【考察】ガンバ大阪が展開するポジショナルプレー「的な」サッカーと、目的意識【後編】

前編では、欧州におけるポジショナルプレーの流れを踏まえたうえで日本のクラブ・監督がどのようにポジショナルプレーを受け入れてきたのか、簡単に考えてみました。後編では昨季~今季のガンバについて同様に、ポジショナルプレーの妥協という観点から考えてみたいと思います。


ガンバ大阪の目指すサッカーを探る

ポジショナルプレー”的”の内実

結論から言うと、今季見せていたポジショナルプレー”的”なサッカーこそが目指していたサッカーなのではないか、理想と現実のギャップはそれほど大きくなかったのではないか、というのが自分の見立てです。

ポヤトス監督が志向するサッカーはコメントを見ても分かりやすかったと思います。特に目的意識は明確でした。全体のオーガナイズを整えて、ボールとスペースを支配することで、攻守両局面からゲームをコントロールすること。ポジショナルプレーの一丁目一番地です。当然、オープンな局面は好んでいなかったでしょう。
ただしその為の方法論は良く言えば柔軟、悪く言えば選手次第なところも大きかった2年間でした。スカウティングにより相手の強みを消すことには成功していた一方で、自分たち主導で攻めるためのビルドアップ・崩しの戦術はあまり用意されなかった(見られなかった)、故に得点力不足に陥った側面もある、という印象です。
とはいえ、最上位の目的である「安定して勝ち点を積むこと」はある程度達成できていましたし、再現性も低くなかったと思います。そのため、戦略的にはじゅうぶん合格点のシーズンだったのではないでしょうか。

選手起用から見えてくる目的意識と手段の関係性

目的のためには手段にこだわらない、という志向はいくつかの点で見受けられましたが、山下諒也の起用は印象的です。独走のシーンが目立つことから宇佐美と並んで議論の対象となった山下ですが、意外とスピードをコントロールしようとしていた印象がありました。
保持局面においてWGに求められるのは相手DFラインを下げること。最も良いのはウェルトンのように正対しながら押し下げることですが、山下は一度スピードを上げていくらか縦に運んだ後、スピードを落として味方の上がりを待てるシーンが少なくありません。時折話題となる「行ってまえ!」みたいなシーンもあるにはありますが、その話題性と比較すれば組織的に動ける選手だった印象です(逆に山田やアラーノはスピードを上げたらもう二度と戻らない印象)。また爆発的な裏へのランもあるため、相手としては縦・背後を意識せざるを得ません。よって内側のパスコースまで意識が及ばないという副産物もあります。
当然、このプレーは崩し局面では通用しないことが多いので、それはまた別問題として改善したい点ではあります。また、ポヤトス監督含め首脳陣がこういった個人戦術にどこまでアプローチしているのか、というのも気になる点です。ただ、スピードという分かりやすい武器を相手に誇示することで結果的に相手DFラインを押し下げ、最低限カウンターを受けることは避ける、チームのオーガナイズを整えることには貢献しています

昨季中盤戦のジェバリへのロングボールや、両SBの突破力を活かした戦術も同じこと。プロセスは大事でありながらも、目的意識を持ちそのために実現可能な手段を取る。そんな思想が戦術選びや選手起用から見えてきます。

”そもそも”ポジショナルプレー採用の必然性は?

欧州における優位性が日本でも担保されるとは限らない

そもそも、”正しい”ポジショナルプレーを遂行することは、欧州リーグにおけるそれと同じようにJリーグにおいても優位性となるのでしょうか。

前編で触れたように、欧州においてポジショナルプレーが覇権を握ったのには歴史的な背景があり、確固たる理由があります。それに対して、Jにおいてポジショナルプレーが覇権となる必然性は今のところ見えてきません。
欧州においてはポジショナルプレーの対抗戦術としてハイプレス&ショートカウンターが盛んになり、その後はリレーショナルプレーだ…みたいな話になっているみたいですが、そもそも日本には「仮想敵」であるゾーンディフェンスを遂行するチームがほぼありません。対抗すべき相手がいないのです。
その貴賎はさておき、欧州が辿ってきた戦術的な変化が日本ではまだ起きていない(だから遅れている、と言うつもりは決してありません)ため、結局ポジショナルプレーだけを取り入れてもうわべの物になってしまいます。それもまた、失敗の原因なのかもしれません。

サッカー界のマーケット、”正しい”ポジショナルプレー導入のコスト

とはいえ、”正しい”ポジショナルプレーを”正しく”導入すれば、それなりの結果は出ると思います。そういうものなので。だから、やれるならやった方がいいとは思っています。

しかし現実的な問題として、それには相当のコストが必要になるでしょう。例えば希少とされるWGやアンカー、左利きのCB。日本人で人材が不足しているとなれば海外から探してくることになりますが、移籍金や年俸、その他の支出も考えれば簡単なことではありません。
また、優秀な若手・中堅はどんどん欧州へと移籍する時代です。このサッカー界のマーケット動向は今後もそう簡単に変わらないと考えられるので、その穴埋めもし続けなければなりません。非常に難易度の高いミッションです。

