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凡豪の鐘 #28



美月:................。


撮影の見学から帰ってきて、家に鐘音と〇〇はいなかった。


空子:ソワソワしてるわね笑

美月:だ、だって....負けたら〇〇は小説書けなくなっちゃうんですよね....

空子:まぁ....そうね。

美月:はぁ........

七瀬:見に行ってきたら?

美月:え?

七瀬:そんなに気になるんやったら見に行って来たらええ。私は打ち合わせがあるから無理やけど。

空子:......いいわね。

美月:え!?

空子:行ってみよっか。

〜〜

岩本書店に立ち入ると、そこには張り詰めた空気が立ち込めていた。

ガリガリと鉛筆が原稿用紙に物語を刻んでいく音だけが、響き渡っていた。

書店には、賢治と蓮加が、立ちながらその様子を見つめていた。


美月:ね、ねぇ....蓮加、〇〇は勝てそうなの?ボソッ

蓮加:.........わかんない...でも...私は鐘音先生に勝てるビジョンは...見えない...かな。ボソッ

空子:あら...それはわかんないわよ?ボソッ

蓮加:え?

賢治:普通の声で話せ。あいつらには聞こえちゃいない。


賢治が割って入ってきた。時計の短針は5を大分過ぎたあたり。長針は10を指していた。残り時間は10分。


賢治:今回のテーマは、「人生」だ。

美月:.....人生?

賢治:主人公の人生の一部分でも、その全てでもいい。原稿用紙5枚で表してもらう。

蓮加:でも....小説って全部人生なんじゃ?

賢治:その通り。とどのつまり小説は人生を表す。だからこの勝負は....ま、フリーテーマだな。お互いが力の全てを出す....そんなテーマだ。

美月:で、でも、鐘音先生が全力を出しちゃったら....そんなの勝てないんじゃ.....

賢治:.......嬢ちゃん...鐘音の小説を読んだ事あるか?

美月:は、はい。もちろん。

賢治:読んでみて、どう思った?

美月:どう?......んー....鐘音先生の作品は...何というか...言葉遣いとか、文も、私が想像出来ないような...

美月:内容も、全部が新しくて、未体験で....どこか...違う世界に連れていってくれるような...そんなワクワクするような作品です。

賢治:よく的を得てるな。....鐘音はな....実は両親がいないんだ。

美月:え?

空子:.....あの人はね、小さい頃に両親を亡くしたの。美月ちゃんと一緒ね?

空子:....賢治さんが育ててきたの。私が小学校3年生くらいだったかな。ここで一心不乱に小説を書く同じくらいの子がいてね?それが天だった。

蓮加:...は、初めて聞いた....

空子:天はね、小学校にも通ってないの。もちろん中学も高校も。全部辞書で言葉を調べて、小説の中だけで生きてきた。だから一般常識が通じないっていうか....笑 

美月:....だからあんな小説を書けるんですね....


全員が鐘音の方を向いた。鐘音は鬼気迫るような表情で書き連ねていた。違う世界を表現するというのは、相当大変なのだろう。


賢治:......〇〇は小学校も行った。中学も高校も、いわゆる"普通"の人間だ。そんな奴が天才と呼ばれるような奴に勝てると思うか?

美月:................。


あんな話を聞いた手前、〇〇が勝てるビジョンが浮かんでは来なかった。


空子:...."普通"だから、勝てるのよね?

美月:え?

賢治:......"普通"ってのはな、劣ってるって事じゃない。地上の続きだ。

蓮加:.......地上?

賢治:鐘音が書く小説が、読者に天上を見せるような小説だとしたら。〇〇の小説は地上の続きを見せてくれる。

賢治:〇〇の小説は、地上に生きる全ての人が理解でき、共感出来る。立ち止まった時でも、その続きを教えてくれる。....そんな小説なんだ。

〇〇:.....あっはは笑

蓮加:え?


少し離れたテーブルに座り、小説を書きながら〇〇は笑っていた。


賢治:....それでいい。〇〇。普通というのは、誇るべきものだ。共感というのは、小説において大事なもの。

蓮加:.....共感...

