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【小説】 スクープ・ストライプ vol.14
***
「スプスプの文化祭大成功を祝して、」
「チアーズ!」
「チアーズ!」
わたしたちは、展示の片付けもそこそこに行きつけのアイスクリーム屋『ムーン・コーンズ』にやって来ている。
乾杯したのは、もちろんアイスクリームで。お互いレギュラーサイズのトリプルコーン。すごい贅沢してる〜!
「予約してくれた人、全員が買ってくれた」
「在庫、なくなったね」
「こんなに喜んでもらえて嬉しい。怖い気持ちもあったけれど、なんていうかヤバいね。楽しい」
「冬夕が語彙力失ってるの、めずらし」
一番上のスクープをスプーンで掬う。そして、お互いの口に運ぶ。
「あーん」
「うーん、デリシャス!」
「あ、写真撮らなくちゃ。トリプルコーンをフィルグラにアップしよう」
わたしたちは、とても手応えを感じていて、そして浮かれていた。
誰しもに認められた存在になったと、思っていた。
アイスクリームを頬張りながらわたしたちは、目をキラキラさせていたと思う。これからも胸を張ってブラを作り続けてゆくと、疑うことなくまっすぐな気持ちでいた。
***
「あれ? ペナントがない」
「え、うそ」
それは、文化祭が終わって、数日がたった頃。フィルグラを通して入って来た注文の医療用ブラを仕上げ終わり、帰宅しようと家庭科室を出た時だった。
「確かに掛けたよねえ」
「わたし、冬夕が掛けるの確認している」
「うーん。誰かのいたずらかな。いやだなあ」
自分たちの大事にしているものがなくなるのは、とてもいやな感じだ。ましてシンボルマークをなくしてしまうなんて、よくないと思う。
「おい、ちょっと」
クラスメイトの男子がわたしたちに声をかける。えっと、誰だっけ。クラスメイトだってことは分かるんだけれど、彼と話をするなんて初めてだ。
「こっちに来て欲しい」
わたしたちは、顔を見合わせる。お互いに首を傾げながらも彼のあとについてゆく。
「こっち」
そう、彼が指差したのは男子トイレ。
「え、なに?」
「あれ、お前らのだろ」
彼はトイレの中に入り、わたしたちの躊躇など気にもとめず、わたしたちを呼ぶ。
「早く」
しぶしぶわたしたちは、男子トイレの中に入る。
並ぶ、白い陶器の便器。
「これ」
またも彼が指差す。小便器の中。切り刻まれていたけれど、そこにあるのは、確かにわたしたちのペナント。
「濡れてないから、用は足されていないと思う」
「井坂君、ありがとう。雪綺、わたし、ビニール手袋とビニール袋を取ってくる」
「あ、わたしもゆく」
「ごめん、井坂君。しばらくそこ、誰も入らないようにしておいて」
わたしたちは無言で廊下を走る。
家庭科準備室にビニール袋と手袋があるのは知っていたので、それを取りに戻る。
それらを掴むとわたしたちは踵を返し、男子トイレに向かう。
走りながら、冬夕が早口で言う。
「あれが、誰の仕業でもいいのだけれど。
たぶん、女子。しかも衝動的というか、感情的」
わたしは答えず、思いを巡らす。
女子?
