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テフロンのフライパンが日本の家庭料理をまずくする?

はじめに

実家のフライパンは鉄製、中華鍋はステンレス製です。自分が生まれるよりも前のものらしいので、どちらも30年間は使っているはずです。もしかすると40年くらい使っているのかもしれません。最近、中華鍋の片方の取っ手が壊れてきた(※広東鍋で取っ手はプラスチック製)のですが、それでもまだ使っています。

鉄製の調理器具の利点は「長持ち」といわれますが、それは実体験からも間違いないでしょう。フッ素加工(テフロン)のフライパンは耐用年数が2年程度であり、理想的な品質を維持するためには1年ごとに買い替えるくらいがよいそうです。対して、鉄製は鉄板部分の焦げ付きを、再生処理をすればもとに戻るので、手入れをすれば理論的にはほぼ無限に使えますし、一般家庭でそこまでの手入れが必要になるほど使うことも、短期的にはあまりないような気がします。しかし、ゆがみが生じたり、取っ手が壊れた場合の修復は困難なので、その場合は買い替えることになるはずです。

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鉄のフライパン(実家の古いもの)で作ったハンバーグ

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ハンバーグを調理した後の鉄のフライパン(実家の古いもの)の様子

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豚肉を炒めるステンレス製の中華鍋(実家の古いもの)の様子

大学時代と就職後に地方勤務をしていた時期は設備の都合により、貧弱な調理器具(IH卓上調理器+安物のテフロンのフライパンなど)で過ごしましたが、そもそもの火力も貧弱だったので、それなりのモノしか作りませんでした(転勤でレオパレスに住んでいた時は、ラジエントヒーターで地物のサザエを焼いてみたりしました)。余談ですが、IH調理器具と普通の圧力鍋を組み合わせて、今はやりの電気式圧力鍋のような使い方もできました。直近は実家に帰っており、上述の調理器具で料理を作っていました。個人的に、作って楽しい料理は中華料理とイタリア・フランス料理です。

それが変わったのが結婚でした。現在の住まいは、都市ガスの3口コンロ(すべてSIセンサ付き)が付いており、設備も良好。そこに、妻が買いそろえたものが、取っ手が取れるテフロン加工のものでした。

妻曰く、鉄製は使ったことがないが、取っ手が取れるものは、冷蔵庫への収納などでとても便利とのこと。けれど、都合により妻の引っ越しまでにはタイムラグがあったので、しばらく1人で住むことになり、自分が料理をする際に、これらを使うことになりました。

――なおここで書いている話は、単に料理が好きな一般人が個人の事情を書いた話で、プロの調理師の見解ではなく、プロの現場の話ではありません。また、個々の家庭によって設備が違うのは当然なので、書いてあることがすべての家庭に対して当てはまるわけではありません。

違和感と物性

そして人生で初めてフッ素加工フライパンで真面目に料理をすることとなったのですが、……うまくいかないのです。どう上手くいかないのかの説明は非常に難しいのですが、直感的に火の調整ができないのです。自分の調理方法が下手すぎる可能性もありますが、その後実家に帰って調理をしてみて、普通に美味しくできたので、そうではないと考えました。

テフロンを使った第一印象は、火が材料に届かない感覚です。ガス火と調理面の間に、何か膜のようなものが存在していて、火が届くのを邪魔しているような感覚です。次に感じたのは、温度が保たれない感覚。これは、フライパンそのものが温まりにくいわりには、温まったフライパンがすぐに冷める感覚です。鉄製のフライパンと比較したときの感覚なので、両方を使ってない人にはたぶん分からないと思うところではあります。

テフロンを考えたら当たり前なのですが、合成樹脂なので、金属に比べたら熱伝導率が低いのは当たり前です。また、テフロンのフライパンは軽量化のためにアルミ製であることが多く、同じ体積で比較すると熱容量は鉄よりも少ないです。念のために下記にデータを引用しました。

それぞれの比熱容量は以下の通りである
アルミ 0.905(kJ/kg・K)
ふっそ樹脂(テフロン) 0.96(kJ/kg・K)
鉄 0.442(kJ/kg・K)

次に、それぞれの密度は以下の通りである
アルミ 2688(kg/m^3)
ふっそ樹脂(テフロン) 2170(kg/m^3)
鉄 7870(kg/m^3)

また熱伝導率は以下の通りである
アルミ 237(W/m・K)
ふっそ樹脂(テフロン) 0.24(W/m・K)
鉄  80.3(W/m・K)

※比熱容量、密度、熱伝導率は株式会社センスビーの資料に依拠した
http://www.sensbey.co.jp/databench/menu/property.htm

