【小説】 スクープ・ストライプ vol.5
Ⅱ. Sparkle!
「あー、雪綺ー。ブルーデーが来た」
そう言って、冬夕はわたしの背中にのしかかる。
「それはご愁傷様。わたし、ちょうど明けたところ」
「ふうん。だからそんなに涼しい顔していられるんだ。わたしたちソウルメイトだから、ブルーデーだっていっしょのはずでしょ」
わたしは、ふりかえって冬夕の鼻をつまむ。
「わたしの時、いっしょにおなかいたいいたいしてくれた?」
「でも、雪綺は軽いじゃん」
つっけんどんにそう言った冬夕は、あ、という顔をして、わたしに向かって深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。調子が悪いのを盾にして、ちょっとひどいことを言ってしまった」
「別に、ひどくないよ。冬夕がいつもつらい思いをしているのは知っているからね。確かにわたしの方が軽いような気がしている」
気にしないで、とわたしが言い、ありがと、と冬夕が答える。
あたりはしん、と静まっている。そこに、きゅっきゅ、とわたしたちの足音がこだましている。ここは、夏休み中の学校の廊下。わたしたちの通っている高校の家庭科室の前。
冬夕は、なにをそんなに詰め込んだの、というくらいずっしりと重そうなトートバッグから三角形の布を取り出す。それはわたしたちのランジェリーブランド『スクープ・ストライプ』のペナントだ。それを家庭科室のドアに提げる。
これが提がっている間、この教室はわたしたちのアトリエになる。夏休みの間にスクープ・ストライプ、スプスプは新作をたくさん作る予定なんだ。
秋には文化祭もあるので、その時には医療用のブラを出展するつもりでいる。
できればそれよりも前、夏休みが明けた頃には、普段使いのランジェリーのオンラインショップも開設して売り出したいと思っている。
いちおう、手芸部に所属しているわたしたちだけれど、顧問の先生からブランド展開することを了承してもらっている。文化祭に出展するのは、そのためのトレード、義務みたいなものだ。
わたしは、ロッカーの鍵を取り出し、ミシンを取り出そうとする。
そんなわたしを制するように、わざとらしく、オホン、と咳をする冬夕。
「今日はまず、ミーティングを行いたいのですが、雪綺さん、よろしいでしょうか?」
「うん、もちろん」
わたしは、応えて席に着く。
では、と言って、冬夕は彼女の抱えるバッグからラップトップを取り出す。
「あ、それでそんなに重そうだったんだ」
「そう。わたし、タブレットよりパソコンの方が使いやすいんだよね。ママのお古だからかなり重いんだけれど、最新のOSはまだインストールできるからね」
では、はじまりはじまり〜、と言ってアプリケーションを立ち上げる。これは動画かな?
冬夕がなにやらかしこまったお辞儀をする。ペンをマイクに見立てて、
「ハロー、エブリワン。ようこそスプスプミーティングへ」
あ、そうかプレゼンテーションか。
「この夏、わたしたちは、さまざまな課題に取り組むことになっています。今日、提案するのは、特に大事な2点についてです。それでは、雪綺さん。わたしたちがするべき大事なことのひとつ目はなんでしょう?」
いきなりオーディエンスを巻き込むタイプなの? わたしは、なんだか慌てて、しどろもどろに答える。
「えっと、ええ、販売するためにブラをたくさん作ること?」
「イエス! その通りですね」
画面には、わたしたちスプスプのブラが表示される。ストライプと刺繍をあつらえたオリジナルアイテム。
「それと文化祭に向けてのアイテムの制作ですね。それは今までと同じ、乳がんサバイバー用のブラを作ることです」
ラップトップの画面にはオリジナルブラの隣に、フロントホックの少し大きなサイズのブラの写真が映し出される。
わたしたちがママたちのために作っているブラジャーだ。市販されているものより、ぐっとシックでおしゃれなブラだと自負している。ママたちの意見も取り入れ、ストライプを裏地に入れて、表にはレースをあしらったり、幅にゆとりを持たせているブラ紐の、そのアールを少しきつくして、医療用ブラにありがちなもっさり感を払拭させている。
ちょっと見せブラっぽいデザインも取り入れているんだ。それは他人に見せつけるためではなくて、洗濯した時とかに、いいブラを着けているって思ってもらうため。乳がん患者だけれど、おしゃれができるのって素敵って、ママたちに感じてもらいたいから。
冬夕のプレゼンは続く。
「そして、このようにQOLをあげるブラを作り続けるわけですが、どうもなにか足りないと思いませんか?」
足りないもの? なんだろう。
「おしゃれに必要なものです。雪綺さん。着替えをしながら気をつけることはないですか?」
「おしゃれ? 着替え? うーん、なんだろう、シルエットとか」
冬夕が、ノンノンとペンを振る。
「ブー。違います。シルエットはすでに考えてありますよね。それ以外の大事なもの。それはこちらです」
そう言って、冬夕が映し出したのは、ショーツ! ブラとお揃いのカラーリング。
なるほど!
