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【小説】 スクープ・ストライプ vol.16
***
今日は新作ブラの撮影会だ。もちろん撮影は高階、モデルはエミリー。
「メイちゃん、久しぶり。見学?」
冬夕がメイに声をかける。休日の今日、わたしの家にやってきたメイは私服姿。ボーイッシュなのは意外ではないんだけれど、それが、すっと似合っていて、普段着でもヒロインめいている。パリの街角のカフェにいそうな雰囲気ある。
「谷メイはわたしが呼んだ。迷惑だったかな?」
「迷惑ってなんだよお! ウィンターズだってわたしに会いたかったでしょ」
「うん。会いたかったよ。メイちゃんに会えないと、とっても寂しい」
冬夕がにっこりと笑顔を見せる。
「ををを。そ、そんなこと言っても何も出ませんよ」
メイにとって思いがけない言葉だったのか、めちゃきょどってる。素の姿が見えれば、たちまちコメディエンヌ。でも、その落差が見ていて楽しい。ふたりの掛け合いを目で追う。
「雪綺。そんな嫉妬深い目で、そいつのことを見たりしなくていい。断然似合っているのは、ウィンターズのふたりだ」
下着姿のエミリーに言われて、
「な、な、な」
とわたしもしどろもどろになる。いや、そんな目してないって!
「あ、エミリー、ウィンターズって言った!」
びしっと指をさすメイ。
「いいネーミングだから、わたしも使う。これからこのふたりは、スプスプのふたりと呼ばれるようになるだろうし。わたしたちはスプスプである前に、似合いのウィンターズっていう存在を知っている。少しくらい特別な間柄でいたっていい」
今日もエミリーは颯爽としていてかっこいい。
「それでは、撮影入りまーす!」
高階の掛け声で、それぞれの位置にスタンバイする。といってもわたしたちは、ほとんど傍観者となる。高階の写真に絶大な信頼を寄せているから。仕上がった写真をフィルグラにアップするのが楽しみだ。そうだ、あとで新しいアトリエも撮影してもらおう。
ふいに、冬夕が立ち上がる。
「雪綺がメイちゃんを呼んだんだ。なかよしだね」
そう言って冬夕がわたしの髪の毛をかきあげて部屋を出てゆく。
「ちょっと、撮影見ないの?」
「トイレ」
撮影の時に冬夕が、つんとしてるの珍しいな。ブルーデー、来たのかな?
アトリエを自宅に移したことで、多くの同級生に惜しまれた。
あー、早く注文しておけばよかった、と何度も言われた。別に今でも受け付けるよ、と思うし、そう言うけれど、ちょっと距離が開くと頼みにくいみたい。それってなんだか不思議なこと。もちろん社交辞令ってやつも考慮するけれど。
そんな中、本当に残念がっている人間もいる。谷メイもそうだけれど、杉本さとみもそのひとりだ。
「え、新作、頼みたいなあって思っていたんだ。お小遣いも貯めたんだよ。え? あ、大丈夫なの。それなら、ぜひぜひ。だって、スプスプのブラと市販のじゃフィット感が全然違うんだもん」
わたしは、市販のブラでも、ちゃんとフィッテイングすれば心地よくつけることができることを教える。
「それは、やってみるけど。スプスプのブラのファンになっちゃったの! フィルグラのはほぼ医療用でしょ。だから、忙しくて迷惑かな、とも思っていたんだけれど、いいんだね! そしたらまた注文する!」
一般用のブラもしっかり作らなくちゃいけないな。
そうそう、文化祭と前後して、運動部では新人戦が行われていた。陸上部の小笠原まどかは、県大会で入賞し表彰されていた。
家庭科室から引っ越しする準備をしている時、彼女はふらっと現れた。
「まどかちゃん、おめでとう。すごいね」
「うん。ふたりのおかげだよ。スプスプのブラ、まるで着けていないみたいなのに、しっかりガードしてくれる感じがあるんだよね。すごく不思議な感覚だった。また、あのブラとショーツを着けて走るね。
それと、」
小笠原は、少しためらってから話し始める。
