食をいただいての午後は中学校までの先生の研修を行いました。その後、学校では算数だけでなく、英語などの実践が行われていて、Facebookで共有しながら活動をサポートさせてもらっています。
森林アカデミーや大日向小学校での野外で授業の実践は以下のブログnoteに詳しく紹介しています。
◉『インタープリターズ ガイドブック』という本を翻訳出版しました。
この本は1994年に出版された『インタープリテーション入門──自然解説技術ハンドブック』(日本環境教育フォーラム監訳、小学館)の内容がが大幅に加筆・修正された2015年に出版された第4版です。
第4版ということですが、内容は全てが書き加えられていて、全く新しい本といっても良いとアメリカでも言われています。
その中でも私が注目したのが、第1章のインタープリテーションの発展の歴史をこれほどまでに詳しく書かれたことはなかったのではと思うぐらいです。少し本書から紹介してみると、『先史時代からガイドとして本質的な二つの役割が発展しました。一つはパスファインダー(先導者)と呼ばれる、ある場所から別の場所へと物理的に人々を安全に導く者としての役割です。もう一つが、メンター(指導者)としての精神的な役割で、自然界の現象を説明し、スピリチュアルな世界を伝えることで、本質的な意味や真理を見出せるように人々を導く役割を担いました。太古のパスファインダー は、今日の狩猟ガイドや山岳ガイド、タクシードライバーやパイロットであり、メンターは現代の教師や科学者、または宗教指導者でもあります。中でもインタープ リテーションは、パスファインダーとメンターの二つの役割を併せ持った数少ない専門職の一つです。』と、インタープリターの役割を考えるいいきっかけになるはずです。
自然公園や史跡や博物館でガイドをされている方は決して社会にとっての役割って考えてない方が多いのではないでしょうか? コロナパンデミックになってすぐ、アメリカではBLM運動が全米に広がり、人種差別といった社会の課題があらわになった時、アメリカのインタープリテーション協会はいち早く声明を発し、「人種差別問題の解決にインタープリターは国民と直接対する立場として大きな役割がある。」と表明しました。
対象が自然や文化遺産などの公共の宝物を案内する時、単なる技術やコンテンツとしてのインタープリテーションではなく、豊かに社会が発展していくためにどのようなメッセージや役割が必要なのか。そんな事を考えることからこの本が始まっているのです。
そして、第2章ではこの本の副題を「意味の探究を促すガイドの技術」としたように、単に知識を知っていたり、話術や小ネタで引きつけるだけではなく、その場にやってきたという実感を伴う直接的な体験を通して、対象者にとって意味のある理解を一緒に探るプロセスがインタープリテーションだというのです。
意味のある理解ということは、自分毎として対象と関わるということでもあります。
このことは、私たちが野外で算数という体験を通して、子どもたちと一緒に算数の要素を理解していくプロセスと一緒だということに気づきました。
『インタープリターズ ガイドブック』というと、通訳者向けのガイドブックと思われがちですが、もちろん、通訳の方にも役立ちますが、内容は自然や史跡のガイドを想定して書かれています。そして、本書から学べることはコミュニケーションです。それは、伝えることに注力するのではなく、相手に伝わり、相手が自分のこととして意味を理解する伝え方のガイドブックです。
このことは私のテーマだったのかもしれません。このような仕事をする前にソーシャルワークの仕事をしていました。特に、ボランティアでいのちの電話の相談員をしていた時、死のうと思っている人を思いとどまらせるという行動に結びつけなければならないのですから、真剣にコミュニケーションをとるわけです。そして、相手が自分で生きることにつながる意味を見つけた時に生きるという行動につながっていくことでした。いくら説得しても、こちらが一方的に伝えようとしても変わらないという事を学ぶわけです。
この『インタープリターズ ガイドブック』も『遊びながら野外で学ぼう 野外で算数』も同じ事なんです。そのエッセンスがこの2冊に詰まっています。ぜひ、手にとってお読みください。また、、そのポイントを学ぶためのセミナーを検討されている方は声をかけてください。どこにでも出かけてゆきますのでご相談ください。
『インタープリターズ ガイドブック』と『遊びながら野外で学ぼう 野外で算数』の目次などの詳しい紹介と購入は以下のホームページをご覧ください。また、一般の書店では購入できませんのでこのホームページからお申し込みください。
