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凡豪の鐘 #26
それは、夏休みに入る前日の事だった。
賢治:んー......これじゃあ、優秀賞は厳しいなぁ...
蓮加:....そっかぁ.....
賢治:共感力が低いな。
蓮加:共感力?
賢治:あとは自分で考えるんだな。
蓮加:んぅ.....
正直渾身の出来だと思った。でもやっぱりダメだった。私には才能がないんだろうか。
そんな事を思っていたら、もう足は海へ向かっていた。悩んだことがあれば海に行く。幼馴染がそう教えてくれた。
〜〜
蓮加:はぁ........ん?あれ、〇〇と茉央?
海に着くと、遠くに〇〇と茉央が見えた。なにやら少し距離があるようにも、親しげにも見えた。
程なくして二人は立ち上がり去って行った。〇〇は松葉杖をつき、どこかへ向かって行った。
蓮加:あれ....そういえば〇〇ってどこ住んでるんだろ...
確か、〇〇の前の家は美月が住んでいるはず。〇〇が住んでいる場所が無性に気になってついて行くことにした。
蓮加:えっ!? あれ...〇〇のお父さん!?........ていうかそれより、あの家って....
とある家の前で、〇〇と鐘音が話しているのが見えた。そして共にその家に入って行く。「ただいま」という声がかすかに聞こえた。
入って行ったのは、〇〇が前に住んでいた家。つまり美月の家だ。
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蓮加・・っていう所を見たんだけど。
〇〇........み、見間違えじゃないか?
蓮加:ううん。ちゃんと見た。
〇〇:あ...あー!美月にちょっと用があって・・
蓮加:じゃあ、なんで鐘音先生も家に入ったの?
〇〇::い、いや....それは....
蓮加:ねぇ、なんで?
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気づけば蓮加は〇〇の眼前まで迫っていた。
〜〜
蓮加:はぁ....そういうこと。
〇〇:はい。すみません。
蓮加の圧に負けて、全て離してしまった。
蓮加:なんで隠してたの。
〇〇:ば、バレたら面倒くさいと思って....あいつ人気だし....
蓮加:ふーん......楽しい?
〇〇:えっ?
蓮加:一緒に生活して楽しいのかって聞いてるの!
〇〇:....なんで怒ってんだよ.....まぁ...最初は嫌いだったし、なんでこいつと生活しないといけないんだって思ってたけど...
〇〇:最近は......なんか...別に嫌じゃない..かな。
蓮加:ふーん....💢
蓮加は〇〇の方を向かず、テーブルを指でトントントントン叩いていた。
〇〇:な、なぁ....なんで怒ってんだよ...。
蓮加:.....知らない💢 ていうか怒ってないし....
〇〇:いや.....怒ってますやん....
蓮加:......〇〇は...す、すす、すす好きな人とかいるの?
〇〇:好きな人?....いや...いないけど。
蓮加:ふーん.....
〇〇:なんだよ、急に。そういう蓮加はいんのかよ。
蓮加:わ、私!? 私は.....その.....い、いないよ!!
〇〇:おぉ、いないのか。なんでそんな大声で...
蓮加:いいから!ほら、早く小説書くよ!
〇〇:....へいへい。
その後、部屋に二人。小説を書いていたが、どこか蓮加はソワソワしているし、そんな蓮加を見ていたら、自分も小説に身が入らなかった。
〜〜
〇〇:だー! ちょっと休憩しよ。
蓮加:う、うん。
なんだかこの空気が気持ち悪くて、〇〇は話題を振ることにした。話題といっても、今〇〇が悩んでいることを。
〇〇:なぁ、蓮加。
蓮加:ん?
〇〇:小3の時さ、俺ってどんな感じだった?
蓮加:小3?そんな昔のこと.......あー....でも..
〇〇:でも?
蓮加:なんか、明るくなった。それより前はどこか静かで、小説とかも....あんまり楽しそうに書いてなかったかな。
〇〇:.........蓮加って俺のことよく見てんだな。
蓮加:べ、別にそんなんじゃないし!........で、なんでそんなこと聞いたの?
