オールトの雲 【刺繍缶バッジ#024】
私はいつ尾を曳いて君の前に現われよう。
できれば、よい予感と出来事を運んであげられるように。
私の祈りは大気の層で粉々に砕けて星屑になる。
君は願いをかけてくれるだろうか、私の体の塵は流れ星になる。
私は自宅のベランダで群青の夜空を見上げながら、ひとつため息をついた。
「カナンちゃん、恋をしたね」
「ヨナちゃん、ご名答」
私の視線の中に割り込んでくる、私にうり二つな顔は妹のヨナちゃん。今にも破裂しそうなポップコーンみたいな瞳は好奇心で満たされている。
「カナンちゃんが恋ねえ」
ふふふと含み笑いをして、ヨナちゃんはもう一度私の瞳を覗き込んだ後、指でわたしの髪の毛を梳いて部屋の中へと去ってゆく。その指は、後でゆっくり、という言葉を含んでいる。
ヨナちゃんは私の双子の妹で、私によく似ていて美人です。
「私はいつかクジラに呑み込まれて世界中を旅するのが夢です」
と真面目に言うくらいには壊れている女の子。
「カナンちゃんは犬のお散歩程度がお似合いよ」
ヨナちゃんはちょっぴり意地が悪い。綺麗な顔で綺麗な声で、とびきりの笑顔で悪口を言われるものだから、言われた瞬間には何を言われたのか分からずにぽかんとして、そのあとなんだか唖然としてしまう。そんな私を見すえては、ジョークよ、と言う。とてもタチが悪いと思う。
私たちは一卵性の双子だから、だいたい遺伝子もホロスコープも一緒のはず。似たような人生を歩むのかしら、と思っていた。
でもそんなこと全然なかった。
ヨナちゃんは軽音部に所属していてバンドのベーシスト。
私は園芸部の幽霊部員。にもかかわらず部室にはよく顔を出している。カート・ヴォネガット・ジュニアの文庫を携えて、部室の窓枠に腰掛けて陽が傾くまで読書。
ヨナちゃんはモテモテ(女子にも)。
私は彼女と同じ容姿なのに浮いた話はさっぱりない。雲ひとつない五月の空みたいなすがすがしさよ。ああ、カナンちゃんの青春は死にました。そういうものだ。
そんな私にも夢はひとつくらいはあって、それはいつかオールトの雲という架空の領域にいる、まだ誰にも知られていない彗星を見つけること。そして私の名前を付けること。
ヨナ・カナン彗星。
うーん、どうしてもなんか先にヨナちゃんがそれを見つけてしまって、でもお情けで私の名前も入れてもらうようなイメージしか浮かばない。
彗星が好きだというのに、天文部がないからといって、妥協して園芸部に入るという意思の無さ。ヨナちゃんなら部活をつくっちゃうだろう。実際、ヨナちゃんは軽音部を立ち上げたひとりだ。中学で軽音部があるなんて、わりとめずらしいんじゃない?
ひるがえって、私はどこまでいっても後ろ向き。消極的。自分という存在の希薄さ。なんだけれどさ……。
なんだけれど。
そんな私が恋をしてしまった。
その男の子は奇跡的に、この地球に生まれ、あろうことか日本に住んでいる。そして、どうやら私と同級生みたいなんだ。
でも。
彼の容姿を私は一ミリもしらない。いくつかのプロフィールをタブレットの画面の向こうのネット情報で知っているのみだ。
彼の名前は……
……
オールトの雲は現在、執筆中の連作短編小説です。1話の冒頭部分を掲載しました。原稿が出来上がったらnoteにて連載予定です。
刺繍缶バッジは彗星です。
バッグに合わせるとこのような感じになります。
表面
裏面
[サイズ]:φ54mm
[素 材]:刺繍糸、布、ブリキ、鉄
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