『インタープリターズ ガイドブック』に素晴らしいコメントをインタープリテーション協会の古瀬浩史さん、環境教育千刈ミーティングでご一緒だった西村仁志さん、高田 研さんが書いてくれました。Facebookではご紹介しましたが、多くの方にお読みいただきたいと以下に「本の紹介」として掲載しました。そして、皆さんなりのこの本の意味をお考えいただければと思います。
今年もどうぞよろしくお願いします。
1 本の紹介
『インタープリターズ ガイドブックー意味の探究を促すガイドの技術ー』
古瀬浩史さん(帝京科学大学)
日本語で読めるインタープリテーションの本は数えるほどしかないので、こういったラインアップが増えるのは嬉しいですね~。以下レビューさせていただきます。
日本でインタープリテーションに関する本としては(たぶん)最初に出版された「インタープリテーション入門」(小学館、1994年)は、僕の手元にあるものを見ても2008年に9刷がでているので、日本で出版されたインタープリテーション関連本としてはベストセラーではないかと思います。その本の満を持しての改訂版ですので、期待が高まります。
さて、本を概観しての感想としては、「ガイドブック」の名の通り、現場のインタープリターにとって有益な実践寄りな内容だと思いました。少し前に日本インタープリテーション協会理事でもある金沢大学の山田菜緒子さんによって翻訳出版されたサム・ハムの「インタープリテーション - 意図的に違いを生み出す -」はどちらかというと、社会心理学などの研究に基づいた理論をていねいに扱っているのに対し、本書は具体的な事例が多く、より実践よりです。この2冊を両方読むと、最強だと思います。
写真も多く、入門者にも向くと思います。もちろん理論的なベースはしっかりしており、サム・ハムやアメリカ国立公園局などと共通している基盤を持っているように思えます。
本書の解説で、特にいいなと思ったのはテーマ文の作成の説明です。「テーマ文」を作ることは、私立ち(日本インタープリテーション協会)が行なっている研修会でも一番ハードルになるところなのですが、本書では、イマイチな例とそれを改善した良い例が対比されており、この部分はかなりわかりやすいなあと思いました。
改定前の「インタープリテーション入門」は若いときに入手しましたけれども、インタープリターとして活動した長い期間に、ときどき書棚から取り出して参考にするような使い方をしてきました。「インタープリターズ・ガイドブック」も、現役のインタープリターの皆さまが、そんな使い方をするときっと新しいアイデアを得られるのではないかと思います。
西村仁志さん(広島修道大学)
まずこの本は日本語への翻訳がたいへんこなれていて、読み進めやすい(理解しやすい)です。また原著と同じくレイアウトに配慮がされていてこちらも読みやすい要因だと思います。風音さん、幹彦さんがかなり時間と手間、議論を経て日本語に翻訳されたのだと思います。
1章のインタープリテーションの歴史部分は、以前の3rd Editionよりもかなり読みごたえがあります。私はこのへんに興味をそそられていて、今回の日本環境教育学会の研究大会での発表は「インタープリテーションの現代的意義」というテーマで行っています。ここでは本書には書かれていないアメリカの社会状況が、インタープリテーションの導入や発展過程、またNPSのミッションに関係しているとみています。
2章ですが、監訳者の山本幹彦さんによれば、3rd Editionからの大きな違いは「意味を中心としたインタープリテーション」というアイデアが加えられていることだということで、本書では「意味とは資源に内在するものではなく、意味は一人ひとりのビジターによって作られる」のだと記されています。
本章では、サム・ハムの「囚われた/囚われていない」というアイデアが紹介されるように、3rd Edition以降の20~30年のインタープリテーション研究の成果が、大きく反映されていると思います。本書が山田菜緒子さん訳のサム・ハム著『インタープリテーション:意図的に「違い」を生み出すガイドのためのコミュニケーション術』とほぼ同時期に日本語版となって刊行される意義はたいへん大きいと思います。(ぜひ、両方お読みになることをお勧めします)
3章に関連して、日本インタープリテーション協会主催のセミナーの「ガイドコース」(現場のガイド、インタープリターを対象)では、解説プログラムの実演とともに、「計画シート」に記入してもらっているのですが、そこでは「テーマ文」の記述項目があります。強力で魅力的なテーマ文を作文することはなかなかたいへんなのですが、この章でそれがたくさんの例文とともに解説されているのはたいへんありがたいと思います。
