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凡豪の鐘 #24


ギフテッドとは、一般に高い知能や特定の分野で優れた才能を持つ人のことを言う。「神様からの贈り物(ギフト)」という意味でギフテッドと呼ばれ、生まれ持った先天的な特性とされる。

〇〇は小さい頃から、物事を覚える速度や、感じる速度が異常だった。空子は少し変だと感じていたようだったが、鐘音は気にしていなかった。それは何故か。

それは鐘音も幼い時からそうだったから。

〜〜

空子:ギフテッド.....ですか?

医者そうです。極めて高い知能を持っている。IQが150あるんです。

空子:えぇ!?

〇〇:..........先生、つまり、周りが僕と違うんじゃなくて、僕が周りと違うって事ですか?

空子:....〇〇....

医者:うん。そうだね。でも別におかしい事じゃないんだ。君のその力は神様がくれたプレゼントだよ。

〇〇:....ふーん...

医者:お母さん、もう少し様子を見ましょう。ギフテッドは長く付き合っていくものです。

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小学校に入学してから今まで、僕は周囲の無理解に苦しんでいた。なんで理解できないんだろう。なんで僕の事を理解してくれないんだろう。

僕は音や匂いにも敏感だった。周囲の生徒が騒いだりすると、僕は目眩がした。でも小説を書いている時だけは周りから音が消えて、自分の世界に入ることができた。


バタンッ 病院から帰ってきて自室に入る。いつもなら机に座り小説を書くのだが、今日はベッドに突っ伏した。


〇〇:.......僕....変?


今日僕は気付かされた。僕が普通だと思っていた。僕が周りを遮断し、拒絶していた。.....でも、逆だった。

変なのは僕で、周りが普通。拒絶されていたのは僕で、社会で異端とされるのが僕。全てが逆だった。


コンコンコンッ 扉がノックされる。


鐘音:入るぞ。

〇〇:えっ!?


入ってきたのは父だった。今までこんな事はなかった。父と関わるのは僕から。父はいつも小説を書いていて、父の方から関わってくる事はなかった。

父はベッドに腰掛け、僕の隣に座った。


〇〇:.....どうしたの?

鐘音:んー.....ようわからんのだ。

〇〇:え?


父は淡々と話し始めた。


鐘音:俺は子供との接し方がわからん。小説しか書いてこなかったから。でも...お前はなんだか大人らしくて、まったく手がかからなかった。

〇〇:..............

鐘音:でもなぁ....さっき空子から聞いたんだが...それは世間では異端とされるらしい。難儀なものだ。

〇〇:....何が言いたいの?

鐘音:ん?まぁ....なんだ。俺が言えるのは小説を書けってことしか言えないんだがな。

〇〇:.....なんだよそれ...

鐘音:俺は小説しか書いてこなかったし、周りから変な奴だと思われていたが、自分を恥じた事は一度もない。むしろ誇っていた。だからお前も誇れ。好きな事に没頭しろ。お前が好きな物はなんだ?

〇〇:........小説。

鐘音:あっはっは笑 お前は俺によく似てる。心配はいらないな。


父は僕の頭をガシガシと掴んだ。恐らく父の中では撫でているのと変わらないのだろう。


〇〇:.....なんだよ....それ...

鐘音:よし。行くか。

〇〇:行くって...どこに?

鐘音:いいから。ほら準備しろ。........あ!原稿用紙忘れんなよ!

〇〇:え?

〜〜

父が車を走らせ着いたのは、大きな出版社だった。父に手を引かれ中へと入る。


鐘音:よー。編集長いるか?

社員:あ!鐘音先生!変装もしないで...大丈夫でしたか?

鐘音:そもそも公表してねぇんだからバレるわけねぇだろ。

社員:はは笑 そうですね。......で...その子は?

鐘音:俺の息子だ。

〇〇:........ペコリ


〇〇は軽く礼をした。


社員:息子さん!? 息子さんいたんですね....

編集長:おー...鐘音先生!今日は何の用で?

鐘音:あぁ、今日は息子の書いた小説を読んで貰おうと思って。

〜〜

編集長:........こ、これ...君が書いたの?

〇〇:はい。

編集長:.....君...何歳?

〇〇:9歳の小学三年生です。

編集長:.....ふっ笑....あははははは笑 これは....驚いたな....


編集長は頭を抱えた。


鐘音:どうだ?編集長。

編集長:これは....凄いですね....現代の小説家にまったく引けを取らない....

鐘音:そうか.....ここで一つ提案なんだが〇〇と契約してくれないか?

