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【小説】 スクープ・ストライプ  vol.8

 すぐさまシャワーを浴びて、さっぱりしたあと、リビングで今日の釣果を物色する。
 うんうん、素敵な素材。風呂上りだし、いいかな、ほおずりしちゃおう。
「いい生地には出会えたの?」
 うっとりしているわたしにママが声をかける。
「うん。ばっちし」
「それはよかった。わたしも新しい夏物、オーダーしよっかな」
「まいど〜。ショーツも作りはじめたけれどいかがですか?」
「まあ、じょうずね。でもそれも欲しい」
「サニタリー用もはじめたよ」
「ほんとに! わたしもあなたたち見習わなくちゃいけないわ。個人事業主、知識をアップデートしていかないと、どんどん流行に遅れてしまうからね」
 それを聞いて、そうだ、と思い出し、ママに尋ねる。
「わたし簿記を覚えたいんだけれど」
 ママが一瞬立ち止まり、ああ、と言って答えてくれる。
「ショッピングもはじめるんだったわね。動画でいいのがあるから、URLをスマホに送っておくわ。テキストも持って行ってあげる」
「サンキュー」
 わたしは、汗まみれのバッグをひとまず、乾かすためにハンガーにかける。
「そういえば問屋街のカフェで自転車屋のおばちゃん、ていうかおばあちゃんか。見かけたよ」
「ああ、サイクルオートさんの。元気になったのね」
「病気でもしたの?」
「ううん、旦那さんをおととしかな、亡くされてね。まあその旦那さん、おじいちゃんはずっと寝たきりでお店に出ていなかったからわたしもよくは知らないんだけれどね」
「ふうん。そうなんだ」
 わたしは、それ以上その話を続けることをやめてしまった。
 広げていた布地を集めて、部屋に引っ込む。
 おばあちゃん、旦那さんを亡くして寂しかっただろうな。でも、長く連れ添ったのに、数年で、もう恋をしているなんて、なんか、なんだろう。少し、もやもやするな。
「うーん、いいのかな。いいんだろうな」

 わたし、将来を考えるとき、隣にいるのはいつも冬夕だ。同じアトリエで制作に励み、同じマンションにいっしょに帰る。
「夢、かなあ」
 もし、冬夕が死んだら、きっと誰とも結婚しない。そう思う。そういう風に考えることって、若さ、アオハルってやつなのかな。
 アトリエから離れた場所も想像する。そこは砂漠で、わたしたちはブルカを巻いている。冬夕が現地の言葉で、女の子と話をしている。きっと社会貢献の活動をしているに違いない。わたし、その場所で役に立ってる?
 でも、わたし、役に立たなくても、冬夕とずっといっしょにいたいんだ。ずっと一途でいたいんだ。
 そうじゃない自分は、なんだかちっとも自分じゃないような気がする。
「わたし、冬夕が好きだなあ」
 ベッドに横になる。
 明日も冬夕に会う。

 トントン。ノックの音。
「どうぞ」
「こんにちは、スプスプのふたり」
「こんにちは、まどかちゃん」
「今日は採寸するけれど、いい?」
「うん。練習を終えて、シャワーも浴びてきました」
「じゃあ、わたしと家庭科準備室で採寸をしましょう。ショーツの方も念のため測っておきたいので、それもお願いできる?」
「うん、大丈夫」

「じゃあ、よろしくお願いします!」
 採寸を終えて、小笠原まどかは去ってゆく。
彼女を見送ったわたしたちは早速ミーティングをはじめる。
「うん。トップとアンダーの差はほとんどなかった」
「予想通りだね。問題ないよ」
「そして、ウエスト、すっごく細い」
「それも予想通り」
「羨ましい」
「へえ。冬夕がそんなこと言うなんてめずらしい」
「だって、この間のブルーデイズで2キロも太ったんだよ!」
「すぐ痩せられるよ。だって、これから鬼のよーに作らなくちゃいけないんだから。制作の間はお菓子禁止だし」
「え? 雪綺のママのスコーンも」
「そう。だって、生地に脂がついちゃったら最悪じゃん」
「そりゃ、もちろんそうだ」
「頑張って作ろうよ」
 わたしがこぶしを突き出すと、おあいそ程度にちょこんと返す冬夕。
「でも、頭脳労働にはおやつ、必要だよ」
「そう言うと思って用意しました。じゃん!」
「あ、なつかし。ラムネじゃん」
「そう。このラムネはブドウ糖90パーセントなので、直接脳に働くらしいんだよね。手も汚れにくいし、いいでしょ。でも食べすぎるとやっぱりお砂糖だから太るらしんだけれど」
「わたしわあ、スイーツ、がいいな」
「つべこべ言わない。夏休みがあっという間に終わっちゃうぞ」
「はいはーい」

