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【小説】 スクープ・ストライプ vol.15
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取材は翌週、家庭科室で行われた。冬夕とわたし、そして伊藤先生がインタビューを受ける。
なぜ、医療用ブラを作るようになったのか。作り方や生地の選定も含めて、細かいところまで取材を受けた。また、この間の文化祭の展示についても質問責めにあった。
展示内容は医療用のブラの変遷、と意気込んでいたけれど、歴史を辿れるほど特別な何かがあるわけではなかった。医療用のブラはやはり機能的であることが第一だった。
それよりもブラジャー自体の歴史が、女性性の抑圧や解放、様々な活動と密接なつながりがあるように思われたので、医療用にこだわらずに、ブラジャーの歴史を展開することにした。
元々は布を合わせたものからのスタートで、やがてコルセットへ変貌する。ブラの歴史を追いかけているうちに、それはジェンダーにつながり、ミソジニーをも呼び込んだ。
展示は最終的にフェミニズムについての解説に集約された。
記者さんは、どうやら文化祭に来ていて、たまたまわたしたちのブースを見つけたらしい。そこでの展示に感心したこと、それ以上にその場の賑わいぶりに驚いて、その足で取材を申し込んだということ。わたしたちはてんやわんやの中にいて、そんなことになっているとはちっとも気づいていなかった。
記者さんの家族に学校関係者がいるみたいだ。もしかしたら自分の子どもが通っているのかな?
質問は多岐に渡る。
いくつかランジェリーブランドをあげられ、そことの差別化はあるのか、というようなことも聞かれた。やはりジェンダーに関することも問いかけられる。
その質問に冬夕はよどみなく答えている。きっと彼女は取材を受ける心構えなんてとっくにできているのだろう。
記者さんも冬夕を中心に問いかける。それでも冬夕の主語はいつでもわたしたちスクープ・ストライプは、からはじめる。
わたしが話したことはといえば、入部のあいさつと同じこと。わたしは母のために作り始めました。
伊藤先生を含めた三人が並ぶ写真もその記者さんがスマートフォンで撮影をした。
思わず、
「写真もスマホなんですね」
とわたしが言うと、
「そう。今はスピードが大事なので、取材の原稿も写真も入稿はこのスマートフォンから行います」
わたしたちの記事が掲載されるのは、日曜版だ。週が始まったばかりだけど、とは言わなかった。せめて一眼のカメラで撮ってよ、と思うのは、高階の撮影姿勢を知ったからだな。ほんとに、全然違うんだよ、って思う。
取材の最後に冬夕が記者さんに伝える。
「記事は、全てお任せします。ただ、どうしても最後の一文に入れて欲しい文章があります」
***
医療用ブラジャー 学生の手で
乳がん患者にもお気に入りのブラジャーを身に着けて欲しい。そんな願いを持って活動している高校の手芸部がある。
三角冬夕さん(17)、松下雪綺さん(17)が部活動で製作しているのは医療用のブラジャー。乳がん術後用の下着は一般のブラジャーとは違い、着用の仕方や着け心地に配慮されたものとなっている。
「母が、医療用ブラジャーにはかわいいものが少ないと、こぼしていたのが製作のきっかけです」
そう語るのは松下さん。手芸部員二人の母はともに乳がんの手術を行ったサバイバー。
先日、行われた文化祭では、ブラジャーの変遷を展示し、また実際に医療用ブラジャーの試着販売も行い、好評を博した。
部長の三角さんは
「乳がんの治療は長期に及びます。その治療の合間、週に何度かお気に入りのブラジャーを身に着ける喜びを提供できたらと願っています。病気を抱えている人にこそ喜びが必要だと思っています」
なお、彼女たちの活動は、これから手芸部を離れる。スクープ・ストライプというブランドを立ち上げ、学校内での活動は終了するとのこと。
***
「きっとね、わたしたち、手芸部を笠に着てぬくぬくしていてはいけなかったんだよ」
部室として使っていた家庭科室の片付けをはじめている。いよいよ、この部活動をわたしたちは卒業する。
冬夕の言葉をわたしは拾う。
「それは、つまりわたしたちが追い出した先輩たちのことを言っているの?」
一瞬、冬夕の動きが止まる。すぐに何事もなかったように片付けを続ける。片付けながら、冬夕は話し出す。
「先輩なのか、同級生なのかは分からない。それでもわたしたちの活動によって、普通の部活動を阻害されてしまったことは確か。新入生も入ってくれなかったしね。そのことについては申し訳なく思っている」