ここで、比熱容量と密度について、アルミとテフロンの物性は似ているので、簡単のためにテフロンを無視します。同じ形のフライパンを鉄とアルミで作った場合、重さは鉄:アルミ=7870:2688、比熱容量は0.442:0.905であるから、同じ大きさあたりの熱容量は鉄:アルミ=3479:2433くらいの差があります。つまり、アルミ製のフライパンは鉄の70%くらいの熱容量しかありません(余談ですが、ステンレスの場合は鉄と比較して比熱と密度はほぼ似ており、熱伝導率のみが劣ります)。

つまり、テフロンのフライパンの物性は、熱伝導率に優れたアルミを心材としているので、アルミ部分には熱が伝わりやすいものの、その周りに熱伝導率が著しく低いテフロンがコーティングされている状態です。熱容量については、鉄の70%しかない状態です。つまり、実質的に、テフロン加工のフライパンは、表面的には熱伝導率が低いために熱しにくく、アルミ部分は熱容量が少なく熱伝導率が高いので、全体として冷めやすい状態だと考えられます。

テフロンの撥水性・撥油性・耐熱温度

次に、テフロンのフライパンで調理するときの感覚ですが、油がなじまないのです。調べたところ、テフロン固有の性質だとわかりました。テフロン加工の特徴がずばり、水と油を両方ともはじく性質であり、どちらもなじまないようにできているということでした。そして、この性質こそがコゲ付きを防ぐ原理であることもわかりました。つまり、調理面に油がなじまないのは「仕様」だったのです。

さらにフッ素加工の素材そのものの耐久温度が低いこともわかりました。フッ素加工の耐久温度は250度です。従って、強火での料理や下処理ができないのです。

つまり、鉄のフライパンで当然に行う、高温で鉄表面の水分を飛ばす→鉄肌に油を吸着させる、という工程ができない(不要である)のでした。従って、投入した食品に対して高温の油を絡ませて調理しようにも、調理器具にまんべんなく油が付いているという状態を作ることができません。

つまり、油と食材がまんべんなく絡まれて炒められる/少ない油で表面が加熱されるという状態にならず、テフロンでは油と食材が一緒に煮込まれるような状態となるようでした。

まずい野菜炒め

ここまで示してきた情報をもとに、テフロンのフライパンの特性を整理するとこうなります

・250度以上に加熱できない(高温調理が不能)
・調理面を油でコーティングすることができない(油と食材をよくなじませることがしにくい)
・熱伝導率が悪い(熱しにくい)
・熱容量がすくない(食材を投入すると温度が下がりやすい/温度ムラが起きやすい)
・油を使わなくても表面に食材がくっつかない
・焦げにくい

つまり、「焦げにくい」「油を使わないで済む」という利点以外は、特定の料理をするときにかなり不利なのです。

この点で一番困ったのが中華料理でした。しかも、中華料理というのは、辣子鶏とかそういう家庭料理でなじみの薄いものではなくて、単なる「野菜炒め」がその最たるものでした。

どういうことかというと、上記の特性のせいで、野菜に火が通りにくいのです。熱伝導率も熱容量もどっちも少ないうえに、空焚きができないのでフライパンが十分に熱い状態にすることができず、野菜を十分な熱で炒めることができません。しかも、あらかじめ油にニンニクやショウガあるいは唐辛子などの香りをうつし、それを野菜にからめると美味しくできるのですが、素材が油をはじくので、それもできない(やりにくい)のです。

つまり、八方ふさがりです。

従って、テフロンのフライパンで野菜炒めをしようとすると、中国の料理方法を家庭に応用したような、なんちゃって中華の調理方法ができないのです。自分は、創味シャンタンDXとかを投入しても、どう頑張っても、おいしく作ることができませんでした。……もしかすると可能なのかもしれないけれど、少なくとも自分には考え付きませんでした。

テフロンのフライパンを使って、おいしい野菜炒めが作れるという人(Yahoo!知恵袋などを見ると、テフロンでも美味しくできるという投稿があった)については、心底尊敬しますし、何か全く違う調理方法をしているのだろうか、と思います。

まずい目玉焼き

もう一つ衝撃的だったのが、テフロンのフライパンでは目玉焼きが上手く焼けないことでした。正確に言うと、おいしく焼けないのです。

おいしさの基準は人それぞれなのでなんとも言えないのですが、自分がテフロンのフライパンで作った目玉焼きは、電子レンジで卵を加熱したような印象を受けました。確かに火は通っているのですが、どこか人工的な火の通り方というか、うまく言えないのですが、炎で調理されたような味になりません。油のうまみが問題という話もあったので、油を多めにしいてもダメでした。テフロンの表面上で、油と一緒に茹でられた卵、みたいな印象です。