「そう、おしゃれに必要なのはコーディネートです。だから、かわいいショーツも用意するべきですね。これがわたしたちに与えられているふたつめの課題です。もちろんそれだけでも十分素敵なラインナップになると思うのですが」
ラップトップの画面が暗転し、そしてone more thing......という文字が現れる。
「スプスプは、その先の提案をしたいと思います」
その声に合わせて映し出されるのは、さっきと同じショーツ。え、同じじゃん。
冬夕は、まあまあ、というように手のひらでわたしを制する。
「同じように見えるこのショーツ。実は同じように見えるということが大事なアイテムなんです」
そしてくるっと写真が後ろを向く。
ああ!
「そう、このショーツは、ブルーデイズ、つまり生理用のショーツです。今は、ナプキン不要のサニタリーショーツもあるようなのですが、さすがにわたしたちにそれを作る技術はまだありません。ですので、なるべくナプキンが目立たないように、羽根を内側に仕舞うことができるショーツを作りたいと思います。やっぱりブラとお揃いにしたいじゃない? ブルーデーならなおさら気持ちをあげたいじゃない? そんなわたしたちの声を形にしたアイテムをスプスプは用意します!」
わたしは思わず拍手していた。
冬夕は普段、おっとりした感じなんだけれど、いざとなるとよどみなく人前で話すことができる。中学の時からスピーチコンテストの常連で、賞を何度も獲得している。
「なるほどねえ。これはちょっと欲しいアイテムだよね」
「うん、どうかな?」
冬夕はラップトップの画面を閉じながら、わたしに尋ねる。
「もちろん賛成。できるだけナプキンを感じさせないようにしたいよね。タンポン、わたしちょっと怖いし、ナプキンがごわごわしないなら、それが一番かなあ」
わたしが、そう答えた時に、
コンコン。
ドアがノックされる。
「どうぞ!」
カラカラとドアが少し開かれ、そこから ショートカットの女の子がくいっと顔をのぞかせる。
「おじゃましまーす。こんにちは。あなたたちがスプスプのふたり?」
「はい! そうです」
小柄な女の子が教室に入ってくる。丁寧に扉を閉め、振り返ると
「わたし、小笠原まどかって言います。メイちゃんの友達です」
そう挨拶をする。
谷メイの友達か。あいつ本当にわたしたちのこと宣伝してくれているんだな。
「わたしは三角冬夕」
「わたしは松下雪綺」
ふゆちゃん、ゆきちゃん。わたしたちのことをそれぞれ指差して覚えようとしている。
「わたし陸上部で、今は休憩中を抜け出してきているんだけど、ふたりにお願いがあってやって来ました」
小笠原まどかはとてもスレンダーな体型だ。わたしも以前、陸上をやっていたから、その身のこなしに覚えがある。きっと彼女は長距離走者だろう。
「わたし、ブラなんていらないくらいに胸がペタンコなんだけれど、でも、なんだろ、あの、変な話なんだけど……」
顔を赤くして、言いよどんでいる。私たちは、無理にうながすことなく、言葉を待つ。
( Ⅱ. Sparkle! 続く)
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