〇〇:俺さ.....なんかギフテッドって奴らしいんだ。
蓮加:あ、なんか聞いたことある。
その後、〇〇は蓮加全てを話した。少しの躊躇いと、話し終えた後蓮加は自分とどう接するのか。もしかしたら変に思われるんじゃないか、そんな事を思っていた。
〇〇:・・てことで、小説の中に入るやつとか、今のこの性格も、全部俺のじゃないんだって。
蓮加:ふーん。
〇〇:だから...俺は自分がわからなくって........って、え!? 「ふーん」だけ!?
蓮加:え? なに、どういう反応して欲しかったの。
〇〇:い、いや....変に思うかなー...とか思って....
蓮加:.....別に、今ここにいる〇〇も〇〇だし、昔の〇〇も〇〇でしょ。
蓮加:なんも変わんないよ。
そう言って、蓮加は再び小説を書き始めた。
まさか、そんな反応が返ってくるとは思わなかった。でも、一番付き合いが長い蓮加にそう言われて、救われた気がしたのは確かだった。
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山下宅
〇〇:ただいまー。
結局、夕方まで書いていても、賢治の言っていたことが分かることはなかった。
空子:おかえり。ご飯できてるわよ。
〇〇:ん、ありがとう。
椅子に座り、ご飯を食べる。目の前では父が先にご飯を食べていた。
鐘音:.......どうだ?俺に勝てそうか?
〇〇:.....うっせ。ぜってぇ勝つ。"俺"の力で。
鐘音:はっは笑 楽しみだ笑
空子:仲良いのか、悪いのか...笑 あ、そういえば〇〇。
〇〇:ん?
空子:〇〇の部屋に掛けてあった和服とひょっとこのお面、あれなに?
その言葉を聞いて、鐘音の食べる手が止まった。
鐘音:......お前、"和僧"やってんのか?
〇〇:え!? なんで知ってんの!?
鐘音:ぷっ笑 あっはっはっは! お前まじか!?
鐘音は大声を上げて笑っていた。
〇〇:え....なに、どういうこと?
鐘音:あっはっは笑 おもしれぇ笑 和僧ってのはな、俺が作ったもんだ笑
〇〇:は?
鐘音:俺は両親が早く死んじまったからな。金がなくて原稿用紙を買う金もなかったもんだからよ。この辺りの不良から金巻き上げてたんだよ、たった一人のダチと一緒にな。それが"和僧"。
〇〇:え、あ、は? いや....だって最近までウワサ立ってたんだよ?
鐘音:誰かが真似でもしてたんじゃねぇか?噂ってのは曲げられて伝わってくもんだ。
〇〇:背が低い小学生って噂も....
鐘音:俺のダチはすこぶる背が低かったからな。
〇〇:じ、じゃあ、正義のヒーローじゃねぇの!?
鐘音:正義のヒーロー!? あっはは笑 ただの金稼ぎ野郎だ笑
〜〜
〜〜
衝撃の事実を聞いてしまった。まさか"和僧"が父だったなんて。父にあんなに憧れを持っていたなんて。
〇〇:ぷっ笑 あはは笑
自分でも笑えてきた。でも、少し嬉しかった。自分の人格が変わってしまって、もう自分は他人のものとさえ感じていた。だが、俺は父と同じ事をしていた。思考回路が一緒だったということが、まだ自分は"自分"だと感じることができたから。
美月:.....なに一人で笑ってるの?
〇〇:え、あ、ごめん。
一人で笑っていたら、同室の美月に指摘されてしまった。
〇〇:......ん?どうした?その足。
ベッドに腰掛けていた美月の足に目がいった。膝には大きめの絆創膏が貼られていた。
美月:あぁ、撮影について行った時に転んじゃってさ笑 恥ずかしい笑
〇〇:.....ちゃんと消毒したか?
美月:いや、してないよ。
〇〇:ダメだろ、ちゃんと消毒しないと。ちょっと取ってくる。
美月:え、あ、ありがとう。
〇〇は小説を書く手を止めて、消毒液を取りに、部屋から出て行った。
〜〜
美月:いたっ!
〇〇:はいはい、我慢我慢。
美月:んんん....
〇〇は妙に手慣れた手つきで処置していった。
〇〇:....うし! できた。もう大丈夫だな。
美月:ありがとう。....なんか手慣れてたね。よくやってたの?
