「そこら中に現金が落ちているようなもの」 1950年代の朝鮮戦争特需でも問題になった金属盗、なぜまた増えた?

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ガードレール、側溝のふた、水道の蛇口や銅線ケーブル…。どこにでもあるような金属が、カネになる。金属価格が高騰しており、こうしたものを盗む犯罪者にとっては「そこら中に現金が落ちているようなもの」(捜査関係者)らしい。昨年の金属盗の認知件数は約1万6千件。統計を始めた2020年の約3倍である。
 実は、朝鮮戦争特需の影響で金属価格が高騰した1950年代にも金属盗は多発し社会問題になった。その後、被害は減少したはずだが、なぜ今再び増加しているのか。
 被害が全国ワーストの茨城県で取材を進めると、実態や課題が見えてきた。(共同通信=奥林優貴)


茨城県日立市。住宅地が広がる山麓を車で15分ほど走り、木々が生い茂る狭い道を進むと、突如として太陽光発電施設が現れた。山に囲まれた広大な敷地に発電パネルがびっしり並ぶ。昨年3月、この施設に敷設してあった銅線のケーブル計3・9キロメートル(時価約1100万円)が盗まれそうになった。今年になり、カンボジア人の男2人が逮捕、起訴されている。
 施設の担当者に話を聞いた。それによると、男たちは施設の裏にあるフェンスを破って侵入した。異常に気付いた警備員が110番し、警察官が駆け付けた時には男たちの姿はなく、ケーブルが積み込まれた車が残されていた。ケーブルを切断するのに使ったとみられる専用工具もあった。調べると、施設内のケーブルほぼ全てが切断されていた。
 担当者は「もっと警備に投資すべきだった。泣き寝入りしかできない」と肩を落とす。施設を運営する会社は事件後、防犯カメラを増やした。侵入する人を認識し、警報音を鳴らすとともに管理者に通知が届く。ケーブル切断を感知するシステムも導入した。被害復旧と合わせ、費用は約4500万円にも上った。この会社は、福島県や千葉県の施設でも同様の被害に遭ったという。

なぜ太陽光発電施設が狙われるのだろうか。茨城県警によると、立地の特性上、特に夜間は人目につきにくいことに加え、銅を筆頭とする金属価格の高騰で稼げるからだという。非鉄金属大手の「JX金属」(東京)によると、銅の月平均価格は約3年前から高止まり。世界的な脱炭素の流れを受け、ガソリン車に代わって普及しつつある電気自動車(EV)などの用途で需要が高まっている。銅は電気を通しやすいため、電線やEVモーターの素材となっているのだ。2024年5月には過去最高値の重さ1キロ当たり約1640円を記録。価値は4年前の2・5倍以上に跳ね上がった。
 茨城県内の昨年の金属盗被害の認知件数は2889件。うち半数以上を太陽光発電施設が占めている。
 日立市の事件の例で見たように、広い敷地をカバーするための防犯設備を整えようとすると高額の費用がかかり、手が回らない事業者も多い。保険会社から損害保険の加入を断られるケースもあるという。

▽不法滞在の外国人が関与も

 こうした事件に関与したとして茨城県警に逮捕されるのは、不法滞在の外国人が目立つ。
 記者は、日立市の施設とは別の太陽光発電施設で銅線ケーブルの窃盗を繰り返したとして起訴されたカンボジア人男の裁判を水戸地方裁判所で傍聴した。
 検察側や弁護側、男の説明などによると、事情はこうだ。
 男は2019年、日本で働く目的を隠し、観光などを目的とする「短期滞在」の資格で入国した。その後、ブローカーに20万円ほどを支払い、働くこともできる「特定活動」の在留資格を得た。食品関係の仕事に就いたが、夜勤が多く数カ月で辞めた。そのうち在留期限も切れ、2022年2月に入管難民法違反(不法残留)の罪で有罪判決を受けた。
 入管当局に収容されるはずが仮放免となり、帰国を約束した。しかし、帰国はせず滞在を続け「生活費がなくお金に困っていた」。そうしたところに同郷の友人から銅線窃盗をもちかけられ参加した。報酬は1回10万円ほどで、数十件に関与した。
 茨城県や千葉県は、外国人が在留や就労の資格がないまま働く「不法就労」の数も多い。茨城県警は要因として、盛んな農業で人手が不足している点や、成田空港から近いことなどを挙げる。弁護人によると、男の仕事が続かなかったのは、日本語が話せないことも一因。取材に「結果として犯罪に手を染めるしかなかった。早期に母国に帰ることができれば犯罪は防げた」と訴えた。
 男は7月9日、懲役6年、罰金20万円の判決を受けた。