賢治:小説家とは、常に下を向く職業だ。そして...下を向いている人々に上を向かせ、時には下を向いていても良いと思わせる。

賢治:そんな素晴らしい職業なんだ。

蓮加:............。


蓮加は隣に立っている賢治を見つめた。賢治はいつになく嬉しそうな表情を浮かべていた。

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賢治:じゃあ....審査員は儂と.....蓮加と嬢ちゃんだな。

空子:えっ!私は!?

賢治:空子は〇〇に無条件で入れそうだからダメだ。


鐘音と〇〇は賢治に原稿用紙を手渡した。賢治はまず鐘音の方からペラペラと読み出した。

次に蓮加。次に美月の順番で見ていった。

〜〜

空子:その.....まだ?


読み終わってしばらく経っても、三人は判定を出さなかった。いや、出せなかった。


賢治:これは....比べるもんじゃあ...ないな。

空子:え?

賢治:蓮加も、嬢ちゃんもそうだろ?


蓮加と美月は黙ってうなづいた。


蓮加:これは....優劣をつけられるものじゃない。まったく違う種類の小説というか....

空子:じ、じゃあ勝敗は....

鐘音:〇〇の書いた小説を寄越せ。

美月:うわっ!


気づけば鐘音が近くまで寄っていた。


〇〇:......俺も。親父の作品読ませてくれ。


遠くのテーブルでも、〇〇は立ち上がりそう言った。


賢治は鐘音に〇〇の小説を。〇〇に鐘音の小説をそれぞれ渡した。

ペラペラと原稿用紙を捲る音だけが響いている。二人は何度も何度も読み返していった。

〜〜

鐘音:........おい。


鐘音が原稿用紙をトントンと机に打ち付け揃えながら言った。


鐘音:〇〇、お前......どうやってこれ書いた。

〇〇:え?

鐘音:小説の中に入らないで、どうやって書いた。

〇〇:え....それは....


〇〇は机に目を向けながら答えた。


〇〇:今までは...才能のない自分が嫌いで、そんな自分を空っぽにして、そこに理想の主人公を入れてた。.....だから自我がなかったんだと思うけど...

鐘音:今は?

〇〇:今は....普通の自分を少し好きになれたから...心の芯に自分を置けるようになった。そこに....理想を肉付けする。....だから俺は自我を保ったまま、中に入れるんだ。


美月にも蓮加にも、何となく〇〇の言っている事がわかった。


鐘音:ふぅ....はは笑 あっはっは笑


鐘音は我慢できないと言った様子で笑い始めた。


賢治:......当事者で決めたら良い。どっちが面白い小説を書いた?


その賢治の問いかけに二人は間も空けずに指を差した。

鐘音は〇〇に。〇〇は鐘音に。


〇〇:.....悔しいけど...やっぱり俺はこんな作品は書けねぇ..."現時点"では。

鐘音:....だぁー!くそっ! 俺だって書けねぇんだよ。お前みたいな作品は。"現時点"ではな。


二人は貶すかのように褒め合っていた。


空子:じゃ、じゃあ......勝負は?あ、ちょっと!


鐘音は徐に立ち上がり、出口へと歩いていく。


鐘音:......負けたら〇〇は小説家になるのを諦める。引き分けの場合は....決めてねぇ。


ガラガラガラッ


鐘音は扉を開けて、店を出ていく。その時、足を止め店に背を向けながら言った。


鐘音:.......次は負けねぇぞ。〇〇。


ピシャッ 扉を閉じた。


〇〇:.......俺も.....負けねぇ。


本当は悔しいはずだった。......でも、あの届くはずがないと思っていた父と全力でぶつかりあえた。その事が今は、たまらなく嬉しかった。

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山下宅


〇〇:ばっかやろ!俺が俺に入れれば俺の勝ちだったんだ!

鐘音:はっ笑 俺が情けで入れてやった一票でぬか喜びか?笑 そんなんじゃあ、まだまだだな笑

〇〇:ぐぬぬぬぬぬ......

空子:仲が良いんだから悪いんだか...どっちなのよ笑

七瀬:あはは笑 これは仲良いんですよきっと笑


あの書店での荘厳とした雰囲気が、全く感じられないような食卓の雰囲気だった。

この人数で過ごす、最後の夜だった。

〜〜

〇〇:ふぅ.....