鉄のフライパンで作った場合は、油を多めに引いたうえで水を入れずに卵を焼きます。すると、卵の底面はカリカリになり、卵本体はやわらかく仕上がります。高温で調理すれば半熟に、低温で調理すれば硬めにもできます。

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テフロンのフライパンで作った目玉焼き

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鉄のフライパンで作った目玉焼き

テフロンが得意な料理と苦手な料理

ここまで2つの例を挙げてきました。ですが、おそらくこれはフェアな話ではありません。野菜炒めにしても、目玉焼きにしても、テフロンのフライパンにとって苦手な料理だったと思うのです。つまり、先に紹介した物性に沿わない料理だったのではないかということです。でなければ、プロの料理人の世界でも、野菜炒めや目玉焼きの作成にテフロン加工の素材がもっと使われるはずでしょう。

もう一度、テフロンの特性を下記に記載してみます。

・250度以上に加熱できない(高温調理が不能)
・調理面を油でコーティングすることができない(油と食材をよくなじませることがしにくい)
・熱伝導率が悪い(熱しにくい)
・熱容量がすくない(食材を投入すると温度が下がりやすい/温度ムラが起きやすい)
・油を使わなくても表面に食材がくっつかない
・焦げにくい

テフロンの最大の利点は最後の2点、くっつかない、焦げにくいことです。そして、上から4点、すなわち、高温調理不能、油のコーティング不可、低い熱伝導率、低い比熱、これらの要素が問題にならない調理に使えば非常に有用なのではないでしょうか。

では、テフロンの利点が生かせる料理とはなにかを考えると、それは、汁気の多い料理、煮込み料理や、ソースの作成、あるいは、中低温で焼く料理なのではないかと考えられます。自分はあまり西洋料理に詳しくはないのですが、少なくともソース類を作った際は、焦げ付きにくいので便利だなと思いました。それから、少量の油で表面を軽く揚げる、例えば少量の油でフリットを作るような料理にも向いているかもしれません。

しかし、先に挙げたような、高温の油をなじませるような料理については、かなり厳しいのではないかと思います。しかも、日本の家庭料理は、かなり中国的な料理方法が浸透していて、なんとか炒めの類は、テフロンのフライパンにとって、かなり難易度の高い料理なのではないかと思われます。また、熱容量が大きい素材で強火で熱する料理、例えば焼き肉もあまり得意ではないのではないかと思われます。

だから、「野菜炒めがまずい」というのは、実は料理の腕前が悪いのではなくて、調理用具がそもそも炒め料理に適していないだけのことも、わりとよくあるのではないかと思いました。なので、テフロンのフライパンで美味しい野菜炒めを作っている人たちはすごいと思います。

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テフロンのフライパンで鶏むね肉を低温(100度程度)で揚げている様子

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テフロンの鍋でステーキソースを作る様子
(生ラッキョウ(エシャロットの代用)を赤ワインで煮ている)

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テフロンの鍋で蕗の煮つけを作る様子

鉄の調理器具の強み

そういうわけで、メニューによっては、どう頑張ってもおいしい料理がテフロンの調理器具で作れなかったので、結局、鉄製のフライパンと、鉄製の中華鍋を買いました。

最初、妻は調理器具が増えるということで反対したのですが、結局自分が作った料理を食べた所、納得したようでした。

とくに妻に好評だったのは、焼き肉と焼き野菜でした。SIセンサーが反応するまで加熱したフライパンに、油をうすく引き、強火で焼き肉用の肉と、切った野菜を焼いただけのものです。

SIセンサーは250度で反応するので、テフロンのフライパンなら壊れる温度です。また、調理中はセンサーを解除しました。煙はめちゃくちゃ出るものの、換気扇に頑張ってもらいます。自分のフライパンは厚さが1.6mmという普通のもので焼き肉店の鉄板よりは熱容量が低いので、加熱を強めにしていました。

こうして作った焼き肉は、店で焼いた肉とは違うものの、テフロンで焼いたものとは全く違うものになります。テフロン加工のフライパンの場合、強火で加熱するとフライパンが壊れるので、強い火加減で焼くことができません。しかし、鉄のフライパンで焼いた場合はお店の焼き肉にかなり近くなります。

鉄板焼き肉

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鉄のフライパンで肉を焼く様子
肉の油が油煙となっている
右手に見える布は濡れた雑巾

つぎに、中華鍋ですが、形も素材も全く違うので、炒めものの作りやすさが全く違うし、火の通りも全然違うものが出来上がりました。テフロンではどう工夫してもおいしく炒められなかった野菜炒めについて、ものすごく楽に美味しくできました。