なおこのマーケットにおいて「売り手」としての価値を上げるために、欧州と同じ文脈でサッカーをすることの重要性は多くの人が唱えています。これは間違いありません。

金銭以外の障壁もあるでしょう。日本人選手にとっては今までとは違う考え方に触れるわけで、いわゆるアンラーニングは大変なことでしょう。またそれに適切に指導を行えるコーチングスタッフはどれだけいるでしょうか。

ポジショナルプレーからどの要素を抽出すべきか

こういった限界があり、一方で歴史的な違いもあり、日本において”正しい”ポジショナルプレーを導入するコストと、導入により得られるパフォーマンスがどのような関係になっているのかは検証が必要だと思います。

そして、ポジショナルプレーから要素を抽出していく試みもされるべきでしょう。繰り返しになりますが、自分としては戦略レイヤー=目的意識こそが最も重要な要素で、核心であると考えています。

 年間を通した勝ち点を最大化する
  ↑
 ゲームをコントロールする
  ↑
 チーム全体のオーガナイズを整える

おそらく、ここまでは万国共通で目指すべき方向性でしょう。ただ、これを達成するための手段は、もし再現性が高く、サステナブルで属人性が低く、体系化されるのであれば、アレンジの余地はまだまだ残されていると思います。

ガンバのこれまでとこれから

結論

この文章の主題は「ポヤトス監督は、今季のサッカーをするにあたって本当に妥協していたのか」を考察することでした。自分としてはいったん、「NOである」「今季のサッカーは妥協ではなく、目的から逆算して意図的に行ったアレンジである」との結論を出したいと思います。

「宇佐美システム」と編成・育成戦略について

上のように考えた根拠は編成の動きにもあります。先日、神村学園より名和田我空の加入が発表されました。

高校世代随一のタレントで、圧倒的な個の力を持った選手。それが故に、不安の声もありました。ポヤトス監督のサッカーに合わないのではないか、という不安です。

ただ、個人的にはポジティブに捉えています。要するに、「宇佐美」再生産の試みなのではないか、ということです。今季の宇佐美システム(便宜上こう表記します)の戦術上の功罪として一般的に言われるのは
・個のクオリティによる得点機会関与
・宇佐美の自由な動きによるオーガナイズの乱れ
です。その上で今季残した結果を続けていくためには、役割としての「宇佐美」を再生産しつつ、オーガナイズに組み込んでいく必要があります

まだ若くて戦術的に向上の余地があり、かつ高いクオリティを持った名和田なら、育成のモデルケースとできる可能性が高いです。そして名和田も海外移籍を見込んでの獲得でしょうが、ポジショナルプレーの文脈を理解し、かつ技術や閃きを持った選手となれば欧州のマーケットでも希少性・価値は非常に高くなるはずです。更にガンバは堂安や中村敬斗といったステップアップの実績があり、名和田もここに加われば今後も有望な高校生がガンバを選んでくれることでしょう。

またユースからもクオリティの高い選手が継続的に輩出されることが期待されますし、噂によればポジショナルプレーの文脈もある非常に良いサッカーをしているとか。下部組織出身の選手で戦い方のベースを築きつつ、外部からの補強(+数年に一人の天才)で現行のサッカーを続けることができれば、かなり理想と言えるのではないでしょうか。

また、少なくとも来季はベースが残っていると考えられます。だからこそ佐々木のようなハイシーリングな素材に飛び込むこともできるのでしょう。言い方は悪いですが、市場価値が上がりきる前に確保できたのは良かったと思います。

まとめ/シーズン総括と来季に向けて

以上、このnoteを通して、ガンバ大阪の頭の中を想像してみました。まとめると以下の通りです。

  • 今季のサッカーはポジショナルプレー”的”なベースがありつつ、明確な目的意識を持ち、かつある程度のサステナビリティを有したサッカーだった。故に年間を通して安定して勝ち点を積み上げ、目標以上の順位でフィニッシュできた。

  • このサッカーは”正しい”ポジショナルプレーとは異なるものの、日本の環境において合理性の高いスタイルである可能性がある。故にこの再現性を高めていけば、長期的にも安定して結果を残せる可能性が高まる。

  • この視点を持ってタレントを育成することでマーケットの中でも存在感を発揮し、経済的・戦力的にも理想的なサイクルを作れる可能性がある。

とはいえ、長期的にここまで理想的に物事が進むとは考えづらいですし、短期的に見ても改善の余地はまだ高いと思います。例えば、ゾーンディフェンスの練度はより高めていくべきだと思います。そもそも、ゾーンディフェンスの精度を上げればそれだけで「環境」になれる可能性がありますし。先述の通り、さらに上を目指すなら細かいチーム戦術や個人戦術のストックを増やすことも必要になってくるでしょう。
ACLの有無によってスカッドの厚みが変わってくるという事情も分かりますが、ファンとしてはもう少し補強の報道で踊りたい気持ちもあります。有望株だけでなく、ベースを強化する即戦力にも期待してしまいます(天皇杯決勝で顕現した部分でもあります)。

課題はあり、もちろん100%ポジティブというわけではありません。しかし少なくとも自分は、そこまでネガティブになる必要もないと考えています。素人の妄想ではありますが、今季のチーム作りが長期的視野の下のものであったとすれば、このサイクルをぶれずに続けていくことが不可欠でしょう。

来季以降の動きにも注目・期待しつつ、この辺りで締めようと思います。

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