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凡豪の鐘 #6


記者1:おいおい、緊急すぎないか?

記者2:まぁな。でも仕方ないだろ。こんなビッグな対談見られねぇよ。しかも生中継だろ?異例中の異例だよ。


鐘音 天先生と井上選手の緊急対談。こんなビッグな対談は他になかった。

井上選手とは、現野球界で最高の選手であり、去年のWBCでも世界一に大いに貢献。来年はメジャーリーグへの進出が確定的であり、予想契約金は日本円で500億円にまで昇ると言われている。実の父親は殺人犯であり、辛い学生時代を過ごすが、その謙虚な姿勢と努力を怠らない姿勢から圧倒的な人気を博している。

鐘音 天。〇〇の実父であり小説家。日本には様々な小説の賞があるが、芥川賞、谷崎潤一郎賞、三島由紀夫賞、江戸川乱歩賞、日本推理作家協会賞、本屋大賞などの賞を総舐め。現在は海外で執筆。外国語での執筆も始め、歴史上最高の小説家と呼ばれている。

なぜこの二人の対談がこんなにも注目されているかと言うと、大半は鐘音天の影響だった。それもそのはず、この鐘音天という男は、最年少18歳で芥川賞を獲った時以来メディアには出ていない。しかもその映像は残っておらず、メディア嫌い、暴言、暴行、不適切な発言など、様々な憶測が立っているがどれも不確定な情報である。


記者1:....どんな人なんだろうな、鐘音天って。

記者2:さぁ....目撃情報とかだと、イケメンやら高身長やら書かれてたけど、実際見るまでわかんねぇよ。

記者1:.....こんな異例の会見とか、編集長好きそうだけどな。なんで来なかったんだろ。

記者2:俺もそれ思って「なんで来ないんですか?」って連絡したけど、まだ返ってこない。

司会:えー.....会場にお越しの記者の皆様、ただいまより井上選手、鐘音天先生による緊急対談を始めたいと思います!

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律:茉央!始まるぞ!

茉央:嘘!? ちょっと待ってやぁ。

律:.....茉央はさ、〇〇の親父さん、どんな人か知ってる?

茉央:見た事もないし、〇〇から聞いた事もなかったなぁ。お母さんは見たことあるんやけど。

律:だよなぁ...あ、始まる。

〜〜

〜〜

スマホに表示されたその文字を見た時に自然に体が動き出していた。


ガチャ


美月:ん?...あ!ちょっと!私の許可した時以外部屋でちゃダメって・・


リビングのテレビには既に会見の様子が映し出されていた。父の姿を見るのは、実に4年ぶりだった。

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パチパチパチパチパチパチ


割れるような拍手に包まれて左の袖から出てきたのは、井上。軽い会釈をしながらステージ中央に斜めに向かい合うように設置されている一人掛けのソファに座った。


会場の全員が井上に目を奪われている、その最中、右袖からのそのそと歩いてくる男がいた。

髪はボサボサで、髭はまばらに生えている。この場に相応しくない、半纏を羽織り、あろうことか煙草を咥え面倒臭そうな足取りでステージ中央まで歩く。


記者1:おい....あれが鐘音天か?ボソッ

記者2:....恐らく...ボソッ


その男は椅子の前まで行くと、手を差し出し井上と握手を交わし、席に着いた。二人にはマイクが渡された。


司会:....えー..では..始めて参りたいと思います。...まずは自己紹介を...


井上:えーと..井上〇〇です。今回はこのような貴重な機会を頂き大変嬉しく思います。よろしくお願いします。


そしてマイクは切られ、もう一方の席にいるマイクにスイッチが入る。


鐘音:...あー....鐘音天だ。よろしく。今日は対談だと聞いていたが....何故こんなに人がいる。うざったらしいな.....。


会場全体に一気に緊張感が走る。その見た目からは想像も出来ない程の重みが肌を伝って訴えかけてくる。


司会:あ、ありがとうございます。それでは...まずはお互いの第一印象から..井上選手、どうでしょう。


こうなったら頼みの綱は井上しかいない。


井上:そうですね。僕は昔から鐘音先生のファンでして...ちょっと興奮が抑えきれないんですけども笑 あの....なんといいますか、本当に嬉しいです。


会場に少し笑いと明るさが戻る。


司会:鐘音先生は、どうでしょうか。


鐘音:....俺はまだ、これが「対談」と名乗っている事に納得していないのだが....まぁいい。俺は井上君のファンでね。だからこの対談を受けたんだ。


なにか一つでも情報があれば記者は書き留めていく。


司会:ありがとうございます。では続いて、何かお互いに質問など、自由にお話し頂ければと思っているのですが....