編集長:えぇ!?

鐘音:〇〇には居場所が必要なんだ。文才は申し分ない。ここで取り逃す手はないと思うが。


そして鐘音は編集長に耳打ちをした。


鐘音:形式上でいいんだボソッ

編集長:....ふぅ.....なぁ、〇〇君?

〇〇:はい。

編集長:君は小説が好きかい?

〇〇:はい。好きです。

編集長:そうか...じゃあ今からここが君が小説を書く城だ。

〇〇:城?

編集長:そう、城だ。君が小説を書くことを邪魔する奴は誰もいない。それがここだ。ワクワクしないかい?

〇〇:はい!とっても!


僕は精一杯笑顔を作った。できるだけ子供らしく、とびきり無邪気な。

父さんは気を遣っているだろう。初めてそんな事をされたから多少嬉しかったけど。

編集長も、父さんも、違うんだよ。小説を書く事は周りを拒絶する為。別に楽しいから書いている訳じゃない。そうしないと生きられなかったから。でも....邪魔だったのは僕の方だったんだよ。

僕が求めているのは"特別"じゃないんだよ。

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自分の世界が変わっても、日々は変わらずに続く。いつも通り僕は学校へ歩みを進めた。


律:あ、〇〇君! おはよ〜

〇〇:.....ん、律君おはよ。〇〇君じゃなくて〇〇でいいよ。

律:わかった〜

茉央:お兄待ってやー....あ!〇〇おはよ!

〇〇:うん。おはよう茉央。

〜〜

昼休み


男2:律!体育館行こうぜ!バスケしよ!

律:いいよ! 今日も勝つぞぉ!


ふと廊下を見てみる。


茉央:あ、あの...一緒に遊ばへん?

女1:えー? どうする?

女2:なんか関西弁変だし〜

茉央:うぅ....


茉央も苦労してるんだな。そう思った。


〇〇:あ.......


気づくと、教室に一人だった。僕は何故、人と関わる事もできないんだろう。

事実を知ってしまった今、今まで嫌悪感を覚えていた周りへの感情が段々と変化していっているのがわかる。

この頃からだろうか、"普通"というものに羨望を持ち始めたのは。

〜〜

放課後


先生:じゃ、皆んな気をつけて帰ってねー!

一同:はーい!

男1:なぁなぁ!公園寄ってサッカーして帰ろうぜ!

男2:いいね! 律もやろうぜー!

律:いいよ〜.......ねぇ..〇〇もやんない?

〇〇:え?..........あ、あのさ

男1:あ?

〇〇:僕も.....サッカーしてもいいかな。

男2:....お、おいどうする?

男1:.......ダメ!お前変だから!ほら行こうぜ!

律:うわっ!


律は男1に手を引かれ教室を出ていった。


〇〇:(まぁ.....そうだよな)


子供というのは、良くも悪くも純粋である。それはもちろんギフテッドである〇〇も例外ではない。

だからこそ、〇〇の心は段々と黒く染まっていった。

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学校にいる時は普通を演じる。でも受け入れては貰えない。素を出せるのは律と茉央と蓮加の前くらい。家の中でさえ、普通を演じるようになっていた。

そんな日々が続いた、とある日の事だった。


〇〇:....寝れない。


そういう日が時々ある。漠然とした生きる事への不安に押し潰され、瞼の裏で駆け回る情景が眠りを妨げる。


〇〇:.......よいしょ。


〇〇はベッドから降りる。寝れない時にする事は決まっていた。


ガチャ 部屋を出て、出来るだけ足音を立てないようにそろりそろりと書斎まで進んでいく。

この時間だったらきっと父も寝ているだろう。ゆっくりと扉を開け書斎に入る。


〇〇:.....あ、これまだ読んだ事ないなボソッ


一冊の本を手に取り部屋へと戻る。

〜〜

バタンッ 机に座りさっき取ってきた小説を見始める。自分の部屋にある小説は全て読み明かしてしまった。

パラパラとページをめくっていく。〇〇は駄作だとわかれば早めに見切りをつける。

だか、この小説は面白うそうだ。夜明けまで時間が潰せそう。そう感じた。

1ページ目に戻り、読んでいく。


〇〇:.........俳優.....


主人公は俳優になりたい学生だった。粗暴で大雑把で、でもどこか憎めない。人一倍優しいけど、そういう所は人に見せたくない。そんな奴だった。


〇〇:.....はは笑


見た目は普通。成績も普通。何もかもが普通。そんな奴が俳優になれる訳がないと周りからいびられていた。

〇〇にはそれがとても楽しそうに思えた。自分が今、喉から手が出る程欲しい"普通"という才能を持っていた。


〇〇:......へぇー!...