男子トイレの前で、所在無げに立っている井坂。わたしたちを見て、手をあげる。
「井坂君、ありがとう。誰か来た?」
「誰も」
うなずくと冬夕はトイレに入り、ペナントを取り上げる。手袋ごとビニール袋に入れる。
「井坂君、ありがとう。このことは誰にも言わないでいてくれると嬉しい」
「ん? ああ。言わないけど」
「ありがとう」
わたしたちは、もう一度、家庭科室に戻る。
調理台に設置しているシンクで手を洗う。
冬夕は、手を洗うのをなかなかやめないでいた。しつこく何度も同じ動作を繰り返す。
ようやく手洗いを終え、冬夕は席に着く。
「目星はついてる?」
わたしの問いに黙って首を振る冬夕。
「ただ、」
そう言ったあと、しばらく冬夕は黙り込んでしまう。珍しく、爪を噛むしぐさ。
空調はさっき止めたから動いていない。
どこからも音は届いて来ない。
冬夕が口を開く。
「ただ、たぶん女子の仕業だと思う」
たぶん、と言いながら断定しているような鋭い口調。わたしは、その判断の速さに戸惑いながら、問う。
「その理由は?」
「うん。まず、切り刻んでいること。汚そう、というよりも執念みたいなものを感じるの。汚すんじゃなくて、切断しているの。怒りが強いんだと思う」
冬夕は、目を閉じて、唇を強く結ぶ。
目を開き、続ける。
「もし切り刻まれたものが、丁寧に個々の便器の中に意味ありげに並べられていたのなら、サイコパスな犯人を連想するけれど、ひとつのところにごちゃっと入れてる。
たぶん、とても急いでいたんだと思う。誰にも見られたくない。もちろん、男子の線もあるにはあるんだけれど、それなら、たぶん、うん、おしっこをひっかけるのじゃないかな。それもせずに、ただ放り込んでいた。
憤りがあり、憎んでいて、なんとかやり込めたいという気持ちが見えてくる」
わたしは、当事者なのに、なんだか遠い出来事を見ているような気持ちになる。まるで海外ドラマのワンシーンみたいだ、と他人ごとのように思っている。冬夕の推理は、全部当たっているような気がする。
「ああ、わたしたち、すごく目立っちゃっているからな」
冬夕がぐしゃぐしゃと髪をかきあげる。
「冬夕、本当は目星がついているのでしょう?」
「ま、ね。でも言わないし、たぶん、もうしないと思うの。
やっかみとも、少し違うと思う。
わたしたち、正しいことをしようとして、もちろん、そうしようと努力しているけれど、それで傷つく人もいるんだって、思い知らされた。
その人に気づいてもらえるように、許してはもらえないと思うけれど、その宣言をしようと思う。
伊藤先生なら、分かってくれるかな」
冬夕がそう言った意図をわたしは図りかねている。
行こう、と冬夕がわたしを促し、わたしたちは、ビニール袋を提げて職員室に向かう。
職員室に入ったわたしたちをすぐに見つけ、伊藤先生が手をあげる。
「今日もご苦労さん」
わたしが鍵を返す横で、冬夕が先生に尋ねる。
「伊藤先生。お時間ありますか?」
「うん。なんだ? あ、その前に、君たちに新聞社から取材の依頼が来ているぞ。申し訳ないが、すでに了承済みだ。部活動の一環だから、取材を受けないのは返って不自然。よいことは堂々としようじゃないか」
わたしたちは顔を見合わせる。そして
「実は、……」
わたしたちはビニール袋を見せながら、ペナントの一件を伝える。すると伊藤先生は、すみやかに面談室の方へ案内をした。
冬夕が、その思っていることを全て打ち明ける。
伊藤先生は落ち着いてその話を聞いていたけれど、表情の険しさまで隠すことはできなかった。
「三角冬夕。君は賢い。状況を冷静に見る眼も持っている。わたしも納得しそうになる。確かに、校内の人間が犯人の可能性いは高いだろう。でも、真犯人というのはおもわぬ人間であることも、ままあることだ。だから、決めつけたりはするな。
そして、すまない。わたしが守ってやると豪語しておきながらこの失態だ。申し訳ない」
伊藤先生が深々と頭を下げる。
「犯人探しはわたしの方で行う。だから、君たちは変わらず部活動を続けて欲しい。
これはわたしの願いだ」
そう言って、もう一度、頭を下げる。
「先生。わたし、部活動をやめます。もしかして衝動的な考えなのかもしれません。でも、部活動から身を引くことは、やっぱり必要だと考えます。伊藤先生にはお世話になっていて、助けられているのですが、やっぱり自分たちのブランドとして、スクープ・ストライプを独立したいと思います。わがままを言ってすみません」
冬夕も頭を下げる。
伊藤先生は口を真一文字にしている。しばらく沈黙したあと、切り出す。
「そうか。引き止めたわたしが、君たちを守れないのだから当然だ。この出来事の責任はわたしにある。しっかり犯人は突き止め、謝罪を求める」
間を置かず、冬夕が口を開く。
「先生。犯人探しはしなくていいです。もう関わりたくない」
先生に向かって、感情的な冬夕を初めて見る。いつも相手の目を見てしっかり話をする冬夕が、目をそらし、窓の向こうをにらんだまま答える。
「そうか。分かりました。それでは、先ほど話した取材の件も、わたしの方で、断りを入れておこう」
冬夕は、きっ、と先生をにらむ。
「取材は受けます。ただ逃げるのは嫌だから」
伊藤先生は、その視線の強さに気圧されたように黙ってうなずく。
( Ⅳ. Scoop Stripe!! 続く)
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