井上:質問ですか....それはもう溢れる程にありますが...そうですね、鐘音先生は普段どのような生活をしているか気になって笑 

鐘音:生活?笑 面白い事を聞くな笑

井上:まだ何も鐘音先生の事を知らなくてですね笑

鐘音:生活か...まぁなんだ。朝7時くらいに起きて朝飯を食う。早く起きないと妻に怒られるのでね。そして小説を書き、昼飯を食う。そしてまた小説を書き晩飯を食う。その後風呂に入って野球を見てから寝る。とまぁこんな感じの生活だ。


記者は一心不乱に書き留めている。大きな情報といえば、鐘音天は結婚しているという事だ。


井上:ご趣味などは?

鐘音:野球観戦。主に君の活躍を楽しみに見ている。

井上:あはは笑 これは...めちゃくちゃ嬉しいですね笑 

井上:ご存知ないかも知れませんが、僕も小説を出した事がありまして、とても大変だったと同時に楽しかった覚えがあります。鐘音先生はどんなお気持ちで日々小説を書いているのですか?

鐘音:「秘密罪」だろう?あれは良い。君の人生が全て投影されている。 どんな気持ちで書いている...か。

鐘音:んー....無意識。そうとしか言いようがないな。仕事という感覚もないし、嫌に思った事もないな。むしろ書いていないと震えが止まらないんだよ笑

井上:モチベーションなどは?

鐘音:それもないよ。恐らく概念が違う。君達が呼吸、食事、排泄等の日常を過ごすのと同じように、俺は小説を書く。そこにモチベーションもクソもないよ。

鐘音:俺も質問したいのだが、君は日頃何を考えて野球をしている。あんなに辛い学生時代を負ったんだ。俺は君の中を知りたい。

井上:.....僕は....そうですね。野球をしているというより、させて貰っている感覚です。僕がここにいれるのは、周りのサポートや、支えがあってのことなので...その気持ちに応えたいというのが一番ですね。

鐘音:...ほう。


鐘音は立ち上がり、井上の顔を覗き込んだ。


鐘音:取り繕うな。俺は君の芯を知りたい。俺は君の中に眠る狂気を知っている。


吸い込まれるような目だった。井上は少し狼狽えながらも応えた。


井上:.....バレますね笑 本音を言うと....僕は誰にも負けたくないです。僕以外の選手の全てを淘汰してでも頂点を獲りたいんですよ。その為だったらなんだってやります。世間でのイメージが崩れるかもしれませんが...僕は僕である証明をしたい。

鐘音:........あはははははは笑 最高だよ。やっぱり僕は君のファンだ。あー..満足した。帰ろうかな。

司会:.....っあ! ちょ、ちょっと待ってください!まだ・・

鐘音:洒落だよ。


この一連の流れを会場にいる人間は息を呑んで見ていた。記事を書く手を止めるほどに。


二人のやり取りはその後30分ほど続いた。その間も二人から発せられる言葉の重みに会場は打ちひしがれていた。まさに二人だけの空間。対談と呼ぶに相応しい舞台だった。

〜〜

司会:え、えー...いつまでもこの対談を聞いていたいものですが、そろそろお時間の方が....

鐘音:なに!? やはり愉快な時間というのは早く過ぎる。

井上:すみません笑 僕がこの後予定がありまして笑

鐘音:それは仕方ない。では帰るとしようか。

司会:ちょ、ちょっと待ってください。最後に記者の方から質問の時間を設けておりまして。

鐘音:あぁ? ったく...興醒めだ。とっとと終わらせてくれ。


こうも言われては、記者の方も、なんとかこの男から情報を引き出そうと躍起になっていた。記者は一斉に手を挙げ、司会者に当てられていく。


田中:えー、講文社の田中と申します。鐘音先生に質問です。鐘音先生は今までメディアなどにほとんど出られていませんが、何か理由はありますか?

鐘音:理由?芥川賞を獲った時に出た筈だが...仕事の依頼は全て妻が引き受けているからな。恐らく前に出た時に不味いことでも言ったんだろう。

〜〜

佐藤:林講社の佐藤と申します。鐘音先生は現在、多くの賞を総舐めしておられますが、大きな賞の一つである直木賞は獲られておりません。何か原因などは考えられていますか?

鐘音:あ?俺そんなに賞獲ってたのか。生憎、狙って獲ったことはないのでね。直木賞を獲れないということは、審査員の爺い共とソリが合わないんだろう。

〜〜

質問は次第にハードになっていったが、その都度鐘音は上手く躱していった。


司会:えー、次で最後となります。

記者1:週刊アマチです。お二人は才能に恵まれ、今現在第一線で活躍されておりますが、小説家や野球選手を目指す若者に何かお言葉などあれば。

記者2:また、今の世の中はAIが発達し、話題のChatGPTで小説を書いてなどと打てば簡単に作成してくれるそうです。そういった技術革新が目覚ましい現代で「小説家」という職業はどうなっていくと思われますか?