「冬夕ちゃんの言ったこと気になって。お母さんに相談したの。生理のこと。お母さんも気になっていたのは確かだから、一緒に婦人科にいってくれたのね。
そこで聞いたのは、まだ生理が遅れているだけかもしれないから、もう少しだけ様子を見ましょうってことだったの。
できれば、もっと早めに来院して欲しかったけど、って注意されたけれど。まあ、それはお母さんに向けての言葉ではあったけれどね。
わたしとしては、やっぱり、まだ来ないで欲しいっていう気持ちは強いんだ。来年の春まではね」
冬夕はその報告を聞いて、少しほっとしたようだった。小笠原が去ったあとで、こう口を開いた。
「難しい病気じゃなければ、いいと思っていたの。生殖器のことは、分からないし聞かないけれど。でも、まずは受診できたことが大きいかな。複雑な事情だったら話してくれなかったと思うから、単なる生理の遅れ、とわたしたちは受け止めよう」
***
わたしは、文化祭のあと、期日から少し遅れて進路希望の用紙を提出した。
そのことで、進路指導の先生から呼び出しをもらった。
「あなたの進路希望を拝見しました。
呼び出された理由は分かりますか?」
わたしは、はい、と答え、志望する動機を続けた。
「三角冬夕さんと同じ大学を志望したのは、もちろん彼女と一緒に過ごしたいという理由があります。ブランドも立ち上げたので、それも続けたい。
ただ、これも三角さんの影響と言ってしまえば、確かにそうなのですが、リベラルアーツについて、もっと深く学びたいと考えるようになったのも事実です。なんというか……、教養というものにとても魅力的に感じています。それを学ぶためには英語力が足りないことも自覚しています。
両親に許可をもらって、オンラインの英語指導を受講しはじめています。母の知り合いのネイティブスピーカー、カナダ人の翻訳家の方なので、ほぼ英語でのやり取りです。とても難しく感じていますが、やりがいがあります」
「そう。あなたの学力なら、確かにまだ難しいところではあると思います。でも、やめなさいというほど無理な感じでもない。そのように努力をしているのなら、いいでしょう。わたしも応援します。
受験に当たって分からないことがあったらなんでも問い合わせてください」
わたしは冬夕と一緒にいたい。そして、たぶん、冬夕は支えられることが必要だと思う。なんでもひとりでできちゃうけれど、その分、人に頼るのが下手だ。彼女は、そのことに気づいていない。
だったら、わたしがすればいいんだよ。わたし、頼ること、どっちかと言えば得意だし、これあげるって言われれば、もらっちゃうタイプ。ああいう天才は、わたしみたいなのがいないとダメでしょ。
***
ふたりきりのアトリエで、わたしたちは、それぞれミシンに向かっている。
ダダダ……、という音が交差して響いている。
バチン、と糸の切れる音がする。片方のミシンの音がやむ。
「雪綺、できた」
「冬夕、はやい」
わたしもミシンを止める。冬夕が得意げな顔をして、掲げる。
「あれ、ブラじゃないじゃん。あ! ペナント!」
じゃーん、と言って冬夕は三角形の布を広げる。
「ちょっとバイアスでとっちゃったけど、いい感じの二等辺三角形になったよ。あとは刺繍ね」
わたしたちは、ブラジャーひとつひとつに刺繍をしている。その人の人生がまばゆい光を放てるように願って、それぞれ単語を選んでいる。
Proudly
Sparkle
Shooting
冬夕が刺繍糸を取り、縫いはじめる。
わたしたちのブランド名。
スクープされる方、おっぱいのことを大事にしたいの
Scoop Stripe
わたしたちは、新しい旗を掲げ、もっと広い海に漕ぎ出すのだ。
( Ⅳ. Scoop Stripe!! 終)
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ご愛読、ありがとうございました。
ご意見・ご感想など、コメントいただければ幸いです。
またいつか、冬夕と雪綺との出会いがありますように。