4~9章は、解説技術(テクニック)とその考え方です。もちろん3rd Edition以降に大きく進化しています(以前は、映像教材はスライドプロジェクターでしたから)。ビジターを迎える様々な現場での実践に大いに役に立つことでしょう。
また本書専用のウェブサイトもあり、オンライン資料や事例の動画なども充実しています。
10章の「フィードバック」は改善のために必須で、たいへん重要な要素です。現場でこれをどのように貰うかは、常に問われてきました。たくさんの手法が紹介されているのも、ありがたいです。
以上です。観光客の受け入れ、博物館、社会教育施設、資料館や展示施設、学校やNGO/NPOなどインタープリテーションの現場やその管理業務を担って居られる方、これから学ぶ方にとっても必携本だと思います。
高田 研さん(地球温暖化防止全国ネット理事長)
今年の夏は気候変動の影響が世界を覆いました。日本の夏は耐え難い気温となり地上の生物だけでなく、海水温の上昇によって海洋の生態系にも大きな影響を与えました。
このように環境の変化を顕著に感じた6月と8月に2冊のインタープリテーションの教科書とも言える本が和訳されました。一冊目が サム・h・ハム箸『インタープリテーション』意図的に違いを生み出すガイドのためのコミュニケーション術 山田菜穂子 訳 山口書店であり、もう一冊が本書です。環境問題に直接関わる一人としての視線から本書が今ここで出版された“意味”を考えてみました。
本書ではこの「意味」という言葉がよく使われています。インタープリテーションは“ビジターが「意味」を探求すること”であり、その探求に導くコミュニケーションのプロセスである。と定義しています。つまり、インタープリターが提示する既存の知識=これまでの諸科学が明らかにしてきた知見を伝えることがインタープリテーションではなく、個々がそれぞれの経験や価値観とつないで、新たな意味/各々の価値を見出すことにあると書かれています。言い換えれば同じ“モノ”を見て考えても見出される意味は多様であるということです。
例えば目の前に一つの林檎があるとします。“リンゴ”という一つのモノは存在しても、それを観る人がそれまでに得た体験の違いによって、全く違うリンゴの意味がそこに存在し、その場のインタラクティブなコミュニケーションを通してその違いを分かち合うことから人々がそれぞれの林檎を“再構成”していきます。
本書では丁寧にこのことを事例から説明しています。
故に、監訳者の山本幹彦さんは、あとがきでこのことを1980年代後半からの「構成主義的な学びの転換」と位置付けます。これは非常に興味深い視点だと思います。日本ではまちづくり、演劇、アートから医療分野まで様々な場において「ワークショップ」と呼ばれた社会現象が広まった時代でもあります。山本さんと私はこの時期、一緒にこの現象を追いかけ、探究しておりました。
まちづくりを事例に説明しますと、都市計画や土木工学に関わる専門家と呼ばれる人々がまちを設計することが当たり前だった時代から、その場に生活する住民がその設計の場に関与し、専門家と一緒に構想していくというプロセスが“市民参加のワークショップ”です。
専門家の生み出したまちづくりの知見、技術が住民の生活知の中に置き直されて、何が本当はより良いまちなのかを今ここで「構成」していくわけです。
同時代に、学校においては“参加型学習”という名前で呼ばれ、子供たちが既存の知識を集団で探求していく学習が生まれました。背景には子どもたちの暴力、登校拒否、中途退学者が溢れた時代でもありました。それは、学校の教科書に記載された科学的な知見を子ども達の目線から問い直していく。子どもたちが自分にとって意味あるものとして再構築していく学習への転換でありました。
参加型のまちづくりも教育改革もインタープリテーションと同様に、知識を単に受け渡すすることからの構成主義的な転換であったと言えます。
1980年代のこのような社会変化の背景には、現在世界を揺るがす気候危機が地球環境問題として顕現し、それまでの成長神話を覆してきた時期です。社会のあらゆる場面でさまざまな科学が築いてきた専門知が問い直されたことに結びつきます。
少し話がとても大きく膨らんでしまいましたが、本書で書かれていることを小手先のインタープリテーション技術と理解し、ハウツーを学びとっていただくのではなく、皆さん自身がインタープリテーションする意味を大きな視野からお考えいただく=再構築されることが、膨大な時間を費やして翻訳された山本風音さん、監修の幹彦さん親子からの“メッセージ”ではないのかと思います。
<発行元>-----------------------------------------------------------------
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