小説家という職業に皮肉とも取れる質問だった。


井上:そ、そうですね....才能....うーん...僕にはそんなもの.....

鐘音:...辟易するよなぁ、この手の質問は。楽しい時間を過ごさせて貰ったお礼だ。俺が答えよう。


鐘音はマイクを取り立ち上がった。


鐘音:いいか。よく聞け。...才能には"鮮度"がある。

記者:鮮度?

鐘音:あぁ、鮮度だ。まぁこれはどっかの爺ぃが言ってた事なんだがな。年寄りになってまで才能という飾りに縋り付いている奴はいない。失われていくものだ、お前達が才能と呼んでいるものはな。

鐘音:後は...若者に何かだったな。そうさなぁ...人には向き不向きがある。今やっている事が不向きだと感じている奴、早く辞めてしまえ。今直ぐに辞めてしまえ。

鐘音:綺麗事は言わない。環境のせいにするな。全てお前が悪い。全ては自己で完結できる。

鐘音:..........だがな、俺がこの世で最も恐ろしいと思う人間がいる。 それは不向きだと認めながらも努力を続ける人間だ。あれは頭がおかしい。どこかネジが飛んでいる。

鐘音:だが、そういう人間が天才を覆すという事はよくある。だからこそ、俺はそんな人間に畏怖すら覚え、同じ種族である事に誇りを覚える。

鐘音:おい、そこの記者。お前は才能とは何だと聞かれたら、なんと答える。

記者2:そうですね....生まれ持った素質、努力では何ともならない差ですかね。

鐘音:だからお前はダメなのだ。

記者2:は?

鐘音:いいか。今から言うことは、挑戦への一歩を踏み出していない者に向けた言葉ではない。すでに一歩踏み出している奴に向けて言っている。一歩踏み出すだけなら猿でもできるからな。

鐘音:才能というのは、努力が足りていない自分を正当化する為に用いた、ただの線引きだ。

鐘音:自ら線を引いて現実から目を背けているだけ。あろうことか、努力を怠らず命を懸けて人生を費やした者にすら、お前らは「努力の天才」などと名前を付けるだろう?努力なんぞ誰でもできることなのに。

鐘音:やらなかった事に線を引くな。努力をした者を理解の外に追いやるな。足掻け、苦しめ、周りなど捨ておけ、この国は協調性という猛毒に侵されすぎている。

鐘音:まぁ.....こんな事を言っても、またお前らは「才能があるからそんな事が言える」「凡人の気持ちを理解していない」などと戯言を並べ、また線を引き身を守るんだろうな。

鐘音:それと...AIだったか?AIなんてもんは人の脳をとうに超えている。

記者2:では、もう小説家は必要ないと?

鐘音:いいや、ある。小説は数学や理科じゃない。正解がないからな。例えAIが小説においての最適解を見つけたとしても、AIにはその先を見つける気はないのだろう?

記者2:最適解があればそれで完結だと思いますが。

鐘音:はぁ.....いいか。最適解は最上の答えではない。妥協点だ。肝に銘じておけ。

鐘音:最後に、お前らは「後悔」という言葉をよく使うなぁ。あれは存在しない。

鐘音:後悔するなんて言葉を使う愚人はな、すでに目的を達成している奴が使う言葉だ。あの時あれをしていなかったら後悔していた、今の自分がいるのはあの時あの選択をしたから.....気持ちの悪い。

鐘音:やらなかった後悔はすぐに消え去る。人間は妥協する生き物だからな。つまり後悔なんてないんだよ。だからこそ挑戦しろ。目的を達成した奴に余裕綽々で背中を押されるなんて情けない。俺はそう思うがね。

鐘音:自分にしかないものを見つけろ。何もなかったら「何も無い」というのがお前の個性だ。


会場は凍りついていた。目に光を帯びて高揚を覚えながら聞いていたのは井上だけだった。


鐘音:すまなかったな。記者に、テレビの前の視聴者。俺は少々他人の人生に干渉するのが好きでね。


鐘音はそう言ってマイクを置き袖の向こうに消えていった。

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記者1:す、すげぇ会だったな......

記者2:完全にしてやられたよ...あ、編集長から連絡来てる....

編集長 天知正義

「対談、テレビで見てたよ。俺が行かなかった意味がわかったろ。鐘音は苦手なんだ。ああいう誤魔化しが効かない人間は記事にしても無駄だよ」


〜〜

〜〜

しばらくテレビの前から動けなかった。何か大きな鉄球で心の髄を思い切り打ちつけられた気分だった。


美月:..............私...決めた。

美月:ねぇ....〇〇君...私...あれ?


後ろを向くと、ルールを破り共にテレビを見ていたはずの〇〇は、すでにそこにはいなかった。

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              To be continued





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