凡豪の鐘 #9
〇〇:全然ダメ。そんなんで女優になんてなれるか!
美月:そんなの言われてもわかんないよ!もっとちゃんと教えて!
〇〇:教えるっつったってなぁ....
〇〇がリビングのソファに座り、その前で美月が一冊の小説を持ちながら騒いでいる。
なぜこんな状況になったかと言うと......
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数分前
美月:女優になりたいの!!
〇〇:はぁ!?
〇〇:じょ、女優?
美月:......べ、別に変なことじゃないでしょ!? 女優になりたいって夢があっても・・
〇〇:待て待て、何も言ってないだろ。
美月:え?
〇〇:なればいいじゃん。なんでそんな恥ずかしがってんの?
美月:っ!....
さも当然かのような顔で聞いてくる。
美月:無理だー....とか、思わないの?
〇〇:あ?なんで思うんだよ。他人の夢を無理とか笑 そんな奴いんのか?
〇〇:てかなに? 他人に夢否定されたら諦めんの?
美月:そ、そう言う訳じゃないけど...
自分の夢の事を人に話したのは片手で収まる程度。だが、こんな反応をされたのは初めてだった。
〇〇:....あー...つまりあれだな?皆んなに好かれたいように見えたのは、演技の練習って訳?
美月:....まぁ....それもあるけど...
〇〇:じゃ、全然ダメじゃん。俺に演技だってバレてる。しかも嫌いな演技って言われてる。そんなんじゃ女優になんてなれないね。
美月:あんたが女優の何を知ってるのよ!
〇〇: 女性の俳優。現在は演劇だけでなく、映画、ラジオ、テレビの女性演技者をも含めて幅広く使われている。演劇の起源を、生活ないしは生産労働と結び付く神事、呪術と関係づけて考えるならば・・
〜〜
〇〇:・・・つーわけで、人気女優になれる確率は....まぁ10万分の1って考えても過言じゃないな。
〇〇は女優についてぶっ通しで10分程話していた。
美月:.......なんでそんな知ってるのよ....
〇〇:何作俳優、女優物の小説を書いたと思ってる。俺はテーマになる主人公の情報を徹底的に調べるからな。
〇〇:で?なんで俺の事引き止めたの?ただ自分の夢宣言する為?それだけならもう・・
美月:.....教えて!
〇〇:あ?
美月は急に俯いていた顔を上げ、〇〇に迫った。
美月:演技教えてよ!
〇〇:は、はぁ!? 何言ってんだよ。俺演技なんてした事ねぇよ。
美月:いつもしてるじゃん!あの小説の中に入ってるやつ!
〇〇:いや、あれは演技とかじゃないから!
美月:誰がどう見たって演技だって!
〜〜
という訳で、演技指導をしないと家に住ませないという誓約を交わされ、今現在、このような状況である。
美月:もー!どうすれば上手くなれるの!?
〇〇:知るか!俺だって俳優なんて目指した事ないし。
美月:.......あの小説の中に入るやつどうやってるの?
〇〇:あれは....んー....わからん。
美月:えぇ.....
ひどく悲しい顔をした為、〇〇も引き下がれなかった。
〇〇:.....あー!もう!わかった、俺が一回見せてやるから!
美月:ほんと!?
今度は満面の笑み。
〇〇:.......演技うめぇじゃねぇかよ.....まぁ、いいや。小説読むの時間かかるから何回も読んだやつに想像で入るから。よく見てろ。セリフ一個だけ言うからな。
美月:うん。
〇〇:よし....ふぅぅ.....
〇〇は目を閉じて深く深呼吸をした。
〇〇: 「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」
美月:うぁ.......
夏目漱石の"こころ" 学校の教科書にも登場する不朽の名作である。「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」このセリフは「先生」という登場人物が親友の「K」に言われた言葉である。
〇〇:.....うぇー....これ結構きついな。
〇〇は自力で戻って来た。恐らく相当読んだのだろう。
対して美月は動けないでいた。理由としては、何か凄いものを見てしまったという実感があったから。所作から何までまさに〇〇は「K」だった。実在の「K」を見た事もないし、いる筈もないが、間違いなく「K」だった。
〇〇:っし....もっかい見てろよ。ふぅぅ....
