「環境のせいにしない」は偉くない
私が常に心がけている考え方の一つに「全て自分のせいにする」があります。今回はなぜそう考えるようになったのか、考えてからどんな場面で好転したのかなど、つらつら書いていきます。
その考えに出会ったきっかけは?
私が漫画の中で一番感銘を受けた「東京喰種」という漫画の中での主人公・金木研の言葉です。
"この世の不利益はすべて当人の能力不足"
意味としては、結局最後は自分しか頼れない。 変えられる対象は自分しかいない。 ということに結局は辿り着くということです。 いくら変えたくても、他人を変えることはできないのです。すなわち、他人を変えることに自分のリソースを割くことは無駄だという考えです。
頼るけど、期待はしない
私は周りに頼ることは躊躇なくします。自分にないものを持っている素敵な友人が沢山いるからです。助けを求めることができることが私の唯一の武器だとも思っています。
しかし、期待はしないと決めています。100お願いをして、1返ってきたらラッキー!と思うようにしています。正直みんな自分が一番に決まってる。24時間あって他人のことを考える時間なんて数分なんだからさ。
なるべく多くの物事をコントロールできる状態にする
期待をしない、というと冷たい人だと思われるかもしれませんが、この考えは私にとって幸せに生活するには不可欠な考えなのです。なぜなら、アンコントロールなこと(自分以外の人の行動)に左右されることは、アンコントロールな生き方と同じと言えるからです。
"You can't change other people. You can only change yourself."
カッコよくなるかなと、英語にしてみました(笑)
悩んだ時やネガティブな気持ちになった時にこう考えてみてください。
そもそも今悩んでいる対象は、
「 自分で "変えられるもの"か、"変えられないもの"か 」
この発想を持つことは、想像以上に自分を冷静かつ楽にしてくれます。何度も無駄な悩みを避けることができ、本質的なことに費やす時間を増やしてくれました。運や他人などアンコントロールなもののせいにしてたらまた同じ失敗をする可能性があるから怖いんですよね。それなら自分が動いてリスクを回避したい。
タイトルを"「環境のせいにしない」は偉くない"にした理由はこの考えにあります。「偉い」のではなく、「自分のため」でしかないのです。周りに迷惑をかけたくないのではなく、ただただ自分が周りに左右されて苦しみたくないからなのです。
「怒り→悲しみ」の変換
私は、「全て自分のせいにする」ようになってから、辛い事があっても引きずる事が無くなりました。なぜなら自分のせいなので、私が考えられることとしては「自分の何が悪かったのか、じゃあどこを直せばよかったのか。」しかないからです。そこに、周りの環境が他の人がどうこうなんてことを考える余地はないです。
今までは、失敗したとき「あの時こうすればよかった」, 嫌な事があったとき「俺のせいじゃない、あいつとは合わない」と人のせいにしていました。しかし、この考えを持つようになってから、周りに対する怒りはゼロになりました。自分に関して悩みを持つことは常時ですが、周りに発散されることは完全に無くなりました。原因は自分だという制約があると、意外にも解決策は簡単に出てくるのです。
今まで怒りとなっていた感情は代わりに、悲しみの感情に変わりました。「ふざけんな。」じゃなくて「残念だな。」と。これが果たして自分にとって良いのか悪いのかわからないですけど、とりあえず今はこの考えが楽です。毎日楽しく噛み締められてます