読み進めて行くと、その主人公には一つだけ才能があった。それは作品の役に入り込めること。その役に入ってしまったら自力では戻って来れない程深く潜ってしまう。まさに俳優になる為の才能だった。


〇〇:.....誰にでも....なれる....


〇〇はその小説をあっという間に読み終えた。まだ眠気はない。むしろ冴えている。〇〇にとって、寝ている場合ではなかった。その小説を何度も何度も繰り返し読んだ。


気がつくと、外はもう明るかった。

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空子:あ!そろそろ〇〇起こさないと!


朝早く起きて空子は朝ご飯を作る。作り終えた後、少し調べ物をしていた。それは"アイデンティティの確立"。つまり自分らしさの確立。

平均は13歳〜22歳までに確立されるらしい。〇〇はどんな自分らしさを見つけるのだろう。

そんな事を思っていた。


ガチャ


〇〇:母さん、おはよー!

空子:あら、おはよう。早く起きたわね?

〇〇:うん! 

空子:なんか...今日元気ね。〇〇。

〇〇:え?そうかな。

空子:(.....気のせいかな...)

〜〜

律:あ!〇〇おはよ〜!

〇〇:おう!おはよ!

律:うぇっ!?

〇〇:あ?なんだ、そのびっくりした顔。

律:.....〇〇ってそんなんだっけ...

〇〇:なーに言ってんだよ。ほら早く学校行くぞー。

律:え、あ、....うん。

〜〜

学校


〇〇は変わらず教室で小説を書いていた。


男1:はっ笑 また書いてら。

〇〇:あ?悪りぃかよ。

男1:えっ?

〇〇:小説の良さもわかんないお子ちゃまに、とやかく言われたくないね!

男1:なんだとぉ! サッカーもできないくせに!下手くそ!運動音痴!

律:ま、まぁまぁ....

〇〇:んだとこの野郎! サッカーやってやるよ!勝ったらもう俺の邪魔すんなよ!

律:えっ!?

男1:いいだろう。受けて立つ!

〇〇:おら!律!早く校庭行くぞ!

律:う、うん。


アイデンティティの確立。13歳〜22歳で確立する。だが、それは一般的な話である。ギフテッドの〇〇にとっての精神年齢はすでに、20歳を超えていた。

〜〜

〇〇:ただいまー!

空子:あ、おかえりー!

〇〇:なぁなぁ!小説書けたら見てくんね!

空子:え?い、いいけど...

〇〇:よっしゃ! 手洗ってくる!

空子:い、いってらっしゃい.....

空子:......................。


9歳の子供達にとって、人間の変化というのは特に気になることではない。むしろ自身も変化し、アイデンティティの形成へ着々と階段を登って行く。

ほんの小さなきっかけだった。自分の理想となる主人公の登場。アイデンティティの確立の時期。ギフテッドによる圧倒的な没頭力。気づけば、〇〇の人格は変わっていた。

まるで、その小説の主人公のように。

人格が変わった後の〇〇は、一般的な社交性を手に入れた。一般的な強調性も手に入れた。友達も学年が上がるごとに増えた。

一つ変わらなかった事は、小説を読むことと書くことが好きだという事。

一般的な普通を手に入れた代わりに、才能という物を手放した瞬間だった。

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空子.........本当は気づいていたの。....〇〇が明らかに変化した日も....覚えてる。

〇〇:...............

空子:でも....あえて何もしなかった。〇〇が....幸せそうに見えたから....。

空子:それでも〇〇は小説が好きだった。将来の夢は小説だって事を曲げなかった。......でも〇〇の人格が変わってから、小説を書く力は落ちていった。

空子:だから.....どうすればいいか...わかんなくて...

〇〇:......ごめん。ちょっと部屋戻る。

空子:あ.....〇〇・・


バタンッ

〜〜

〜〜

どういう事だ。俺は俺なのに...俺じゃないのか?じゃあ今動かしている体は誰の?17歳まで生きてきた俺の体は何なんだ?

俺は俺の部外者なのか....意味がわからない。

今、喉から手が出る程欲しい才能を手放した?誰が?

俺が手放した?俺が欲しいのに?てか...俺は小説書くの好きじゃなかったのか?


部屋に入って、扉の前で立ち尽くす事しか出来なかった。

やがて、一つの疑問が立ち上る。


〇〇:.......俺は.....誰だ?

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              To be continued



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