 そこからわたしたちは、怒涛の制作期間に入った。夏期講習と宿題の時間をのぞけば、ずっとミシンと格闘していたと思う。夏期講習のある時は学校の家庭科室で。宿題をこなさなくてはならない時は、おのおの自宅で。講習も宿題も取りこぼしのないようにしっかりとこなした。
 親の視線に対して、堂々と制作をしていたいということはあるのだけれど、わたしは、やっぱり冬夕の存在が大きいかな、と思う。
 彼女は本当に頭がいいのに、わたしと付き合ってくれている。分からない問題があっても、分からない、ということでわたしのことをばかにしたりしない。
「分からないっていうのは大事だよ。だって、それはすでに分かりそうな気配があるってことだもんね」

 わたし、夢みたいなことを考えていたけれど、やっぱり冬夕の横にずっと立っているのは難しいんだと思う。いつか彼女の手を離し、世界に羽ばたかせてあげないといけないと思う。
 そのきっかけに、スプスプは必ずなると思っているから、わたしは、このことを一生懸命に頑張ろう。頑張ってがんばって、世界がいち早く冬夕を見つけるように。そうなった時、笑って送り出せるように、わたしも冬夕のような知性を身につけよう。

 夏休み後半になっても陸上部は活動を続けていたので、その日に合わせて登校し、フィッティングとお渡しをすることにした。

「こんにちは。スプスプのふたり」
「こんにちは、まどかちゃん。早速試着してもらえるかな」
 家庭科室準備室に入る、冬夕と小笠原まどか。今回も設計自体は冬夕が担当し、わたしは素材と色合わせ、細かな装飾の作業を行なった。メッセージの刺繍は冬夕が担当。
 ほどなくふたりが戻ってくる。小笠原が、なんだかびっくりしたような顔をしているのが気になる。
「どうだった?」
「うん、あの……。素敵。素敵過ぎて、普段に着けること、できない」
 あ、そう思うのか。
「でも、でもね。今度、新人戦が秋に行われるんだ。その時に、必ず着ける。とても体にフィットしていて、すごく早く走れそうな気がする」
「うん。まどかちゃんが輝けるように願いを込めて刺繍もしているから、あとでそれも見てみてね。
 ところで普段使いにするには、やっぱり、ちょっとお値段高いかな?」
 冬夕の問いに小笠原は、はにかんで、うーん、と言う。
「そう、だね。何着も、とか練習用、とかにはやっぱりもったいない。あ、でも、高いっていうよりも、特別って感じがするの。ファストファッション? とかそういうのとは違う、わたしのもの、という気がするの。
 だからね、とても嬉しいんだよ。特別な時に着けるね。きっとまた注文するね!
 ほんとうにありがとう、スプスプのふたり」
 小笠原は、もう一度準備室に入り、着替えをする。やがて、ブラとショーツの入った袋を大事そうに両手で抱え、頭を下げて、帰ってゆく。