〇〇:ん?.....まぁ中学の時に少しな。よく怪我する奴がいてさ。
美月:ふーん。
そのまま〇〇は美月の隣に腰掛けた。
〇〇:あのさぁ....これ言っても怒らないで欲しいんだけどさ。
美月:え....なに?
〇〇:.....蓮加に一緒に住んでんのバレた。
美月:えぇ!?ほんと!?
〇〇:うん。見られてたらしい。そんでさ...詰められていっちまった。
美月:えー....よりによって蓮加かぁ...
〇〇:まずかった?
美月:え、気づいてないの?
〇〇:え.....何に?
美月:はぁー! これだから鈍感は困る。
〇〇:え、なになに、なんかまずい?
美月:....ぷっ笑 大丈夫だよ、蓮加だったら誰にも言わないだろうし。後で謝っとこボソッ
〇〇:はぁ...なら良かった。もっと気をつけないとなー。
少し笑いながら斜め上を見て嘆く〇〇の横顔を美月はじっと見つめていた。
〇〇:ん?なに、なんか顔についてる?
美月:いや?笑
〇〇:じゃあなんでこっち見てんの?
美月:なんか不思議だなぁと思って。
〇〇:え?
美月:〇〇君とこんな普通に話せると思ってなかった。なんかいつも喧嘩っぽくなってた気がして笑
〇〇:そう言われれば...そうだなぁ笑 山下の事、最初は嫌いだったけど....結構良い奴だってわかったし。
美月:急に褒めないでよ笑
〇〇:昨日のも....あれがなかったら、俺きっと、ずーっと悩んでたと思う。
美月:もう悩んでないの?
〇〇:悩んではいるけど、そこまで重く考えないことにした。全部が俺。それでいいかなって。後は....親父に勝てば、何かが変わるのかなぁ。
美月:そっかぁ....良かった。でも、昨日の〇〇君はなんか可愛かったけどね?
〇〇:なっ...か、可愛くねぇから//
美月:あれー?照れてるの?
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美月は〇〇の顔を覗き込む。
〇〇:照れてねぇ!
〇〇は立ち上がって再び机に向かった。
美月:あっはは笑 面白いなぁ....
〇〇:.....〇〇君じゃなくて...〇〇でいい。
美月:え?
〇〇は背中を向けて、美月に言った。
〇〇:君付けとか固いから。
美月:ふーん...じゃ、〇〇で。私の事も山下じゃなくて、美月でいいよ。
〇〇:ん、わかった。美月。
美月:へぁ!?
〇〇:なんだよ、変な声出して笑
美月:い、いや?なんでもない//
美月:(なんで私、照れてんだ?)
赤くなっている顔を見せたくなかった美月は、急いで枕に顔を埋めた。
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〇〇:.........ふぅ....あ、もうこんな時間か。
夢中になって書いていたら、時計の短針は1を過ぎていた。
美月:....すーっ.....すーっ.....
〇〇:ありゃ、寝てる。
美月はもうすでに夢の中だった。寝落ちしたのだろうか、暑かったのだろうか、なにも掛けずに寝ていた。
〇〇:風邪引くぞっ....と。
〇〇は薄いタオルケットを美月のお腹の上にかけた。
再び椅子に戻り、腕を組んで賢治に言われた事を考えていた。
〇〇:(.......普通......これ別に強みでもなんでもないだろ.....)
〇〇:(..........親父とか母さんとかは才能があって、俺にはない....正確には捨てたんだけど....)
〇〇:(親父には、才能がない俺の気持ちとかわかんないだろうな...)
〇〇:(まぁ、才能がない奴なんて、いっぱいいるんだろうけど....)
〇〇:.........ん?
〇〇は何かを思い立ったのか、椅子から急に立ち上がった。
〇〇:いった!!
急に立ち上がった為、足に激痛が走る。
美月:んぅ......うる...さい...。
〇〇:あ、すまん....
〇〇は再び椅子に座り、ペンを持った。
〇〇:.....これかも知れない。ケンじぃが言ってた事は...
〇〇はその後も一心不乱に小説を書き続けた。何かを掴んだ夜だった。
夏が極まる7月。やってくるのは父との決戦の日。
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To be continued