昨日、新聞にわたしたちが掲載された。あたりさわりのない記事になったのは、ペナントの事件を事前に伝えていたから、かなと思う。取材自体はもっとボリュームの大きなものだった。そして写真はやっぱり高階の方が数段、上手だと思った。
「でもそれでやめてしまうなんて、冬夕らしくないじゃん」
「あのね、雪綺」
冬夕が片付けの手を止め、うつむく。わたしに表情を見せないほど、深くうなだれる。
「わたし、そんな強い人間じゃないんだよ。スプスプのペナント、どういう気持ちで作ったか知ってるの! 大事な大事な生地を使って作った。はじめて雪綺といっしょに買った生地なんだよ。とっておきとして残しておいたもの。
だから……!」
冬夕は大きな声で叫び、肩を震わせている。
わたしは、何か声をかけなくてはいけないと思い、でもそれをできずにいる。ううん、声をかけなくちゃいけない。わたしは、冬夕の背中を追いかけるばかりじゃいけないんだ。
「サンキュー、冬夕。わたし、知ってた。ちゃんと伝えればよかった」
わたしは、冬夕の髪の毛を撫でる。ふわふわで柔らかい。猫っ毛だから、美容師さんとヘアクリームにはこだわってるんだよね、と言っていた。いつも丁寧に整えられている髪の毛。
「冬夕。あの生地、わたし、まだ持っているよ。おんなじの。寸法は、ちょっと足りないかな。ひとまわり小さいペナントになっちゃうかもだけれど、作れるよ、おんなじの」
わたしは冬夕の髪の毛を撫で続けている。
冬夕は嗚咽を漏らし、うずくまったままでいる。
夕陽の長い手が、教室の奥にいるわたしたちをつかむ。でもそれは冬夕が泣き止む前に、あっけなくかき消える。
あたたかい闇がわたしたちを包みはじめる。
冬夕は泣いている。
わたしは冬夕を撫で続けている。
***
スクープ・ストライプのアトリエは、当面わたしの家の一室となった。ママの紅茶が壁一面に並べられている部屋。家庭科室に比べれば断然、狭いけれど、ミシンを置くことができれば問題ない。
「文化祭での手芸部の売上は、非常に大きなものでした。材料費以外を部費に納入しました。
そして、その部費で新しいミシンを2台購入することになりました。
それで、古い2台は処分することになったのだけれど、三角冬夕、松下雪綺。君たち、迷惑でなければ、それを引き取ってくれないか。粗大ゴミとして処分するには、もったいないのでね」
それって職権乱用なんじゃないかと思ったけれど、わたしたちは、おとなしい猫みたいになって、伊藤先生のその提案を謹んで受け入れた。
「ロックミシンもつけてあげたかったけれどな」
「それは、わたしの自宅にありますので大丈夫です」
そんなわけで、わたしたちのアトリエには職業用のミシン2台とロックミシン1台が鎮座している。
紅茶缶が並ぶ部屋にミシンが備え付けられているのって、めちゃかっこよくない?
新聞記事が出てから、フィルグラのフォロワー数が飛躍的に伸びた。もちろんネットニュースとしても取りあげられたからだと思うけれど、一地方紙なのに、やっぱり新聞てまだまだ大きなメディアなんだな、と思った。
フォロワー数が増えるにしたがって、辛辣なコメント、卑猥なコメントもぐんと増えた。増えたのだけれど、ある一定のところからは伸びなくなった。
冬夕なんかは、言い回しの似通っているところや、時間帯、ユーザーIDなどをチェックして、複垢の何名かを特定したりしていた。それでも、そんな自分を戒めるように冬夕は言う。
「ノイズに気を取られて、大事なコメントを取りこぼさないようにしよう。わたしたちが向き合うべきは、がんを患い、その病いを抱えている患者さんなのだから、本当に真摯にユーザーと向き合わなくてはならない」
新聞記事と前後して、マーサさんからは丁寧な封書の手紙が届いた。
検査の結果、今の時点では、他の箇所へのがんの転移は見つからないこと。ただ、だからといって安心できるものでもないこと。それでも、スプスプのブラをつけると勇気がわく、と言ってくれていること。
そしてその手紙と一緒に、息子の中也くんが描いたわたしたちの似顔絵が入っていた。マーサさんと自撮りした写真を見ながら描いたんだろうと思う。
この手紙の、その文字の、絵の、嬉しい。
言葉に温度があるのなら、わたしは、わたしたちは、温かいもの、熱いものを受け入れようと思う。それは、真摯で切実なものに感じられるから。いつか火傷するくらい強いものが届くかもしれない。それでも、それが受け入れるに値するものなら、受け止めてその気持ちにこたえたいと思う。
( Ⅳ. Scoop Stripe!! 続く)
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