〇〇は再び目を瞑り、息を吐いた。
〇〇: 「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」
美月:.......やっ.....ば...
"こころ"にはこの台詞が2回出てくる。一回目は「K」から「先生」に。二回目は「先生」から「K」にだ。これは作中において重要な部分であり、名場面とされている。
今、〇〇は「先生」を演じて見せた。
〇〇:....っだはぁぁ....きちぃ....ほら見せたぞ。
美月は開いた口が塞がらなかった。
〇〇:たぶん俳優はこれよりもっと深く芝居するんじゃないか?
絶対に違う。これはもはや芝居ではなかった。芝居とは、観客に伝える為に、浅い所まで持って来なければならない。〇〇は沈みすぎていた。
だが、芝居において、これほどまでに適任な先生はいなかった。
美月:......文化祭...
〇〇:え?
美月:私、文化祭で劇やるから。それまでに教えて。
〇〇:えぇ.....
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それから数日が経った。あの日以来特に美月から演技を教えてとかは言われたことはない。〇〇としてはラッキーだったのだが、少し気になり始めていた。
図書室
〇〇:.....なぁ、蓮加。
蓮加:ん?
〇〇:.....山下って何か部活入ってんの?
蓮加:確か....演劇部だったはず。部員少なくて困ってる見たいだけど。
〇〇:.....ふーん。
蓮加:なんかあった?
〇〇:...いやー? 別に。
蓮加:ふーん。ていうかさ、〇〇部活決めなくていいの?
〇〇:え?
蓮加:この学校全員部活入らないとダメだよ。
〇〇:......まじ?
蓮加:まじ。
〇〇:......蓮加って何部入ってんの?
蓮加:文芸部。
〇〇:文芸部かぁ.....俺何部入ろっかな。
蓮加:.........よ、良かったら文芸・・
〇〇:よしっ!
〇〇は勢いよく立ち上がった。
〇〇:ちょっと部活見て回るわ!
蓮加:.....チッ...
〇〇:え?
蓮加:早く行け💢
〇〇:うわっ!
バタンッ
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校舎内
〇〇:いってー....あいつ急に押すなよな....
〇〇は愚痴をこぼしながら校舎内を周る。外でも運動部の声がちらほらと聞こえていた。
〇〇:何部入ろっかなー...
別に真剣に考えている訳ではなかった。どうせ参加せずに帰って小説を書くか、図書室で小説を書くかの2択。つまり幽霊部員になるつもりだったからだ。
なんとなく体育館へ向かってみた。
ガラガラガラッ
〇〇:うわ.....
扉を開けた瞬間一気に熱気が伝わって来た。
体育館ではバレー、バスケが行われていた。
美波:ナイシュー!
〇〇:あ。
一際目立っていたのは美波だった。その高い身長でゴールをバンバン決めていた。
〇〇:おー....パチパチパチ
気づいたら拍手をしていた。
美波:ん?あれ、〇〇君。
気づいた美波が駆け寄って来た。
美波:何やってるの?
〇〇:ん?部活決めようと思って、見てまわってた。梅澤ってバスケ上手いんだな。
美波:そこそこね。あと美波でいいよ。
〇〇:あぁ、美波ね。あと運動部って何があんの?
美波:えーっとね、野球部、男バス、女バス、女バレ、卓球部、あとは......あぁ、柔道部かな。
美波:〇〇君運動部入るの?
〇〇:んー....どうしよ。一番サボれそうな部活どこ?笑
美波:ダメだよ!サボっちゃ!
〇〇:冗談だって。
面倒くさいから流すことにした。すると、体育館から、声が聞こえた。
男バス1:なぁ、早く体育館明け渡せって!
女バス1:まだ女バスの時間!早くどっか行って!
