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私たちはものづくり文化の一員である

 私たちは、ものづくり文化の一員です。当たり前のことをなぜあえて主張するのかといえば,技術教育関係者の多くが,技術科という既存の枠の中で発想し,学習指導要領の中だけで考えている現実があるからです。
 学習指導要領それ自体も議論の俎上に載せる学会などの研究団体でも,大きくみれば技術教育という枠に縛られ,技術教育がものづくり文化にいかにかかわり,どう貢献できるのかが語られることはありません。

1 文化に参画するということ

 そもそも,教育という営みは何のためにあるのでしょうか。近代公教育の成立の歴史から考えれば,児童労働問題が起点となって学校という制度が成立したということはわかりますが,それ以前から学校的なものや教育の場は無数に存在していたはずです。
 学校制度や教科という枠があることで,「何のために学ぶのか」という,生徒からの根源的な問いに答えずに私たちは技術教育を語ってきてしまったように思えてならないのです。

 今年の夏に信州大の村松浩幸先生からの紹介で文化庁主催の教職員著作権者講習会で実践発表*1をする機会を得ました。これまでに研究会などで何度も報告してきた先輩の作品を参考にさせて,参考資料を明記させる実践について文化という側面に焦点を当ててまとめ直してみて気づきました。
 生徒たちは,多くの場合,自分が真似をしていること(参考にしていること)に無頓着です。ものづくりを通して学ぶことなしに,自分たちが先人の積み上げた知的財産の上にはじめて何かを生み出すことができることに気づくことはできません。そして,自分が真似をしていることに無頓着な人たちが「真似はしていません。自分で考えました」あるいは「自分たちのオリジナルです」などと語ります。その背景には,自分たちがその文化の一員であって,その文化が発展,進歩するために貢献したいという意識の欠如があるのです。

文化の一員であることを学ぶ

 本当に必要なのは,「真似をしてはいけません」ではなく,自分から「参考にしました」と語ることのできる次世代が育まれることです。素晴らしい作品やアイディアを考え実現した人をリスペクトし,参考にしたと公言*2できる次世代が育まれなければなりません。
 技術科の授業を受けた生徒が,自分たちがものづくり文化の一員であることを自覚するためには,自らが作り手となり何かを参考にして新しい何かを作りだそうとする学びの場が用意されていなければなりません。どんな知識や技能も,それ自体を習得することだけを語るのでは十分ではなくて,文化として次世代に継承され積み上げられていくことに価値があることを経験を通して彼ら自身が自ら体得できるようにするべきです。

2 FABLABに学び補完しあう

 技術は太古の昔から人間社会が脈々と積み上げてきた文化です。異論もあると思いますが,技術を文化的な側面から見ていくと,これからの時代の技術教育の意義を明確に語ることができます。

 私自身はFABLABの方々との交流の中で,決して互いに遠い存在でないことが実感としてわかるようになりました。FABLABの方々がやられているデジタルなものづくりも,ものづくりには違いないのです。確かに中学校現場から見ればどれもレベルの高い取り組みに感じてしまうかもしれませんが,自分の担当している授業の中にも,優れたアイディアを実現しようとしている生徒は何人もみつけることができます。
 私たち教師は,そうした生徒の学びを,評定を出すための材料としか考えていませんでした。学校というシステムの中にいると当たり前に感じてしまっているかもしれませんが,翌年もそのまた翌年も全く同じ学びをした生徒をその間の関係などは何も考慮することなくただ評定を出すためだけに評価してきました。だから,生徒の学びは積み上げられず,ただひたすら同じ授業が繰り返されてきました。

 FABLAB憲章3にはこう書かれています。「ファブラボで生まれたデザインやプロセスは、発明者が望めば保護したり販売することもできる。ただし、それらは個人が学ぶために利用可能なものにしておくべきである。」
 これを技術科で考えてみてください,技術科で生まれたアイディアや作品は,その学校の後輩や他校の生徒が学ぶために利用可能なものにしておくべきということになります。FABLABではクリエイティブコモンズ4というライセンスが使われその成果が共有されています。

 FABLABにはものづくり文化の一員としての自覚のある一部の人たちしか集うことはできません。技術科は,普通教育における技術教育であり,日本全国の中学生全員が履修します。以前に比べれば時間数も少なくなり不十分なものには違いありませんが,私たち技術科教師は全国の中学生全員,いいかえれば次世代に向けて技術を語ることができる立場にいます。
 技術科で学ぶ中学生にものづくり文化の一員としての実感を与えるとするなら,当然その学びや成果は,それに続く誰かが学ぶために利用可能なものとして共有されていなければならないはずです。それは作品展を開催するとか従来からある手段だけということではなく,生徒の優れたアイディアや作品などの学びの成果を,少なくともものづくり文化の仲間たちに向けて広く発信し,アドバイスを得て,さらに次の学びにつなげる場を作り出すということではないでしょうか。

3 ものづくり文化の一員として

 今年8月家族旅行最終日,金沢21世紀美術館を訪れました。凄く楽しみにしていた旅行最終日だったのですが,それなりに面白いものもたくさんあったにもかからず,なぜか現代アート作品のほとんど全てがチープに感じてしまったのです。
 おそらくそれは,直前に輪島で蒔絵を体験し,白川郷でわき水の音で目覚め,その水のやわらかで繊細な味を知り,その水で育った野菜がどんな高級な料理よりもおいしく,合掌造りの建物が当たり前のように風景の一部になっていたからだと思います。
 その土地の風土に育まれ,世代を超えて育まれた技術に,何を参考にしたのか語られることのない現代アートの作品からは感じ取ることのできない何かを感じました。その土地の人の営みや風土に鍛え上げられた技術には,現代アートの作品にはない,重厚な美しさがありました。

 私には,伝統というと,古来からある方法を守るとか,固執するという負のイメージしかありませんでした。46歳でようやく気づきました。何かを参考にするということと,伝統を大切にするということは,同じことです。
 「参考資料を明記することで,その文化に参画する」自分で書いたこの言葉が,自分に突き刺さります。自分は参考にしているのに,参考にしていると自覚できていませんでした。だから,その文化の一員であることに無頓着で,その文化の発展のために貢献しようとする意識がなかったのです。

 私たちのものづくりは,ものづくり文化の一部であり,一部でしかないのだと思います。
(この記事は、2016年10月に別の場所に掲載した記事を転記したものです。)

Maker Faire Tokyo 2016 技術教室グループの展示

参考資料

*1 作り手の立場から知的財産を考える ~参考資料を明記することで,技術室文化に参画する生徒たち~
  つくば市立竹園東中学校 川俣 純 平成28年度教職員著作権講習会8月18日(木)

*2 フリーカルチャーをつくるためのガイドブック ~クリエイティブコモンズによる創造の循環~ 
  ドミニク・チェン,2012,フィルムアート社,\2200
  pp8-pp40には,近年のインターネット上でのフリーカルチャーの考え方が示されています。

*3 Fab Charter(ファブラボ憲章) http://fablabjapan.org/fabcharter/
  FABLABは,この憲章に同意するあらゆる団体,個人によって運営されています。

*4 クリエイティブコモンズJAPAN https://creativecommons.jp/
特にCC BYというライセンスは,利用したことを明記するだけで利用可能です。教育利用が広まることが期待されます。

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