「もしかしたらの物語」/「かげおくり」/「THE PARK」を聴く 【小説】火曜日の美術館
今、わたしは比較的調子がよい。理由はいくつかあると思う。ただ、そのうちのひとつは、本来ならば、絶不調に陥らせるような出来事だ。ただ、あまりに素敵なものに出会うと、悔しい気持ちを越えて、伝えなくてはならない気持ちになる。正しさは、分からない。やっぱり涙は流れてくる。それでも、それでも。
「もしかしたらの物語」
夏、7/30-8/10まで、西荻窪にある「URESICA」さんで樋口佳絵さんの個展が行われていました。「もしかしたらの物語」。
わたしは、いつか、どうしても佳絵さんの作品を手元に持ちたいと願っている。軽井沢現代美術館での展示の時に購入していればよかった、と悔やむ。それ以外にもチャンスはあったのだけれど、ポンと20万とか出せない。でも、いつかきっと迎えたいと思っている。そのために働くのでいい。体が動く今なら、そういう思考をすることができる。だから、まずは体調を整えることが大事だ。そうすれば働くこともできるし。
わたしを魅了してやまない絵画たちが並んでいて、でもね、「まだ」、と言われるんだよ。まだ、わたしはその絵画にふさわしくない。ふさわしくなろうと努力をする。それができそうな環境になってきている。そうしたら、猫も飼うんだ。保護猫を責任を持って預かることができる、そんなまともな大人になりたい。
絵本「かがみのなか」の原画も見ることができてよかった。
ひんやりした小学校の校舎をすぐそばに感じることができる。今の小学校がどんなだかわからないけれど、あの陰鬱さは心に今も潜んでいて、仄暗い嬉しさを感じる。おべっかしなくていい、そんな君と遊んでいたかった。
わたしの通っていた小学校はまだ存在している。もしかしたら、ちっとも成長していない君が廊下に佇んでいるかもしれない。
カメラをかざすよ。照れながら搔き消える君。
今もURESICAさんのサイトで佳絵さんの絵画を購入することができる。
いつかいつか、テンペラの匂い、素敵と一緒に過ごす日を夢見ている。
「かげおくり」
10/10-11/16まで、西千葉にある「くじらのほね」さんで青木香織さんの個展が行われています。「かげおくり」。
開催地の最寄駅は西千葉。総武線千葉駅のひとつ手前。三鷹より西から向かうわたしにとって、これは小さな旅だ。訪れたのは10/12。その前の週、わたしはSNSをシャットアウトしていた。そのころの報道が、常に希死念慮に苛まれているわたしにとっては苦しすぎたからだ。
そう、ずっとずっとわからないまま苦しんでいた。
その日も、あまり眠れないままの体を引きずってギャラリーに向かった。
展示は盛況で、ひっきりなしに人が訪れる。
ここでの展示のことを、新宿での展覧会で青木さんに会った時に聞いていた。だからどうしても足を運びたかったんだ。
そして、ここでもやっぱり作品を連れて帰りたいと望んでいた。それで長々とギャラリーに滞在した。ギャラリーのオーナーご夫妻も声をかけてくれたけれど、あんまり上手に受け答えはできなかったな。もう少しコンディションがよければよかったな。
ドローイングの作品がかわいくて素敵だった。でもタッチの差で買い手がついていた。それ以外でも飾りたいな、と思う作品はいくつもあった。でも決めることができないでギャラリーを後にする。11/4に入れ替えがあるそう。足を運ぶのは難しいけれど、でも、青木さんの作品もいつか。いつか。
筆と遊びながら、新しいことにもチャレンジしてほしい。即興の作品も素敵だし、時間をかけた作品も、重く、また素敵だ。
青木さんが在廊していたのに、あんまりお話できなかったことは少し残念だった。でもきっとうまく会話はできなかったと思う。なんだか、とても緊張していた。そういうコンディションだったから仕方がない。
わたしは、もう少し、臆病じゃなくなりたい。