あの喧騒のような食卓を終え、風呂を上がる。父は酒で潰れてしまったらしい。あんなに潰れ呂律が回っていない父を初めて見た。


空子:悔しい事があったりするとお酒で潰れちゃうのよ?笑


母にそう言われて、なんだか嬉しかった。


ガチャ


美月:あ、今日は髪乾いてる。

〇〇:だって毎回美月に乾かされんの嫌だもん。

美月:えー....実は嬉しかったりする癖に笑

〇〇:んなことねぇ!

美月:あはは笑 まぁいいや。


美月はベッドに腰掛け、〇〇は椅子に座った。美月はどうしても聞きたい事があって、〇〇に問いかけた。


美月:.....やっぱりさぁ、小説書き続けるの?

〇〇:あ?なんだその質問笑 書くに決まってる。

美月:そう....だよねぇ....


そう言う美月は、どこか物憂げで、悲しみ帯びた表情を浮かべていた。

その表情を見て、〇〇は似たものを見た事があった。だから、放っておけなかった。


〇〇:....美月も女優になるんだろ? 

美月:え?

〇〇:俺が書いた小説が映画化されて、それに美月が出る。これ最高じゃね?

美月:.....ぷっ笑 あははは笑

〇〇:何笑ってんだよ。

美月:それ最高だよ! 良い目標できた!

〇〇:はっ笑 なら良かった。 ....どうせ本物の撮影見て、私には無理だとか思ってたんだろ?

美月:...........うん。


その通りだった。本物の撮影を見て、打ちひしがれた。七瀬の本気の演技と、真也の次第に深くなる演技を見て、私には到底無理だと思ってしまった。


〇〇:なれるよ...美月なら。

美月:.....ありがとう笑


その根拠のない励ましが、今は嬉しかった。.....私が女優になることなんて.....絶対にないのに。


美月:ねぇ〇〇。聞きたいことがあるんだけど。


少し重くなった空気を破る為に、話題を変えた。


〇〇:ん?なに?

美月:カレンダーのさ、クリスマスに〇ついてんじゃん?あれ、なんで?


〇〇の部屋にはカレンダーが2つ。1つは普通のカレンダー。もう1つは12月だけのカレンダー。クリスマスには〇がつけてあった。


〇〇:あー笑.....これは....俺への...戒めなんだ。

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翌日


玄関先で、父と母、それと七瀬がキャリーケースを持って立っている。


鐘音:じゃ、帰る。

〇〇:かるっ!

鐘音:あー? 別に今生の別れじゃあないだろ。撮影が終わるまでは日本にいるんだ。

七瀬:じゃあな? 〇〇に美月ちゃん。元気でな?

美月:はい!

七瀬:あ、それと・・


隣に立っている美月の耳元に、七瀬は何か小声で吹き込んだようだった。


美月:.....わかってます。


美月の表情はどこか、強張っていた。


鐘音:あ、そうだ。〇〇・・

〇〇:ん?


父は俺に近づき耳元でこう言った。


鐘音:...美月ちゃんから、目離すなよボソッ

〇〇:え?

鐘音:ま、そんだけだ。行くぞー。

空子:じゃ、またね?


鐘音の言っている意味がわからなかった。


〇〇:いや....え、あ、またな.....あ!母さん!

空子:ん?

〇〇:生活費!毎回あんな大金送ってきて、あんなにいらないから!

空子:え?毎月3万くらいしか送ってないけど....

〇〇:え!?

空子:見間違いじゃないのー? ま、確認しなさい? じゃあね〜。


三人はキャリーケースを引いて去っていった。

この夏の大冒険とも言える経験は、俺の人生の中でも、トップ3と言えるほどに濃い経験だった。夏の憂いに導かれ、俺に起きた全ての経験は、どこまでも青く、拙く、美しいものだった。


〇〇:....よし。家戻るかー。

美月:そうだねー。


ブーッ ブーッ スマホが震えた。


〇〇:"はい、もしもし"

律:"よー。元気ー?"

〇〇:"律か。お前こそ元気かよ"

律:"俺は部活も出てないから元気だよ笑"

〇〇:"そか笑 で?どうした?"

律:"あぁ...今日さ、夏祭りあんだけどさ、行かね?"

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              To be continued








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