言い争っているようだった。
〇〇:おーおー、なかなか楽しそうじゃん。
美波:どこが。第二体育館ないし、バレー部が半面使ってるから女バスと男バスで取り合いなの。
〇〇:へー....大変だな。
言い争っている声にも、また違った声が混じっていた。
律:まぁまぁ! まだ女バスの時間だし?外周でもしてこようぜ?な?
男パス1:チッ....ったくよー、弱いんだから明け渡せよな。
女バス1:なっ!
律:それは言っちゃダメだぞ。 ごめんなぁ、ほら!早く外行くぞ!
律は先陣を切って外へ向かって行った。
〇〇:律ってバスケ部なんだな。
美波:うん。男バスだからあんま好きじゃないけど。
〇〇:.........もっと周りみて生きろよなー。
美波:え?
〇〇:じゃ、他の部活も見てくるわー。じゃ。
〇〇は踵を返し、去って行った。
美波:??
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〇〇:ふんふーん。あ、
〇〇が足を止めたのは"演劇部 部室"と書かれた教室の前だった。耳を澄ませて見ると、何やら声が聞こえる。恐らく演技をしているのだろう。
でもおかしな事が一つだけ。それは1人の声しか聞こえないという事だった。
気になって〇〇は入ってみることにした。
ガラガラガラッ
〇〇:失礼しまーす.....あ、
美月:えっ!?
教室にいたのは美月ただ1人だけだった。
美月:な、何しに来たの!?
〇〇:いや、部活何入ろうかなーって思って、見学。
〇〇:ここ、演劇部だよな。山下1人?
美月:........うん。
〇〇:ふーん。他の部員は?
美月:.......私だけだよ。
〇〇:へ?
美月:もう!私1人なの!演劇部は!
〇〇:.......まじ?
美月:........うん。
〇〇:それって存続できんの?
美月:....今年大会で良い成績をあげるか、人数を増やせなきゃ廃部だって.....。
〇〇:....そ、そりゃご愁傷様でした.....では....
〇〇は扉を閉めようとした。
美月:待って!
〇〇:......はい?
嫌な予感がした。
美月:演劇部入ってよ!
〇〇:えぇぇーー!!??
美月:人数合わせでもいいからさ!人数増やさないと廃部になっちゃうの!
〇〇:お前顔は可愛いんだから、増やそうと思えば増やせるだろ。
美月:さ、最初はいたよ? ....でも本気なの私だけで、皆んなついてこれなくて辞めちゃった。
〇〇:.........まじで人数合わせでもいいの?俺演技しないよ?
美月:.........廃部になるよりまし。
〇〇は見誤っていた。美月はたぶん演劇に本気だ。本気で何かに取り組む人間は、見てて嫌いじゃなかった。
〇〇:.............取ってくる。
美月:へ?
〇〇:.....入部届持ってくるって言ってんの! 演劇部入っても、ずっと小説書くからな!いいな!
美月:ほんと!? うん!良いよ!やっったあぁあ!!
美月は喜びを爆発させていた。
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〇〇:職員室はー.....ここか。
まだ把握しきれていない学校の練り歩き職員室まで来た。
ガラガラガラッ
茉央:あっ!
〇〇:お、茉央。
職員室から出て来たのは茉央だった。
〇〇:何してんの?まさか怒られた?
茉央:そんな訳ないやろ!〇〇じゃないんやし。
〇〇:はは笑 だよな。んで何してたの?
茉央:ちょっとな....私まだ部活決めてなくてな。
〇〇:お、一緒じゃん。俺は今から入部届貰うとこだけど。
茉央:〇〇は何部に入るん?
〇〇:んー、演劇部。入ってもずっと小説書くけどな。
茉央:演劇部かぁ.......
茉央は何か考え込んでいるようだった。
〇〇:なんか悩んでる?
茉央:えっ!?
〇〇:顔見りゃわかるよ。話してみ?
茉央:〇〇は何でもお見通しやなぁ.....わ、笑わんといてな?
何か聞き覚えがあったフレーズを聞きつつ、〇〇は頷く。
茉央:ま、茉央な?......その....あ、アイドルになりたいねん....
〇〇:へ?
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To be continued