一般的なレシピサイトなどを読むと、おそらくテフロンのフライパンを前提にして、野菜をあらかじめ茹でる(湯通し)とうまくいくなどと書いてありますが、中華鍋の場合は別にそんなことをせずとも、適切な順番で具材を順次投入し、適当に炒めるだけで火が通りますので、楽です。自分は途中で蓋をして蒸し焼きにしたりすることもありますが、人それぞれだと思います。

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鉄の中華鍋で適当に作った地三鮮(野菜炒めのようなもの)
ジャガイモをレンチンすることと、投入の順番を間違えなければ
別にそれぞれの素材を別途油通しする必要もない

調理器具の一長一短

ここまで、どちらかというと鉄の調理器具寄りのことを書いてきてしまったのですが、もちろん不利な点もあると思います。テフロンのフライパンの利点の裏返しで、鉄の調理器具はちゃんと下処理をしないと食材がくっついて、焦げます。乾煎りする場合を除いて、毎回水分を飛ばしてから油を引く必要があり、油を使わないということが基本的に存在しません。つまり、油を使わない調理方法というのがほぼ不可能なのです

また、調理後も簡単な手入れが必要です。料理が終わったら皿にうつし、たわしで洗い、その後に加熱して水分を飛ばす必要があります。これを放置していると錆びます。錆びた場合は、錆びた部分をやすりで削ったりして、強火で加熱する必要が出るので、SIセンサーが主流の家庭ではなかなか難しいことになります(ガスバーナーを使えば対応できます)。自分は、一度すき焼きを放置したら持ち手の所が錆びました。

さらに、メーカーによっては、最初に表面保護剤を焼き切る必要があり、これはSIセンサー付きのコンロでは処理ができず、ガスバーナーを用いる必要が生じたりします。自分の買ったフライパンは仔犬印のものでこの処理は不要でしたが、中華鍋は山田工業所のものにしたので、ガスバーナーで被膜を焼き切る必要があり、結構大変でした。

また、実際の調理でも、ソース類を作るときに焦げ付くことや、煮込み料理の焦げ付きやすさなどが違うので、こういうものはテフロン製の調理器具のほうが合理的なのだろうなと思います。

けれども、例えば中国の検索サイトBaiduで「炒鍋」(中国語で中華鍋のこと)で画像検索すると、多少はテフロン加工のものが出ますが、多くは、鉄製またはステンレス製のものが出て来ますので、中国では鉄製が一般的なのだろうなとも思いますし、中華料理を作るのには、やっぱり鉄製の調理器具の方が一般家庭でも合理的なのかな、と思いました。

長々書いてしまったのですが、テフロンが直接的に日本の家庭料理すべてをまずくしているわけではないと思います。けれども、中華料理に近い料理については、テフロン加工の物性からして、美味しくつくるのは、かなり難しいような気がしています。また、繰り返しになりますが、日本の家庭料理には、中華料理に似たメニューが浸透しているので、テフロンだけで日々の料理を作るのは、かなり難易度の高いことなのではないかと思います。

そのため、簡単に美味しい料理を作りたい場合は、料理に応じて、敢えて鉄製の調理器具も使ってみると、料理が楽になるかもしれない、と思いました。

少なくとも自分は、テフロンの調理器具だけでなく、鉄製の調理器具も使うことで、日々の家庭料理はとても簡単に、自分で食べて満足するくらいにはエンジョイしています。

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麻婆豆腐を作る様子
底面をあえて焦がして風味をつけているが、
その後お湯を沸かしてタワシでこすればきれいになる

アフィリンク

有料Noteにはしないので、もし鉄製の調理器具に興味があったら下記からぜひどうぞ。下記のフライパンは、被膜を焼き切る必要がないのでそのまま使うことが出来ます。もちろん、使い方はテフロンとは全然違うので注意してください。そして何より、使い方はテフロンとは全然違うので注意してください(大事なことなので2回言いました)。正しい使い方は自分で調べてください。


文:あしやまひろこ
東京にある会社で社会研究(シンクタンク部門)や広告関連業務に従事する埼玉県民。また個人事業主として各種活動も実施。北関東の大学で哲学(宗教と社会学)を学んだあと、現在は社会人大学院生として通信で文化人類学を勉強中。ライフワークとしては、各種調査・研究・開発および文筆活動、装いと女装の研究や、香りの研究と開発、バーチャル文化へのボランティアなど。趣味は料理。

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メール hirokoas★gmail.com ★を@に直してください

注記がない限り写真はすべて筆者撮影
※テフロンはケマーズ社の商品名ですが、こんにちの日本においてフッ素加工のフライパンは一般的にテフロンのフライパンと呼称され、またテフロンを用いたフライパンも多く流通していることからタイトル及び文中においてテフロンという書き方をしている部分があります


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