身体感覚、そして女装(くとの/女装と思想 Vol.9)

筆者紹介

くとの
1977年愛知県生まれ。「作る」ことで本業の学問を拡張・進化させようと考えている。本業は思想系の研究者。初音ミク電飾ウェディングドレスに端を発する「作る人文学」をニコニコ学会βやMaker Faire、ニコニコ技術部などで発表。ニコニコ学会βでは運営委員長を務め、2017年4月に文部科学大臣表彰科学技術賞(理解増進部門)を受賞。
本務校では、ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンターの協力教員でもある。その仕事でテレビ等に出る機会も増え、意外なところで知られているらしい。
Twitter: @chthono E-mail: chthono@ジーメール (ジーメールをGmail.comに置換してください)
 Web: http://www.chthono.net

本文

(『女装と思想』Vol.9 pp.34-43 より一部修正の上転載)

『女装と思想』――考えてみれば、かれこれ六年近く続いている不思議な同人誌だ。以前にインタビューさせて頂いた三橋順子先生も、女装をテーマとする今や貴重な資料だと本誌を評してくださっている。本誌は例えば女装コミュニティの会誌というわけではないから、何か「定番コンテンツ」があるわけではない。その時その時に「熱い」話題を扱ってきたことに、きっと何かの意義があるのだろう。前号のVTuber特集などは、一〇年もしたら、発刊時は時代の先を走りすぎていたものの、ほかの媒体では表に出ていない先鋭的な内容だとして高く評価されるのではないかと、大いに期待している。

私が寄稿してきたテーマも、その時々に私が取り組んできた内容と大きく関わっている。その中で、女装――異性装の中でも特に女装――と発達障害――特に自閉スペクトラム症(ASD)ないしアスペルガー症候群――との重なりが少なくないのではないかということは、第4+5+6号(一六六頁)などで述べてきたことである。

筆者が大学教員として見てきたところでは、この重複はやはり「多い」という実感が強まっている。ここの絡まりを意識することは、大学での(広義の)トランスジェンダー当事者対応において極めて重要なことだ。というのも、周囲との軋轢やアイデンティティの確立をめぐる発達障害当事者――とりわけASD――の生きづらさを「私は体の性と心の性が異なるからこんなに苦しいんだ」と誤認し、それを歪んだ認知としてあたかも自縄自縛のように強化してしまうと、ホルモン投与や性別適合手術といった不可逆な身体への処置を済ませた後で「問題が解決しない、どうしよう」といったことになりかねない。手術を済ませ男性から女性に戸籍変更した人が戸籍を元に戻すよう申し立てたというニュースがあったが、国内でもそのような事例は起きつつあるようだ。

ここでとりわけ懸念されるのは、特にASDではアイデンティティの非典型性をめぐる問題に直面しやすいことと、思考特性によって歪んだ認知を強化してしまいやすいことである。大学生という年代の当事者に関わる上で、これが大きな問題になることは言うまでもない。現在執筆中(と言うより出版社と交渉中の)セクシュアル・マイノリティ支援ワークブックにおいて、セクシュアリティ(性的指向や性自認をはじめとする性のあり方)の非典型性と発達障害の重複を念頭に置いた内容を私が盛り込んでいるのには、そんな理由がある。

もちろん、性別表現の一要素である異性装はトランスジェンダーと別レイヤーの話であって、粗雑にまとめて議論することはできない。それらと感覚過敏/鈍麻との繋がりや、まして発達障害との関連は、現時点で考察の対象になるかどうか自体から本来検討を要するものである。

*     2     *

さて、二〇一九年三月、Twitterで気になるリツイートが回ってきた。臨床心理士・公認心理師であって発達障害支援に携わる村中直人氏のツイートだ。

これには私もはっとさせられ、さっそく意見交換をした。ASDがセクシュアリティにまつわるアイデンティティの非典型性に関わることは前述のように想定していたが、感覚過敏や鈍磨など感覚をめぐる非典型性(以下、まとめて感覚過敏と記す)がセクシュアリティと関わっている可能性は思いもよらなかったからだ。

村中直人氏(@naoto_muranaka)の2019年1月1日のツイート
(https://twitter.com/naoto_muranaka/status/1079909099582582785)

感覚過敏は、ASDの当事者にもADHD(注意欠如・多動症)の当事者にも多く見られる。大学の現場で、本人に自認や自覚はないが発達障害としての対応を要する学生かどうかを確認する必要がある際には、感覚過敏の有無や程度をチェックするのが早いと思われる。実際、筑波大学で発達障害スクリーニングとして多くの新入生に実施している「学生生活困りごと調査」では、この点を指摘して感覚過敏の項目を増やしてもらった。このあたりは、重複の当事者でないと必要性がわからないところではある。

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