 わたしたちは、残されて、少し複雑な気持ちになっている。
「普段使いして欲しいと思うけれど、でも特別って言われると、それはとても嬉しい」
 冬夕は嬉しそうにしているけれど、まだ何かを考えているようでもある。
「ブランドのラインをいくつか作ったらいいのかな?」
 わたしは軽く提案をしてみる。
「うーん。わたしは今の路線でいいような気がしているよ。いつか特別を普段使いするってところまで持ってゆけたら理想なんだけれどね。
 わたしたちは、もう自分たちの手作りのものしかつけていないから、特別感はないけれど、その意識って大事なのかも。
 これは今後の課題として、引き続き検討してゆくことにしましょう。オンラインショップの時のサイトの作り方の参考になるね。
 あ、それと、わたしちょっと調べてみたんだけれど」
 そう言って冬夕は新書とスマホをバッグから取り出す。
「まどかちゃんが、生理来ていないって言ってたじゃない? それで病気だと嫌だなあと検索してみたんだけれど、確かにそういう病気はあるみたい」
「そうなんだ」
 わたしは、体がきゅっと縮こまるのを感じる。
「命に関わるわけじゃないけれど……。ううん、でも本当は命に関わるの」
 冬夕はめずらしく爪を噛む仕草。
「次の命に関わるの」
「次の命?」
 次の命ってなんのこと?
「うん。もしかして、出産が難しくなるかもしれない」
 ああ、と思う。それは、確かに命に関わることだ。
「なるほど、それなら、やっぱりちゃんと伝えた方がいいんじゃない」
「でもね、ことはそう簡単じゃないんだよ。
 トランスジェンダー、ざっくり言えば自分の性自認と体が違う状態のことなんだけれどね。そういうことが起きているかもしれないの。極端な事例で言えば、もしかして、卵巣じゃなくて精巣があるのかもしれない」
 わたしは、えっ、と思い冬夕の目を見る。
 冬夕はうなずいて続ける。
「うん。それなら普通は分かるよね。でもね、性器が外に出てないこともあるんだって。そうなると、完全にわたしたちの手に負えないことだよね。
 まどかちゃん、いずれにしても婦人科受診した方がいいと思うから、今度注文くれた時にさりげなく伝えようと思っている。
 もしさ、結婚して子ども出来ないって知ったらショックが大きいと思うんだよね」
 わたしは黙ってうなずく。うなずきながら、とてもとても不謹慎なことを考えていた。わたし、子ども、欲しい? 冬夕は、子ども、欲しい? わたしたちの将来に子どもって考えなくちゃいけないこと?
「でも、わたし、考えていることがあって」
 わたしは、冬夕を見あげる。
「日本はもっと養子縁組、あ、結婚じゃなくて里親、里子の方ね。その方法が、言い方は軽くなっちゃうけれど、もっともっとカジュアルになったらいいと思うの。特に子どもを預ける側の方の話になるんだけれど。
 子どもを、やっぱり育てられなくて虐待するっていうのは、なんか、価値観のせいだと思っているの。母は聖母たれ、みたいな思想。そうじゃなくていいと思うんだ。男性が育児にもっと参加すべきだし、もっと社会が優しくていいと思うんだ。
 つまずきには寛容に。
 差別は看過しない。
 なんかいいスローガン見つけなくちゃ」
 まぶしい、まぶしい、まぶしい。
 わたしは、突然、泣きたい気分になる。
「雪綺、どうした?」
 わたしは冬夕に抱きつく。
「あんまり、遠くにゆかないで」
 冬夕はしばらくじっとしていたけれど、そのあと、ゆっくりとわたしの髪をなぜる。
「わたしは、遠くにゆく」
 わたしの目から、涙がこぼれてしまう。
「雪綺もいっしょよ」
 冬夕は優しい。でも、その優しさはわたしにとって厳しい。
「泣かせちゃった。ごめんね。おわびにアイス、おごっちゃうよ」
 わたしは、グズグズの鼻をすすり、冬夕に刺繍してもらったハンカチで涙を拭う。
「……トリプルスクープ」
「了解」
 ペナントを仕舞い、行きつけのアイスクリームショップ「ムーン・コーンズ」に向かう。
 いっしょに、いっしょに。
 いつまでも、いっしょに。
 わたしたちは、手を繋いで校門を抜ける。
 閉門の時間、たくさんの視線。学年主任の視線。
 だけど、誰もわたしたちに声をかけない。かけられない。
 冬夕はとても厳しい顔をしている。
 わたしは、冬夕の手をぎゅっと握る。
 冬夕もわたしの手をぎゅっと握り返す。
 戻ることのできない季節を過ぎた、と思う。
 わたしは、冬夕の隣にふさわしい自分でいたいと願う。
 まぶしい、まぶしい、まぶしい。

( Ⅱ. Sparkle! 終|Ⅲ. Shooting!  へ続く)


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<参考文献>

上谷さくら 岸本学 「おとめ六法」

森山至貴 「LGBTを読みとく」

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