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詩を描く 【小説】火曜日の美術館

 しばらくの沈黙。わたしは働きに出ることもできなくなって、家に篭っていた。今も絶賛休業中だ。COVID-19のせいではない。持病がずいぶんと悪化している。

 そんな状態になる前にふたつの展覧会に足を運んだ。ひとつ目はnoteで知ることができた、冬野小音さんの『詩のない詩 絵のない絵 展』。とても風の冷たい夜だったけれど、夜の吉祥寺は、今でもやっぱりわくわくする。

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 ghostのうごめく様をつぶさに観てきた。白い空間を笑うような足取りで駆け回るghost、それは詩。飾られていながら奔放で、追いかけるようにして、なんどもくるくると回った。いつか一冊にまとまることはあるだろうか。ghostは見つけられると俯いて、恥ずかしそうに笑う。だから、もしかしたらnoteの端々にいるままで、そこで踊っているのかもしれない。

 覚えのある詩を見つけて、微笑む。
 ふしをつければ、即興なのに、声の重なる。
 そんな幻想を見ていた。
 わたしの目を開いてくれて、ありがとう。
 ghostはわたしの友達にもなってくれる?

***

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 もうひとつは「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」展。

 ミナの仕事は好き。素敵だし、思想にも憧れる。職人的なこだわりも、ため息をつきながらも、わたしを前に向かせる。

 それでも、展示としては何か物足りなかった。わたしはもっと違う何かを求めて出かけていたのかもしれない。単純に量が少なかったからかもしれない。
 ううん、つづく、と思わせるものがなかったからだ。むしろ、この仕事は続かないんじゃないかと思ってしまったから。それはわたしの狭量、狭い視野のせいかもしれない。きっと、このこだわりを知り抜いた誰かが引き継いで、北欧のブランドように続いてゆくんだ。もう、そういう人が現れているのかもしれない。それで、今回の展示を行っているのかもしれない。

 図録を購入しなかった。ジャケット違いで複数の種類があることに鼻白んだのもあるけれど、このくらいならいいんじゃない、という妥協が見えたからだ。ミナ ペルホネンの姿勢と何か違うものを感じたから。

 そう、この展示に感じる違和感は、このくらいしておけばいいでしょう、という言い方は汚いけれど、舐めた態度が見え隠れしていたからだった。

 もっと素敵に見せることができるはず。もっとこだわりを紹介できるはず。ブース毎に撮影可と不可を分けることもなかった。どっちか潔くしてよかった。SNSでバズらせようとする意図が隠せていなくて寂しかった。

 ただ、わたしの体調が優れていなかったからかもしれない。ただ、服飾業界を去ったわたしに後ろめたさがあるだけかもしれない。
 それでも、それでも。

***

「わあ、葉ちゃん、大丈夫?」
「このたびは、長らくお休みをいただいてすみません」
「いいんだよ、だってびっくりしたよ。いきなり倒れるから」
「うん、ごめん」
「よくなったの?」
「少しはね。ウインナ」
「よかった。了解」
「ウチもコロナのせいで、営業続くか、あやしいよ」
「そう思って飲みにきた。ザジ」
 にゃ、と言っておでこをわたしの手のひらにこすりつけてくる看板猫のザジ。
 ここはわたしの働くカフェ。スタッフは今はふたりかな。マスクをつけている。椅子を間引きして、隣り合わせにならないように配慮している。
 わたしは、ウインナコーヒーを手に、奥のテーブル席に移動する。こちらも椅子が歯抜けになっている。空いている手にザジを抱いて向かう。ザジは黙ってされるがままにしている。
 音楽を聴きながら、コーヒーを飲む。

 わたしも、展示をしたいなあ、と思う。このコロナ禍を乗り切れたら。どうにかわたし個人の病気を乗り切ったら、精いっぱいの創作を続ける。
 それでも、朝は起きることができない。昼間は薬のせいで朦朧としている。とても悲観的なわたしが、ますます悲観的になっている。
「わたしまだ壊れたままでいたい」
 イヤフォンから聴こえる音楽を口ずさむ。未来は暗い。けれども、けれども。

 必要としてくれる人もいるのです。わたしは、この倒れて休業している間に、いくつかデザインの仕事を請け負った。グラフィックの、WEBの。それらが成功するように、祈る。そのために、わたしの手を動かす。
「大人になるまであと少し」
 イヤフォンから聴こえる音楽を口ずさむ。まだ、わたし、そんな気持ちになれるよ。
 わたしは、まだ、この手が動かなくなってもできることがある。それらを全部試して、なんとか生き延びよう。
「ザジ」
 にゃ。
「わたしも猫になりたい」
 咎めるようにザジが睨む。わたしの指を舐める。
「猫もお断りか。もう少し、もう少し、頑張ってみるよ。またよろしくね、ザジ」
 尻尾をあげてザジが去ってゆく。もう少しだけ、うん、もう少しだけ。

おわり

<セットリスト>

羊文学「Step」

イツエ「グッドナイト」

スピッツ「猫になりたい」

 

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