また、きっと足を運ぶね。
「THE PARK」を聴く
このセクションに関しては、メンタルが落ち込んでいる人は、元気な時に読んでほしい。なぜなら「赤い公園」のことを書くからだ。
どうしても書かなくては、と心が騒ぐので、書く。
希死念慮があると先に書いた。だから本当は赤い公園の話題は避けたほうがいいのかもしれない。でも、他の自死についてはうるさいくらいの報道だったのに、赤い公園、津野米咲のことに関しては小さな声で、それは報道機関がガイドラインに従うようになったからかもしれないけれど、なんだか寂しかったのだ。
これは、わたしのわがままな感情だし、ただのひとりごとだ。でも、ネットの海で誰かの目に届いて、この音楽に触れる人がひとりでもいたら嬉しく思う。
すごくいいアルバムなんだ。「THE PARK」。
赤い公園自体については、初めて知ったのは、吉祥寺でモーモールルギャバンと対バンをする時だったかな。あの時、行っていればよかったと思う。わたしは、まだ赤い公園もモーモールルギャバンのライブにも行ったことがない。ゆきたいなあ。ゆきたいよ。
今、わたしはフジファブリックを聴くように赤い公園を聴いている。
NOW ON AIRは好きでよく聴いていたけれど、その他はそれほど熱心に聴いていたわけではなかった。でも、THE PARK、よすぎてヘビーローテーション。
わたし、石野理子ちゃんの声が好きみたいだ。赤い公園の元々のファンからすれば、もしかしたら物足りないかなあ、と思ったりするけれど、フラットな歌声が曲とすごくマッチしている。ずっとずっと聴いていられる。
このアルバムのことをもっと早く知っていればよかった。シングルもちゃんと聴いていればよかった。
曲が多彩すぎて泣く。それで、多分、フジファブリックの志村のことを思い出しちゃうんだ。音楽のいろんな要素が散りばめられていて、とてもテクニカルな曲たち。なんだよ、ほんとに悔しいよ。わたし、音楽については全然詳しくないんだけれど、すごく豊かな音楽性だと感じる。
全編好きだけれど、お気に入りはこの曲。リリックビデオだから、ここで紹介するのもぴったりだと思っている。
灯りの向こうで星がはしゃいでいる
なんて、わたし好みの歌詞なんだ。
主人公の女の子とわたし、全然性格が違うから共感しないんだけれど、いい曲だから、ずっと胸を捕まえられている。
「そんな子はやめちゃえ」って
言いかけて飲み込む缶のジュース
わたし、この曲に出てくる男の子、全然タイプじゃなくて、むしろ、こういうのずるいじゃん、やだ、って思っちゃうんだけど、それはわたしが可愛くないからだ。
わたし、この曲の女の子みたいに、いじましくなくて、すぐ「わたしにしなよ」って言っちゃうから、それで全然共感しないんだけれど、でも、ほんとにいい曲だなあって思うんだよ。
今日も仕事に向かう道中、AirPodsを耳に突っ込んで、「THE PARK」を流している。
こんな風に誰かを虜にするものを作りたい。
わたしは、残念で残念で仕方がないのだけれど、受け取るものがあったということを正直に伝える。自殺なんて、許したくないし、許さないけれど、でも、あなたの曲はわたしの胸を掻き鳴らしている。
すごく好きだよ。これから先もずっと聴き続ける。
***
「いらっしゃいませ」
「コーヒー、ホットで」
「かしこまりました」
わたしは、カフェの仕事をそつなくこなす。窓際に腰掛けるカップルを見つめる。
悪い子になりたい
なってよかったよ、わたしもなる。
「ね、ザジ。君も音楽を聴きなよ」
ザジはにゃ、と鳴いて去ってゆく。
わたしは、生きて、醜態を晒し、そして好きなものを好きと言い、誰も聞かなくてもそれを表してゆく。
誰かに惜しまれたいと、ちょっと(ほんとは、すごく)思っている。
おわり
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