▽金属くず売却、古物営業法の対象外

 盗んだ金属は売却してカネにすることが必要だ。記者は、茨城県や埼玉県で金属くず買い取りを行う「やまたけ」(東京)の茨城県内の営業所を訪れた。

 そこでは、金属くずを積んだトラックが頻繁に出入りし、計量器に車両ごと載っていく。客は従業員に売却品の説明をし、計量結果を確認。一つの取引は数分で終わった。買い取った金属は手作業で仕分けたり、機械でつぶしたりして、敷地内に保管している。この後、再利用のため製錬所などに出荷し、新たな資源に生まれ変わるという流れで、売却後は被害品の特定が難しい。

やまたけでは、盗品売却防止の観点から売り手の身分証の写しを保存しているが、実はこれ、法律で求められているわけではない。
 というのも、盗品の売買を防止する法律として「古物営業法」があるが、そのまま中古品として流通するものを想定しており、売却後に溶かすなどして形を変える金属のようなものは対象外なのだ。それに、古物営業法も「身分証の確認」までは義務付けているが「写しの保存」は義務付けていない。
 そのため、自治体によっては、そうした金属類を「金属くず」と定義した上で、買い取り業を行う際は行政の許可を受けることや、取引相手の身分確認などを義務付けた条例を定めている。
 だが茨城県条例の規定では、身分証の提示がなくとも、売り手から住所や氏名を聞き取るだけでよく、身元を知る人物なら確認も不要。規定が曖昧なため、身分を確認しない業者もあるという。

 茨城県筑西市の別の買い取り業者にも話を聞いた。管理者を名乗る中国籍の男性は、盗品と知らずに買い取ってしまったことがあるという。
 この業者は売り手に身分証の提示を求めていなかった時もあるが、警察の注意に応じ、写しを保存するようになった。身分確認を求めると、やましい理由があるのか、諦めて帰る客が増えたという。「もうかると評判で買い取り業を始める中国人は増えているが、身分証のコピーまで取っている業者は聞かない」と語った。

▽茨城県、条例改正で対応へ

 茨城県警は増える金属盗への対策として、条例を改正する方針だ。換金しにくくなれば、犯罪も減るはずだ。
 まず、身分証の写しの保存まで義務化する。古物営業法より厳しい規定で全国初となる。身分確認を徹底させ、盗品を持ち込ませにくい環境をつくることが狙いだ。最大10万円だった罰金額の引き上げなども検討している。
 
全国の状況を取材したところ、岐阜県では2013年、被害増加を受けて条例を制定。被害の認知件数が昨年、茨城県に次いで2番目だった千葉県でも24年7月に制定された。宮城、栃木、群馬の3県は、共同通信が取材結果をまとめた記事を配信した4月時点で条例の新設予定はないとしながらも「被害が増えており今後検討する」と前向きな姿勢だった。
 ただ、そもそも条例がない県もある。どういうわけだろうか。

千葉県警などによると、朝鮮戦争特需の影響で金属価格が高騰した1950年代にも、金属盗が問題となっていた。当時は電線の盗難が多発し、停電や電話の不通が起きていたという。買い取り業者を規制する条例の多くは当時、整備された。
 その後、経済の安定や価格の下落で被害は減少。条例も廃止が進んだという。取材では、埼玉や愛知、福岡など14県で廃止され、時期は2000年代に集中していた。現在も被害が目立たず、「制定するつもりはない」とする自治体も多かった。

こうした状況について、岐阜県の条例制定にも関わった朝日大の大野正博教授(刑事法)に聞いた。
 既に条例がある自治体については、「茨城県のように近年の被害状況や時代背景に合わせて見直す必要がある」という。
 また、県単独の条例では売却先が近県に流れてしまう懸念もある。被害は関東を中心に広まっているが、1都6県で条例があるのは現在、茨城県と、7月9日に成立した千葉県だけ。「自治体間で足並みをそろえ、広域で対策すべきだ」とも指摘した。

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